血塗れた悪意 Ⅷ

……同時刻、壇の裏側。一仕事終えたばかりのフーケは膨大な魔力が集うのを感じ、休むことなく次の詠唱を始めた。

(チッ、あのバカ! ふざけるのもいい加減にしろっての! )

このままでは多くの者が死に、その罪によって更なる追っ手がかかる。あの死にたがりはきっとそれを見越してわざと自らを追い込み、自身を諦めさせようとしているのだろうが……しかし、その目論見は外させてもらう。自分は天下の大盗賊。狙った獲物は、逃がさない。

( ……はぁ。ほんとに頼むからあいつを探すだけの体力と、1発ひっぱたくだけの力は、残ってもらいたいもんだ、ねッ!)

限界を越えながらもその瞳に強い光を宿したまま、フーケは呪文を解き放った。


少し時はさかのぼり、人とエルフが等しく倒れ転がる広場。彼らを取り囲む炎の円、その縁である死と生の狭間。

 腰だめに構え手を膝に置き、荒い息を繰り返す一人のエルフの周りを、ネフテス水軍・・・・・・元“鉄血団結党”党員たちはぐるりと取り囲んでいた。

「………たいしたものだ。これだけの短い時間で蛮人やエウメネスの者たちをまとめあげ、我々に対抗するとは」

「敢えて後退し死を背にして何をするかと思えば、炎に集まる風を利用するか。瓦礫を風で固定し防壁を作るだけでなく、表面の色をも変えて背後の炎に擬態させるとは考えたものだ」

「大いなる意思の力が自由に使えればこうも手こずることはなかっただろうが、極限の状況の中で下したその判断、賞賛に値する。・・・・・・しかし残念だな、戦える者はもう貴様だけのようだ」

「・・・・・・最後だ、もう一度だけ聞こう。……なあマッダーフ殿、その後ろにいる卑しきエウメネスの民を、こちらに引き渡してはくれんかね?」

「はぁ、はぁ……、こ、とわ、る……ぐうっ!?」

 岩塊を握りこんだ水兵の繰り出す強打を顔に受け、マッダーフはなすすべもなく転がる。戦う力など、もう残ってはいない。生来肉体に宿る精霊の力が強かったこともあるが、こうして持ちこたえているのはひとえにその根性ゆえだ。本来ならば死んでもおかしくないほどに、彼の身体は消耗しきっていた。

「どうしてそこまで必死になる? 蛮人に組しているうちに、下らぬ情でも芽生えたか?」

「・・・・・・だったらどうした。そんなことより貴様ら、かつての上官に従って、本当に解放されると思っているのか? あの男はもう、貴様らの知る水軍指令でも党首でもない。・・・・・・この殺し合いが終われば、次は我々同士で殺し合いをさせられるぞ・・・・・・?」

「ああ、部下だったからこそ知っているよ、もう『あれ』が止まらぬことぐらい。だからこそ、下らぬ命の一つや二つ慰みものにせねばやりきれんのだよ」

「なにが四国友好条約だ、こんな式典で六千年の間深まり続けた溝が埋まるとでも? ・・・・・・ハッ、笑わせてくれる」

「殺された分は殺し返すに決まっている。たかが蛮人一匹と、高貴なる我らエルフの命一つが釣り合うわけがなかろうが」

(・・・・・・やはり、何を言っても無駄、か・・・・・・)

 額が割れたのか、血が止まらない。それでも真っ赤になった視界を拭いマッダーフは立ち上がる。現状を打開する策などない。・・・・・・あと一撃でも食らえば、もう二度と自分は起き上がれはしないだろう。しかしそれでも膝は折らない。この背中の壁の向こうにいる同僚に、負けない騎士であるために。

 ・・・・・・しかし、望んだ救いは絶望と変わり、マッダーフに襲い掛かる。

 ガシャリ、という音に振り返ると、そこにあったはずの瓦礫の壁にぽっかりと空いた穴。倒れた行使者とその後ろでうずくまるエウメネスの民たちの姿が剥き出しになっていた。

(・・・・・・・!? くそッ、魔力切れか、よりにもよってこんなときに・・・・・・・っ!)

 いくら風がこちらに吹き込んでいようとも、それを行使しているのは一般市民であるエウメネスの者たち。しかも人と結ばれネフテスの端に追いやられた彼らの大半は、強力な行使など滅多に行う機会が無い女性ばかり。こうなることは必然であった。

 しかも、最悪はそれだけに留まらない。恐怖に怯えるエウメネスの民を眺めていた一人の水兵が気付き、声を上げた。

「・・・・・・なあ、あれを見てくれ。あそこにいるのは、ガンダールヴと悪魔を逃がした例の裏切り者ではないか?」

 (!!!? しまったッ!!)

 その言葉ひとつで集団の視線が自分から離れ、倒れる彼女、ルクシャナに殺到する。そしてそれが意味することは、彼女の隣にいる上官もその視界に捉えるということ。・・・・・・それはつまり、彼ら水軍は最高の憂さ晴らしを見つけたことになる。

「ほう、確かに。・・・・・・おやおや、しかもその隣に横たわっているのはかの騎士、アリィー殿ではないか」

「これはこれは運が良い、もしや大いなる意思の思し召しかな?」

「我らネフテス水軍の技術の粋を尽くした作品を、国に逆らう屑ごときに奪われたこの憤怒。どこに持っていけば良いか困っていたところだ」

水兵たちが詰め寄る。その表情に怒りはなく、不気味な笑みだけがあった。

「まったく、嘆かわしいことこの上ない。何が史上最年少だ、何が千年に1人の天才だ」

「くだらん一時の感情に流されおって。婚約者と祖国、比べるまでもないであろうに」

「大体五十にもならぬ若造に、“騎士”の称号など与えるのが間違いでしかない」

「見ろ、これがその結果だ。綿々と続く、先人からの誉れを貶めおって」

「この女もこの女だ。蛮人かぶれの行き着いた先が売国奴か」

「まあ裏切り者と恥知らず、お似合いではないか」

 口々に暴言を吐きながらも、それでも笑みは崩さない。これから彼らが一体何をしようとしているのかなんて、考えるまでもなく想像がついた。

 ――――――だから、マッダーフは途切れた瓦礫の間に身体を滑り込ませ、自身の身体を壁にすることにした。

「・・・・・・通さんよ、ここから先へはな。どうしても行きたければ、おれを殺してから・・・・・ッ!?」

直後、腹部に叩き付けられる拳に、マッダーフはとっさに身を引き威力を逃す。しかしそれが狙いだったのか、留守になった足元に屈んだ他のエルフが頭から突っ込んできた。

(・・・・・・ぐ、ッ!? させ、るか、ッ!!)

 とっさに蹴り上げた膝が偶然その顎に当たり、崩れるエルフ。思いがけない幸運に事なきを得たが、次に身を引いた時に同じ事をされたら間違いなく突破されるだろう。

 だから、マッダーフは怒り狂った水兵たちの殴打を真っ向から受けるしかなかった。

「・・・・・・ッ! あ、がっ!? ・・・・・・う、おおおあッ・・・・・・!!」

 身体に拳が沈むたびに足元に額の血が散り、言葉にならない呻きが漏れる。しかしそれでも、地を踏みしめるこの足はもう浮かせない。瓦礫の間に架けるこの腕は外さない。

(耐えろ、耐えろ、耐えるのだ! たとえ希望がなかろうとも、たとえ救いがなかろうともッ!!)

 いままでの埋め合わせをこの身体でしていると思えばいい、そうすればずいぶんと楽に感じる。それほどまでに、自分が積み重ねてきた愚行の数々は罪深い。

 ・・・・・・まず一つ目、なんの疑問もなくイドリスを連れてきてしまったことだ。囚われの身であったというのなら、その身体に何か仕込まれていても不思議ではないのに、行方不明だった彼を見つけ興奮してしまった自分は同僚の精霊を注意深く「見」ようともしなかった。

・・・・・・二つ目は、アリィーの目配せを察しルクシャナ嬢を退避させたときのこと。自分が婚約者でないことに気付いた彼女は、戻ろうと必死に抵抗した。一瞬だけその瞳に光る涙を見てしまいためらいを覚えてしまった自分は、彼女に一瞬の隙を突かれ逃げられてしまった。結果としてそれは、アリィーがルクシャナ嬢を爆発から庇うことになり、さらには衰弱しきったイドリスの身体をより一層傷つける事態を引き起こした。

・・・・・・ そして、三つ目。吹き飛ばされたイドリスが虫の息であることに動揺し、状況が見えなくなってしまっていたこと。こちらへ歩いてきたルクシャナ嬢の様子がおかしいことにも気付けず、・・・・・・自らの“水”を使いイドリスの手当を終えた時には、既にルクシャナ嬢はアリィーの隣で倒れていた。・・・・・・彼女が婚約者にしたのと同様に、自分も彼女が失った“火”を渡したので、何とかその命だけは繋ぐことができている。だが、未だ三人とも予断を許さない状況なのだ。

(おれは守るどころか火種を撒き、かえって壊し傷つけた! ならば、ならば! ここで倒れるわけにはいかない、こいつらを通す訳にはいかないッ!)

 あまりの出血に意識が遠くなるが、瓦礫を食い込ませた手のひらの痛みで堪える。ガクガクと震えるだけの足はもう役に立たないと見切り、身体に残った“土”の力を使い地面に蔦を生やし、絡めて二度と離れぬよう強く強く締め上げる。

 自らを物言わぬ石像に作り変えんというような勢いと執念で、マッダーフはその身を場に縫いつけ固定していく。・・・・・・元より生きて帰るつもりなどない。だから眼前の水兵が下卑た笑いを浮かべ握った鋭利な木片を見ても、何とも思いはしなかった。

「いい加減に、・・・・・・・・死ねッ!!!!」

 怒声と共に、自分の胸目掛け繰り出される刺突。恐怖は無い。ただ自分が倒れ、背後の同僚とその婚約者たち、エウメネスの民たちがこの水兵たちに蹂躙されると思うと、情けなくて悔しくてたまらなかった。

(出来ることはやりきったつもりだが……それでも結局、結果はさっきの失敗と大して変わらないとは。……ハッ、笑ってくれよアリィー。みじめで不甲斐ない、この俺を……)

また何も守れず、助けられない。朦朧としていた意識も限界を迎え、マッダーフの身体は失意と共に沈んでいく。


 ・・・・・・しかし、その肉体が骸となることも、地に伏せることもない。気付けば目の前に迫っていた凶器はバラバラに切り裂かれ、崩れ落ちるだけだった身体も気付けば貸された肩に支えられていた。


「ふぅ、何とか間に合ったな! さあ来い卑劣なエルフども、これから先は僕らが相手をしてやる!」

「ほんと、弱者を虐げ愉悦に浸るとは趣味が悪いね。どっちが野蛮か分かりゃしないよ」

「大丈夫か、生きてるか!? ってなんだこのツタ、切ったほうがいいのか!?」

「いや切って良いだろ、というかもう切ったし。・・・・・・え? もしかしてまずかったりした?」

「遅くなった、すまない。怪我人を炎の外に運び出したり、暴れるエルフたちとやりあったり忙しくてね。君たちを見つけるのに手間取ってしまった」

 

そうして突如空から降ってきたトリステイン女王の近衛兵……水精霊騎士たちは、自分に背中を向け、水兵たちに応戦する。なるほど確かにその言葉通り、辺りに転がっていた人もエルフもその姿を消している。見れば視界の端々で、炎の壁がところどころ途切れていた。

(・・・・・火柱の高さはせいぜい数メイル。メイジである彼らが魔法を使えば、全部でなくとも一部分なら轟炎を押さえ込めなくもないだろう。・・・・・・しかし・・・・・・)

「・・・・・・分からない。なぜ、きさまらはこんなところにいる? 自分たちの王を助けに行くのが、きさまら貴族の責務のはずだろう? ・・・・・・一体、何をやっている・・・・・・?」

「・・・・・・実際そうするところだったんだけど、ね。でも陛下やティファニアのピンチに駆けつけようとしたら、いきなり仮面を被った男が現れて派手にドンパチを始めてさ」

「戦闘の格が違う、これじゃ行っても邪魔になると思って、僕らはおとなしく人助けをすることにしたわけ」

「フライで飛べばこの広場もそう大した距離じゃないからね。あの仮面のメイジがやられそうになってからでも十分間に合うし」

「まあだからといって、国土を賜り爵位を頂いた王家の窮地に駆けつけないのは間違ってるんだけどさ。・・・・・・けれども、あいつだったらどうするかな、って我らが副隊長を思い出しちゃったら、死にかけてる人を見てほっとくなんて僕たちにはできないわけで。これはもう本当に仕方のないことなわけで」

「確かにきみとはろくに言葉も交わして無いだろうけど、僕たちの副隊長が信じたエルフを守って戦っていた。だったら助けるのが僕たち貴族の道理だ。友の友が友ならば、その友の友の友も友に決まって・・・・・・あれ? 友の友が友。なら友の友の友の友は・・・・・・あれれれえっ?」

「・・・・・・もちろん、なにか起こったときの対策は立ててるよ? “遠見”で壇上はずっと見てるし、いざとなったら残してきたひとりが、僕たちが着くまで時間を稼いでくれるから」

「ああ、どうりでさっきからレイナールがいないわけだ。あいつが残ったのか」

「本人の希望だからね。・・・・・・でも、本当はアニエスさんが心配だったんだろうな。彼女がエルフに吹き飛ばされたとき、顔真っ青にしてわなわな震えてたし」

「……なあ、もうそろそろ誰か遠見代わってくれない? さっきから僕ばかりずっと……って、レイナールから緊急時の合図だ。……なになに、“危険、脅威、総員……防御? ”え?」

「 なんだなんだ、いきなり揺れたぞ!? また地震か!? 」

「今はそれどころじゃない、隊長代理の指示に従え!」

口々に喋り出す水精霊騎士たち、見ていて面白くないのは対峙する水兵たちだ。先程まで優勢だったのに突如追い詰められ、しかも相手にしていないといった態度を目の前で取られる。プライドの高い彼らが激昂しないわけがなかった。

「戦いの最中にぺちゃくちゃと……、蛮人風情が我らを侮るか!? 」

「 こんな屈辱は初めてだ! 許さぬ、きさまら絶対に許さ……ぁあああああああッ!?」


・・・・・・しかしその怒りは、吐き出す半ばで絶叫へと変わった。


突如として襲い掛かる烈風。その中に入り混じる礫が彼らの身体を叩き、貫き、穿ち、致命的な負傷を与え、それだけに留まらずその断末魔の悲鳴すら掻き消し、一瞬にして遥か彼方へとその身体を飛ばしていく。吹きすさぶ風は束の間では収まらない。背中越しに感じていた灼け付くような熱気が消え、背後の爆炎ですらこの風に吹き消されたことをマッダーフは知る。自分の前に立つメイジたちも、風の盾で流すので精一杯。このままでは後ろに張った瓦礫の壁が崩れ、エウメネスの者たちが先程の水兵たちと同じ目にあってしまう!

(なあ、隊長殿よ。……いつも突っ走って空回りしちまう俺だがな、ホントはお前よりもカッコいい騎士になりたかった。そうなれる日を待ちわびて、自分を磨いて生きてきた)

さっきまでの状況では、自分に出来ることは何もなかった。ただ諦め、嘆き、自らの無力を悔いることしかできなかった。

……だが、今は違う。自分は彼らを守ることが出来る。その手段をいま、自分は持っている!

「う……ぉおおおおおッ!!!!」

雄叫びをあげ自らを奮い立たせ、マッダーフは自身に残る最後の力である風を振り絞る。本来ならば行使するのに、自らの精霊をも使う必要はない。しかし背後にズラリと並ぶ瓦礫の壁、そのすべてを一斉に動かすとなれば話は変わってくる。風の抵抗を減らすにはかなり大きく傾けねばならないうえ、しかも上手く干渉せねばかえって彼らの制御を乱し、辛うじて維持出来ている壁の崩壊をさらに早めてしまうことになる。

“頼む、大いなる意思よ! 俺はどうなってもいい、だからどうか、どうかッ……!!”

  祈り、願い、マッダーフは行使を行う。…………そして――――――――、

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