第172話 ますのすし




 子供の頃は、富山の特産品である「ますのすし」があまり好きではなかった。

 田舎から何箱も送られてくるそれを、大人たちが喜んで食べているのが不思議だった。

 笹の葉にくるまれたますのすしは、どこか酸っぱくて、8等分されたものを一つ食べればもう充分だった。

 もっとお菓子とか美味しいもの(その頃の私は、幼稚な舌ゆえにお菓子を一番美味しいものだと思っていた)を送ってくれればいいのにと思った。


 でも、今は違う。

 駅前で北陸物産展がやっていたので、ふらりと覗いてみたら案の定「ますのすし」が売られていた。思わず一箱買ってしまった。

 家に帰って濃い緑茶を淹れて、食べた。ますのすしは美味しかった。

 絶妙な酢加減、米の旨味が口いっぱいに広がる。あっという間に一箱食べてしまった。


 本当は、小さい時から知っていた。

 富山の米は美味しいし、富山の魚は美味しい。

 そこらへんのスーパーに売っている鮭の切り身だって、東京のものとは比べものにならないほど脂が乗っていて美味しい。

「富山に行ったら回転寿司に行くといいよ」

 と言うと、よく笑われたけれど、東京の回転寿司の味しか知らない人にとっては、こちらに馬鹿にされているような気分にもなっただろう。

 違うのだ。一皿100円の安い回転寿司だって、富山のそれは飛びぬけて美味しいのだ。


 もう一箱買えば良かったなぁ……と思いながら、笹の葉にくっついた米粒まで食べた。

 みっともないことをしている自覚はあった。


 成長した私の舌が追いついたのではなかった。

 ますのすしは昔から美味しかった。

 富山の味は、ずっとずっと何も変わらず素朴に美味しい。



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