「― ― ― ― ― 」TNX

―――三十分後。才人は東京の街中をぶらついていた。

(・・・・・・やっぱりみんな、今日が卒業式だったみたいだな。どこを見ても制服だらけだ・・・・・・) 

 ちなみに自分の服装もいつものパーカーではなく、制服のままだ。服自体は持ってきており、今日も変わらず公園で素振りをしようと思ったのだが・・・・・・なんだか気が進まずできなかった。さらに帰るかと思って乗った電車も間違えて降りてしまい、いつのまにかこうして街中に着いてしまった次第である。

(・・・・・・さて、これからどうしようか。帰っても特に何もすることないしなぁ・・・・・・)

 目の前の信号が、青になる。なにか気晴らしになる面白いことはないかと、再びうろうろと歩き出した、その時。

 突然小さな、本当に小さな声が、才人の頭の中で囁きだした。


“わたしのせいだ。わたしがあんなことしなければ、あいつはっ・・・・・・!”

“お願い帰して! せめて、あいつがいるあの世界で・・・・・・!”


(・・・・・・? 何だ、これ・・・・・・?)

 掠れ潤んだ女の人の声だ、聞き覚えがない。状況が飲み込めず戸惑いつつも、才人は首をかしげる。

 自分の故郷はこの地球、日本の首都である東京だ。・・・・・・聖地で風石を壊した時は成り行きだったが、あの時はああするしかなかったのだ、悔いる気持ちはない。

(??? じゃあ、この声は一体何なんだ? ・・・・・・もしかしてブリミルの、虚無の魔法なのか!?) 

 とりあえずその“声”に才人は問いかけてみる。しかし返事はなく、“声”はただ請うように、縋るように、謝罪を、望郷を望む言葉を繰り返すだけだった。

(・・・・・・いや。・・・・・・それとも、俺がヘンになっちまった、だけなのか・・・・・・?)

 それでも才人は“声”が誰なのか、何を言っているのか聞き取ろうとした。・・・・・・しかし、その言葉を耳に入れると不思議と悲しみが自分の心に伝わってきて、次第に耐えられなくなりやめてしまった。

(・・・・・・なんだよ・・・・・・、やっと手がかりがつかめそうだと、思ったのに・・・・・・)

 失意と憂鬱に打ちのめされ、才人はため息をつく。もしかしたら虚無の力かもしれないと期待してしまったこともあり、心はすっかり沈んでしまっていた。

(とりあえず、さっさと家に帰ろう。母さんも待ってるし・・・・・・)

元々あまり深く考える性格ではないのに今日は色々と頭を巡らしすぎたから、きっと疲れてしまったのだ。

(そうだ、久しぶりにテレビゲームでもやろう。楽しいことをやってれば、この幻聴も消えるかも・・・・・・)

「・・・・・・賀、おーい、平賀!」

そう思って才人は、家の方へ足を運ぼうとして・・・・・・

「なんだよ無視すんなよ、俺たちのこと忘れちまったのかー!?」

(・・・・・・ん? さっき・・・・・・)

 ・・・・・・聞き覚えのある声が人混みから聞こえたような気がして、立ち止まる。振り返ってみれば、そこには小さい頃によく遊んだ幼馴染みが手を振っていた。

 ・・・・・・時間を合わせて下校し買い食いした記憶や、休日にみんなで集まり、ゲーム大会をしていた記憶が懐かしさを帯びて、才人の頭の中に蘇る。


「おう、久しぶりだなー! 元気にしてたか!?」「たしか今日が卒業式だったな、おめでとう!」「聞いたよ、色々大変だったってね・・・・・・とりあえず、お疲れさま」「そうだ、俺たち今からいつものゲーセン行くんだけどお前も来いよ!」「卒業祝いってことで、先輩であるぼくが少しぐらいなら奢ってやらないこともないぜ!」


「・・・・・・あー、ごめん。折角誘ってもらったところ悪いけど、今日は・・・・・・」

 矢つぎはやに飛んでくる友人たちの誘いを、才人はやんわりと断る。未だに頭の中では、“声”が回りっぱなしだ。こんな状態で、楽しく遊べるかは怪しかった。

「えー、いいじゃねーかよちょっとくらい!」「まあまあ、流石に今日は予定があるだろうし・・・・・・」「それにほら、よくあるじゃないか。卒業式に告白して、って・・・・・・」「ほー、平賀、お前卒業式に告白したのか? それで残念だったってワケ?」

諦めが悪いようで、冗談を飛ばしてからかってくる友人たち。

昔からよくやっていた、お決まりのやりとり。

「いやでも、そうと決まった訳じゃあ・・・・・・!」「まあそうくよくよすんなって! 大学行っても、全然モテなかった俺たちが言っても、全然説得力ないん・・・・・・」


「・・・・・・そんなんじゃねえよッ! そんなん、じゃ・・・・・・」


 そのはずなのに、気付けば才人は叫んでいた。

 ・・・・・・歩道を歩く人たちの視線が刺さり、友人たちの瞳に一瞬怯みが走るが、しかしそれも束の間。繰り返した声がすぼんでいく頃には、固まった空気は溶け、友人たちの顔にも誤魔化したような笑みが張り付いていた。


「・・・・・・と、ともかく、やっぱり無理に誘うのはよくないんじゃないか?」「そ、そうだね」「んじゃ平賀、またそのうち・・・・・・」「げ、元気だせよー!」


 誰かの言葉を皮切りに、友人たちは申し訳なさそうにそそくさと去っていく。遠ざかっていく背中を唖然と見つめ、才人は失意に肩を落とす。

(・・・・・・なにやってんだよ、俺・・・・・・)

 髪型を変えたり髪を染めたり、どこかの雑誌で見たような服を着てはいるものの、友人たちは自分の知っている頃と何も変わらなかった。もう大学生にもなるというのにこうして男ばかりで固まって、わいわい楽しくやっていて。・・・・・・陰気になっていた自分を心配して、元気づけようとしてくれたのに・・・・・・、

 自分はその好意を受け入れるどころか、突き放してしまった。

 ・・・・・・自分に彼女が、恋人がいたのは、この世界ではないというのに。 

 自分があの世界にいたことを、彼らが知っている訳がないのに・・・・・・。

悲しみに暮れる間にも、頭の中で回り続ける声が才人を苛つかせる。・・・・・・それもこれも、元はといえばこの声のせいなのだ。頭の中の“可能性”は自分の心に一瞬の希望を見せてはくれたが、直後にそれは絶望に塗り潰された。

(止まれ、止まれよ、ちくしょうッ・・・・・・)

いくら呼びかけても応じることなく、ちらちらと頭をよぎるだけで自分の不安を煽ってくる声。いっそ消えてしまえとばかりに頭を掻きむしるが、才人が拒めば拒むほど、声は一層その大きさを増していく。

(くそっ、どうすりゃいいんだよ・・・・・・!)

 ・・・・・・悩みながらも、本当は分かっていた。あそこに行けばきっとこの声は消えるだろうという予感が、才人にはあった。・・・・・・そう、今まで意味がないと避け、逃げ続けていたあの場所に。

(・・・・・・でも、俺にできるのか? 今までだって、向き合ってこなかったってのに・・・・・・)

 ・・・・・・いいや、できるかではない、やらなければいけないのだ。

 明日からは部屋とバイト先を探さなければいけないし、それに、大学に行くにも学費を出してもらっているのだ。技術にしろ知識にしろ何か身につけなければ意味がないし、やりたいことが見つからないなら自分から進んで探さなければいけない。

(“なんとなく”で就職しても長続きはしないだろうし。コロコロ仕事を変えて、いつまでたっても父さんや母さんを心配させちまう訳には、いかないんだ・・・・・・)

 ・・・・・・思い出に縋るのも、現実を見ないのも、無駄と知ってて我を通せるのも、全部子供だけの特権だ。

 ・・・・・・だからこそもう、それは赦されない。たとえ目の前に広がるのが光一つ無い闇だとしても顔を上げ、前を見て、進まねばならない。

(あの世界を、ルイズのことを引きずるかどうかはともかく・・・・・・俺はこっちで生きていかなくちゃ、いけないんだから・・・・・・)

いずれにしろ、つけなければいけない“区切り”だったのだ。きっと今日行けなかったら、明日も明後日も行けはしないのだ。

 繰り返し、繰り返し。何度も自分に言い聞かせ、才人は目的地に向かうべく、踵を返して駅の方に戻る。

・・・・・・現金なもので行くと決めた途端、頭の“声”は鳴りを潜めるのであった。

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