“0” -Ⅱ-
───暗闇の中から勢いよく現れる大地、光を取り戻し夜明けに白む空───
───時計を巻き戻すかのように青々と蘇る草木───
───再構築されていく建物、そして自分の身体───
一瞬にして元の姿を取り戻す世界。身体の硬直が解けると同時に意識が戻り、シエスタは少女の名前を呼び駆け寄った。
「───ス、ミス・ヴァリエール!」
直後、安堵したのか崩れるルイズを支える。・・・・・・見たところその身体に異常はない。念のため隅々まで見回しても、目立った外傷は見あたらなかった。
「きゅいきゅい、やっと起きたのね桃色! まったくもう、お姉さまがどれだけ心配してたと思ってるのね!?」
「・・・・・・シルフィード、少し静かにして」
「すまないルイズ・・・・・・きみに何かあればサイトに会わせる顔が無いってのに、ぼくは・・・・・・!」
「まあまあ隊長、・・・・・・見たところどうやらルイズも無事みたいだからいいじゃないか。暗い話はやめにしようよ」
聞き覚えのある声に振り返ると、空からシルフィードに乗ったタバサが舞い降りてきていた。目の前にもこちらに必死に駆けてくるギーシュとマリコルヌ・・・・・・そしてそれを追うように、草むらに足を取られそうになりながら駆けてくるティファニアとアンリエッタの姿があった。
「・・・・・・ああ、なんてこと。どうしていままで、思い出さなかったのでしょう・・・・・・!」
「ルイズ、大丈夫!?」
「・・・・・・へいき、へいきよ。・・・・・・それ、よりも・・・・・・」
みんなから口々に心配されて、ルイズはゆっくりと目を開く。そしてふらつきながらもシエスタの腕からゆっくりと身を離して座り込み・・・・・・、目の前の五芒星に向きあった。
「ミス、何をされるんですか!? 詠唱しても杖が無いと・・・・・・」
「・・・・・・心配ないわ、大丈夫。杖もルーンも、もう必要ないから・・・・・・」
久しぶりに話すからかくぐもる自分の声に違和感を覚えつつも、ルイズはゆっくりと時間をかけて、その指で魔法陣をなぞっていく。同時に、頭の中で声が響いた。
“わかっているとは思うけど、決めたのは一年も前だから念のため確認させてもらうよ。 一つ、願いの意義の重複は許されない。真に真を重ねて真になるとは限らないし、虚に虚を重ねて虚になるとは限らないからね。
一つ、0か1・・・・・・つまりは『そうであるか』『そうでないか』のふたつで表せる言葉しか許されない。曖昧な意義のものを願ってしまえば、連鎖的にこの世界のすべてが崩壊してしまう。
・・・・・・以上からきみが願う、祈りの内容は・・・・・・”
“・・・・・・ええ。『わたしの知ってるわたしの使い魔を生きたまま、十秒でこの魔法陣の上に喚び寄せて』・・・・・・で、間違いないわよね?”
・・・・・・一拍おいて、肯定の声が響く。
“そうだね、この魔法は言葉通りの結果をきみに与えるから、用心した方がいい。・・・・・・『知ってる』『使い魔』で彼の特定とその年齢、『生きたまま』で彼の生死を、『十秒』『この魔法陣の上』で時間と場所を指定しているから問題はないはずだ。
・・・・・・唯一の不安は『生きてる』の代わりに『健康な』と彼の状態の固定ができなかったことだが、それだと彼の身体だけがこっちに来るかもしれないから仕方がない”
“・・・・・・・・・・・・・・・・・・ッ!!”
何気ない始祖の言葉に「失敗」の二文字が頭を掠め、ルイズの全身を緊張と恐怖が走る。自分の身体が強張っていることに気付いたのか、ブリミルは申し訳なさそうに弁明をする・・・・・・かと思えば、耳を疑うようなことを言い出した。
“・・・・・・おっとすまない、心配させてしまったようだ。だが大丈夫、実を言うときみが唱える前に、一度“世界扉”を唱えていてね。結局門を開きはしなかったけど、彼の元に繋がることは確認した。・・・・・・つまり、彼は別の世界のどこかでいまも・・・・・・”
“・・・・・・ちょっと待って、だったらわざわざこんな大がかりなことしなくてもよかった、ってこと?”
“いや、きみでは世界扉は唱えられなかったから、どちらにしろこの一年は必要なことだった。・・・・・・まあ、ともかくこれで最悪の可能性は無くなった、気を楽にして臨むといい。詠唱が終わったいまきみがやることはただ一つ、祈ることだけだからね。
・・・・・・それじゃあこれでお別れだ。・・・・・・彼によろしくと、伝えておいてくれ・・・・・・”
遠ざかっていくブリミルの声、なぞり終わった魔法陣の上で手を組み祈りを捧げると、五芒星が白い光を放ち始めた。
“・・・・・・そっか。やっと、なんだ・・・・・・”
光はそのままどんどん強く大きくなっていき、自分を、みんなを温かく包み込んで広がっていく。
左右や背中越しに座るみんなから期待の視線を感じながらも、ルイズの心はとめどない喜びでいっぱいに膨らんでいく。
最初はなんて声をかけよう? 寂しかったんだから、だろうか? 会いたかったんだから、だろうか?
・・・・・・いや、考えるだけ無駄だ。きっとその名前を呼んだだけで自分はボロボロと泣いてしまって、言葉にならないだろうから。
ずいぶんと遠い回り道だったけど。
ずっと一緒ではいられないけれど。
“・・・・・・会えるんだ! やっと、・・・・・・やっ、と・・・・・・!”
早鐘を打つように胸が鳴る。だんだんと透けていく視界の中に、見覚えのある姿が現れていき、・・・・・・・・・・・・そして――――――
・・・・・・薄明かりが瞳を焦がす。閉じきったはずの視界がゆっくりと開けていき、風になびく青い草々を、明けていく夜の帳を・・・・・・
・・・・・・そして、自分を笑顔で見つめる恋人と、友人たちの姿を映し出す。
(・・・・・・ははっ。・・・・・・はは、はッ・・・・・・。・・・・・・なんだよ。カミサマも粋なこと、してくれるじゃねえ、か・・・・・・)
それを言うなら始祖であるブリミルにだろうが、そんなことはどうでもいい。
懐かしい声たちに呼ばれる心地よさに、才人の心は満ちていく。
「サイトッ!」「サイトさん!」「サイト殿!」「あなた・・・・・・!」「「「サイト!」」」「きゅいきゅい!」
応えようと口を開くが、流石にそれは無理だった。胸の奥からコポリ、と沸き上がってきた鉄の味、・・・・・・周囲に気付かれぬよう笑みを浮かべながら呑み込んで、才人は空を見回す。
(どこも浮かんで、ない・・・・・・“大陸隆起”は起きなかった、のか? ・・・・・・よかった。・・・・・・みんなは・・・・・・ルイズは、無事だったんだ、な・・・・・・)
ハルケギニアの9割が浮かび上がるのであれば、自分の目につかないわけがない。
安堵に息をついた途端、・・・・・・すべてがゆっくりと消え始める。
(・・・・・・ああ、そっか。・・・・・・やっぱ、そうなんだよ、な・・・・・・)
・・・・・・薄れていく世界に落胆しつつも、本当は分かっていた。世界はどうしようもなく残酷で、物事はお伽噺のように都合の良いものではない。この一年で、嫌というほど思い知ったことだ。
・・・・・・けれど、それでも・・・・・・
・・・・・・才人は・・・・・・嬉しかった。
たとえこれがすぐに終わってしまう、儚く脆い夢だしても。
愛する人のいるこの景色は、才人の心を癒し暖めていく。
「・・・・・・!? ・・・・・・ッ、・・・・・・! ・・・・・・・・・・・・ッッ!!」
まわりにいるみんなの姿が、声が消えていくなか、才人は震える手を伸ばし、唖然としたまま自分を見つめる愛しき人の頬に当てる。
(・・・・・・ああ、そっか。もう、おしまい、なのか・・・・・・)
視界が白に染まり、音が遠くなっていく。目の前のいる恋人の顔も声ももう、ぼやけてよく分からない。
それでも才人は再び口を開く。咳と共に唇の端から血が零れ、とろりと顎をつたった。
(・・・・・・最後なんだ。・・・・・・言わせて、くれよ・・・・・・)
こんなことをしても、なにも意味はない。自己満足だなんてことは分かっている。
・・・・・・だとしても・・・・・・どうしても・・・・・・、才人は伝えたかった。
(・・・・・・幻なら、嘘だってんなら・・・・・・それくらい、いいだろ? ・・・・・・なぁ・・・・・・)
最後の力を振り絞りその顔を引き寄せ、僅かに身を起こし近づく。
耳元で囁くと同時、浮遊感が全身を包んだ。
身体が、心が、感覚が。・・・・・・すべてが朝焼けの空に舞い、ゆっくりと溶けていく。
(・・・・・・ああ、十分、だ・・・・・・)
死にゆく間際に浮かんだこの想いが、間違いじゃないことを知れたのだ。
(他には、・・・・・・にも、・・・・・・いら、・・・・・・ね・・・・・・・・・・・・え・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
・・・・・・ああ、もう何も見えない。・・・・・・なにも、聞こえな───────
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