壱ノ七、男子の魂の叫びとその爆発

 おむつ替えで忙しい兵之進は、一磨の言うことなど右から左に聞き流して半分うわの空だ。

「恋町さん、また猥褻な読み本で発禁くらっちゃったんだ。いい大人が何やってんだか。もしかして今度こそ重々不埒で手鎖てぐさりとか?」

「うむ、それがだな……」

 兵之進は気にも留めなかった。他人事みたいに笑い飛ばす。

「あの人のことなら、放っておけばいいんですよ。毎度のことだし。多少のことなら自分でどうにかするでしょ。……うわあ、たくさんオシッコしてる。はやく替えてあげなきゃ。こっちの方がよっぽどおおごとですよ」


 赤ちゃんたちが泣き続けるのも無理はない。

 おむつはびちょびちょ。もちろん兵之進の背中もびちょびちょである。

 よって、速攻でおむつを替えてやらねばならない。時間との戦いである。


 まずは、ふにふにした赤ん坊の両足首を、ひょいと指先で挟み、そろえて持ち上げる。濡れたおむつを抜き取る。水を張った洗濯タライへ放り込む。

「よかったウンチじゃなかっ……はあい、おはなちゃーん、キレイキレイでちゅよー? おきくちゃんもきれいきれいちまちょうねー?」

 手ぬぐいで尻を清拭。よく乾いた新しいおむつをたたんで差し入れる。あとは上から押さえて紐で結わえてやればおしまいだ。


「よかったでちゅねー? さらさらになりまちたよー?」

「慣れたものだな。なかなかの手際だ」

「毎日のことですからね。一磨も奥さんをもらう時のためにできるようになっておくといいですよ。そしたら、きっと『まあ一磨さまステキ! 何てお優しいのかしら!』とか言って惚れ直してくれるはずです」

「うむっ? オムツ替えできたら……綺乃どのとめあわせてくれるのか!?」

「そうは言ってません」

 兵之進は双子のおむつを替え終わると、失敬、と言い置いて奥へ行った。


「で、用事は恋町さんの手鎖だけですか?」

「手鎖はないぞ。拙者の眼の黒いうちは絶対にない。先生と先生の作品は我が国の至宝である! わが十手大小に賭けて、断じてそのようなことさせてなるものか」

 力説する一磨の様子に、兵之進は肩をすくめる。

「僕は、あの人の本を見せてもらったことがないんですよ。いつも綺乃さんに『良い子は見てはいけません十八禁です』とか言って取り上げられるんですけど。双子なんだから同い年なのに、僕だけ禁止とかズルいと思いませんか?」

 着替えているところを見られないよう、用心してふすまを閉める。

 濡れた半着を脱ぎ、手ぬぐいで汚れを落としながら、兵之進は不満を述べた。


「い、いや、まあ、綺乃どのの手前、是非見るべしとも言い難いが」

 一磨は妙に照れた仕草で手をもみ合わせ、頬を赤らめた。

「……あれはな……決して卑猥でも、猥褻でも、悪辣でも淫靡でもない……芸術なのだ。男子の魂の叫びとその爆発である……精神と魂の交合こそが芸術家であらせられる先生の先生たらしめるところであり、先生をして完璧な先生となられる所以であり、男の中の男たる先生の生き様の、そこに痺れる憧れる理由でもあるのだ!」

 恋する乙女の眼差しで一磨は力説した。両手を結びあわせ、眼にキラキラと星を浮かべている。

 さすがに少々こわいものがあるが、性癖に関しては見て見ぬふりをしてやるのが武士道というものだろう。


 ふすまの影から顔だけをちょこんと突き出して尋ねる。

「わざわざこんな朝から来るから、また、《ふるほね屋》の仕事かと思ったんですけど。背中にいっぱいひっつき虫あやかしくっつけてたし……」


「あいや、手間は取らせん」

 一磨は、いささかどぎまぎとしつつ目をそらした。

「急がなくてもよいかと問われれば否としか言えぬが、まあ、今日は案外、暇そうで、こちらとしては都合がよい」

「失敬な。暇とは何ですか暇とは。これでも時間に追われてる身なんですよ」

「追われているのは貧乏だろう」

「ははは面白いことを言いますね。誰がそんな上手いことを言えと……うっ、おかしいな眼から水が」

「冗談だ。泣くな」

「どう見ても本気でした。武士が内職なんて今どき当たり前じゃないですか」

「いや、珍しく素振り稽古しておると聞いたものでな。暇なのかなと」

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