第30話 ピエール・エルメのマカロン




 ピエール・エルメ・パリのマカロンをいただいた。

 貰った時はちょっとびっくりして、日持ちがしないものと知りつつも2日も冷蔵庫に入れっぱなしにしてしまった。3日目に取りだして、食べるために開封した。

 ウエッジウッドの紅茶を淹れ、最初に一番好きなピンク色のアンフィニマンローズを口に入れると、メレンゲ生地がさくっと溶けて、ローズの香りが口いっぱいに広がった。

 クリームはどこまでもなめらかで上品だった。貴族の味だと思った。文句なしに美味しかった。


 ここ数年でマカロンは日本でも随分人気のお菓子になったけれど、私は元々あまり好きではなかった。理由は単純で、食べても美味しいと思わなかったからである。まず甘すぎる。小さい。スカスカで食べた気がしない。

 それにやけに高い。一つ150~200円はする。こんな小さな菓子に200円も使うなら、スーパーで100円のどら焼きやシュークリームを買った方がいいと思った。


 ところが、何かのパーティだったと思うが、知人が持ってきたピエール・エルメのマカロンは違った。

 勧められて口に入れて、そこで初めてマカロンを美味しいと思った。

 ただでさえ高価な菓子なのに、ピエール・エルメのそれはさらに高級で、一つ300円以上する。6個入りで約2600円、10個入りで3800円ほど、20個入りで9000円以上。信じられない値段だ。9000円あれば、有名ブランドであってもそこそこの量の菓子が買える。たった20個、それも壊れやすく、日持ちしないマカロン。作るのに手間がかかると知っても、そう易々と手が伸びる代物ではなかった。


 それから私もピエール・エルメのマカロンを何度か購入したが、全て贈呈用だった。

 マカロン好きを公言している方への贈り物なら、まず間違いないだろうと思った。

 ブランドはその品質や味以上に、名前で安心を買うものだと思っている。自分が食べる用に買ったことは一度もなかった。そういう贅沢をする気にはなれなかった。

 なのに、まさか自分がいただくとは。


 憧れでありながら、とても遠くにあるお菓子だったから、マカロンそのものよりも貰えたことの方が感慨深かった。

 さながら、ウェルダースオリジナルのキャンディのCMのように「こんな素晴らしいマカロンがもらえる私は、きっと特別な存在なのだと感じました」と己惚れたくもなるような……。くれた人に、お土産以上の思いがないのはわかっているのだが。



 結局、マカロンを食べる手は止まらなくて、ダイエット中にも関わらず小一時間ほどで食べきってしまった。空っぽの箱を見つめていたら、満腹とはまた違う多幸感がこみ上げてきた。この小さな箱には、色鮮やかでどこか甘酸っぱい憧憬がぎゅうっと詰まっていたのだ。


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