無機質な音

「今日は十五日か、じゃあ出席番号十五番の者、残りの部分読んでくれ」

 四限目の国語の時間だった。教科書の音読に疲れた先生が適当に続きを生徒に投げた。でも十五番は歌音の番号だ。

 普段からやる気のない先生だとは思っていたけど、配慮も足りないとは。

 横の席の歌音を見ると、歌音も僕を見ていた。

 目が合うと、「代わりに読んで」と視線と表情だけで頼んできた。

 声が出なくなってすぐの頃はささいな事で落ち込んでいた歌音だけど、随分強くなったもんだ。

 読めませんと歌音が訴えれば、先生はさすがに悪いことをしたと思うだろうし、気遣いの面も大きいのだろうけど。

 僕が代わりに読もうとすると、別の場所からイスを引く音が聞こえて、先生の続きを読む声が聞こえてきた。

 僕と歌音、それと先生の失態に気付いていた数人がその音の方をこっそり振り返る。

 初日だった。

 彼女は先生の続きを読み始めた。

 初日の声は涼やかによく響く。

 歌音とはまた違った、落ち着く声。

 詰まることもなく読み切って、何事もなかったように席に着く。

 なんでだろう、他の人が同じことをしたらおせっかいだと、下手したら嫌味に感じてしまうかも知れないのに、初日がすると単純に嬉しくなった。

 歌音もそれは同じだったようだ。授業が終わって昼休みになるとすぐに初日の所にいって、手を取ってブンブン振っていた。

 初日は少し戸惑っていたけど、歌音が喜んでいるのが伝わったのか、すぐに笑顔に変わっていた。


 ――放課後。

 通学路を歌音と自転車で進む。

 途中でコンビニに寄って、青年漫画雑誌を立ち読みする。歌音はファッション誌を読んでいた。

 僕にも見せてきて、本に載っている服をいくつか指さした。

「これじゃない?」

 似合うと思ったのを僕も指さした。

 歌音はむむっと眉をひそめて、嘆息気味に本を閉じた。

 どうやら僕の趣味はお気に召さなかったようだ。

 歌音と違って中肉中背のごく平凡な見た目の僕みたいな人こそファッションに興味を持たないといけないのかも知れないけど、まだまだ漫画を捨てられない。

 肉まんを買って外に出て、歌音を待つ。

 歌音はお菓子と飲み物を買っていた。

 袋を開けて肉まんを頬張る。もう五月、真冬に食べるのとは違った美味しさがある。

 自転車に跨って、いつもの様に僕が先頭を行く。

 歌音の家の前で「じゃあまた明日」と別れの挨拶をする。

〈また明日〉

 少し遅れて、イヤホンから無機質な音がした。

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