第36話 自分の人生は、自分しか責任が取れない




 ゆるゆると長くつきあっている友人が失業した。

 何事も淡々と話す人なのだが、その報告があまりにも自然に切り出されたので、ことの重大さがしばらくピンと来なかった。仕事を失う。これは大変な事態である。

 彼女は色々あって1年前に転職したのだが、今回その転職先の会社も辞めることになってしまった。事務方だったが、先日能力不足を理由に解雇になったのである。元々、配属先の上司と反りが合わなかったらしいが、その話も初耳だった。


 この解雇が、正当なのか不当なのかは私にはわからない。

 彼女は誠実な人柄で信用に足る人だけれども、一緒に仕事をしたことはない。仕事の処理能力は判断しようがない。評価するのはあくまで会社であって、会社側の主張もあるだろう。

 彼女も嫌いな上司の下で働くのは苦痛でしかないので、解雇について会社と争う気はないようだった。


 しかし、解雇を宣告された後に、上司に「今後のあなたの転職活動を考えて会社都合ではなく自己都合退職にしてもいい」と言われたという。

 確かに前職の離職理由が解雇となると、転職活動の際に警戒される。

 会社都合の解雇であっても、倒産や人員削減が理由でない場合説明が難しい。

 懲戒免職を疑われることもあるようで、「今後のことを考えれば、痛くもない腹を探られるのは辛い。自己都合にしようか迷っている」と彼女は言った。


 それを聞いて、私は「断固として会社都合にしてもらうべき」と進言した。

 確かに「解雇」はマイナスイメージが強い。

 が、自己都合退職の場合、申請してから失業保険がおりるまで3ヶ月かかるのに対し、会社都合だと一週間でおりる。また会社都合の方が給付期間が長い。

「上司はあなたの今後の生活や人生に対して、何一つ責任を取るわけではない。夏は一番求人が少ない。仕事がすぐに見つかる保証もない。だったら、1円でも多くお金をもらうべき」と言った。何をするにしても、先立つものがなくてはどうしようもない。自分の人生は自分しか責任がとれないのだからとも言った。


 言ったあとで、ちょっとかっこつけすぎたかな……? と思ったが、彼女も心は決まっていたようで、背中を押して欲しかったのだろう。自己都合にはせず、五月半ばに会社都合の解雇で離職した。

 私なぞは楽観的な性格なので、「ずっと働いてきたのだから、しばらくのんびりしたら?」と言ってみたのだが、ぶらぶらしているのは性に合わないらしく早速就職活動を始めている。

「今日は面接で〇〇へ行った」という連絡も来たりして、いいご縁があることを願っている。



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