第42話 ちやほやされたくて献血に行く
当時は全く自覚がなかったし、日常生活において不便はなかったが、7歳くらいのころ貧血と診断された。
親が心配して、やたら夕食にレバーやほうれん草が出てきて食べさせられたことを覚えている。
努力の甲斐あって9歳くらいまでには改善したようで、私自身もそのことはすっかり忘れていた。
月日は過ぎ、18歳になった私は献血なるものに興味を持った。
大学や大きなイベントなどに献血車が来ることもあり、一人で行く勇気はなかったので友人たちと連れだって献血に行った。
しかし、いざ採血して検査すると毎回献血を断られた。
理由は「血が軽すぎる」ということだった。幼少時の貧血が影響しているのかどうかはわからないが、私の血は200~400mlの献血ができるだけの基準値に達していなかった。
私は断られるたびにとてもがっかりした。
やる気があっても、それだけではどうしようもないことを知った。
自分の役立たずぶりに落ちこんだし、できない以上その場でも浮いてしまった。
それからまた年月が経った。
私はすっかり献血を諦め、献血ルームに足を運ぶこともなかった。
ところが、去年の10月のことである。
休日の午後、私は友人と都心の繁華街を歩いていた。
繁華街での用事は終わったが、オンラインで予約した映画の時間まで2時間以上あった。
献血ルームの前を通りがかった時、突然友人が献血をしようと言い出した。
拒む理由はなく一緒に中へ入ったが、内心では「また断られるんだろうな……」と思った。
その献血ルームがなんだかすごかった。
余程血液が不足していたのかノルマがあるのか知らないが、職員あげての歓待ぶりでとにかくジュースを飲め、菓子を食えと言うので、待っている間クッキーやチョコレートを食べ、ジュースを2杯と温かいココアを飲んだ。
受付の人、看護師さんや問診する先生にとびきりの笑顔で何度も「献血にきてくれてありがとう」と言われ、私はすっかり嬉しくなってしまった。
勿論、彼らが私たちを諸手を挙げて歓迎するのは、そうするように教育、指導されているからである。
献血は個人の善意で成り立っているものだから、折角来てくれた人を邪険にして不愉快にさせ「もう二度と来るかバカヤロー」みたいなことになっては困る。
ありとあらゆる手を尽くして気分よく献血をしていただき、再訪に繋げなくてはならないのだろう。ちょっとしたサービス業だなとも思った。
問診が終わると、肝心の採血が来た。
採血をする前にも飲み物やチョコを勧められ、もう一杯ココアを飲んだ。
ドキドキしながら採血され、その場で看護師さんが検査した。
機械に出た数値を見て、看護師さんの表情が少し強張った。
ああ、やっぱりだめだったか……と思った瞬間、なんと彼女は笑顔で「撹拌が足りなかったのかもしれません。もう一度検査してみましょう」と言った。
こんなことは初めてだったが、再度検査したところ、基準値を0.1越えた。
数値はギリギリだが、とにかく献血できることになった。私は飛び上がりたいくらいに嬉しかった。
大袈裟かもしれないが、今まで散々断られ続けてきたので、やっと人並みの身体(血液?)になれた気がした。
初めての献血は緊張はしたものの、終始和やかに進んだ。
400mlの血を抜かれている間、テレビを観ながらジュースを飲み、看護師さんとおしゃべりしてまったりと過ごした。
終わった後も何度もお礼を言われ、お菓子とアイスクリームと粗品までもらった。
何より嬉しかったのは、初めて献血カードを手に入れたこと。
これさえあれば、今後は献血がスムーズに行える。
数日後、血液検査の結果がハガキで来たが全て正常値で安心した。
ちょっと気になるのは自分の血の行く末。
本当は折角採ったのだから、「あなたの血液は〇月×日、都内の病院に交通事故で運ばれた50代男性の輸血に使われました」みたいに個人情報がわからない程度に用途を教えてくれると嬉しいけど、それをやったら人件費も手間もかさんでしょうがないだろうな。
血液も3週間しか持たないし、使われないまま廃棄される場合もある。そうなった場合は残念だけどやはり知るすべはない。
献血カードを手に入れてからというもの、今までの分を取り返すが如く、二ヶ月毎に成分献血、半年ごとに400ml献血している。
行くたびにお菓子をたらふく食べ、ジュースを飲み、漫画や雑誌を読んで楽しい時間を過ごしている。
社会への貢献とか、人の役に立ちたいというのもあるけれど、献血に行くととにかくちやほやしてもらえるのがいい。人間たまにはそうやって他者から全面的に肯定される時間が必要だと思う。小さなことだけど、生きる張り合いになる。
日本赤十字社の回し者ではないが、ちょっと褒めて欲しい時、誰かに感謝されたい時、思い余ってリストカットをしようなんて時も献血はお勧めである。
何かあっても失うものは血だけで、文字通り血の気が引くだけ。気軽にどうぞ。
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