第90話 茹でもろこしで夏を齧る
行きつけの八百屋に行ったら、サービス品のとうもろこし(スイートコーン)が4本で150円だった。
20センチくらいの大きさで形も綺麗だし、色も悪くない。同じ品種の大きなものが一本200円だからあまりの安さに驚いたが、最後の一袋だったので迷わず買った。
家に帰ってから、早速大鍋に水と塩を入れて茹でた。
とうもろこしは、実は味よりはあの甘い匂いが嗅いでいるのが好きで、茹でている間も鍋の傍を離れなかった。水が沸騰するにつれ熱くてたまらなくなるけれど、甘い匂いが漂ってくるとなんとも幸せな心地になった。
8分ほど茹でると鍋からあげて、ザルに入れて冷ました。
しばらく待って冷ましたとうもろこしを両手で持つと、ガブリと噛みつく。
まだ熱が残っていて、じゅわっと染み出す甘い汁とシャキシャキした食感の穎果がなんとも美味い。これはいいものを買ったなあ……と感激しながら、下の前歯ですくいあげるようにして一段一段丁寧に食べていく。鮮やかな黄色を食べる。
あたりは咀嚼する音だけが響く。
食べるという行為に専念しているときが、一番生きている実感がわく。
暑さで心身共に弱る夏は特にそうで、とうもろこしの粒を噛んで呑み込むたびに、じわじわと安堵がこみ上げてくる。
齧れば齧るほど黄色の粒は呆気なく欠けてゆき、私の腹に栄養を運び、素朴で優しい味が終わりを迎える時、煩わしいことは何も考えないでいられた至福の時間も途切れる。
残されるのは身だけ外された芯のみで、それを眺めるたび「今年も夏を少し齧った」と詩的な気分になる。
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