55.スタンダールの結晶作用 - 声の色で恋をする
さて、ドライブしながらお話しようか。
お腹を落ち着けがてら、お散歩できる場所へ向かおうね。
シートベルトはした? それじゃ、発進します。
声の色が外見に匹敵する影響力を持つ、声で人を嫌いになることがある、って言われてピンと来たかもしれないけれど。そう、声の色に恋だってするわ。
声に惚れるって共感覚者じゃなくてもあり得る話だろうけれど、きっと見えるぶんだけ顕著よね。
別れちゃったけど七年付き合ってた元カレは、月光みたいな銀色の声だった。どんなに体調が悪くても邪魔にならない声で、何時間だって一緒に居られたわ。だから長続きしたんだと思う。無口な人だったけれど、できればずっと話していてほしかった。彼の返事を引き出したくて、私は彼の前だと普段の三倍くらいおしゃべりになったわね。
声の色に一目惚れをしたこともあるわ。
ちょっと待って。黒歴史だから。話すのに心の準備がいる。
……ふー。よし。大丈夫。覚悟決めた。
特定されると困るからいつの話だかは内緒。
晴天の霹靂だったわ。初対面で声をかけられた瞬間、見たことのない美しい光が視界に満ちたの。桃みがかったオレンジ、朝焼けの色だった。澄んでいて、遠くて、明るいけれど優しい光よ。
声自体が綺麗な人かと言えば、そうじゃないと思う。ちょっと枯れ気味の高い声だったから。イケメンかと言えば、それも違った。将来有望でもなかったし、優しい人でもなかったよ。でも声の色が美しすぎて、すべてが最高の人に思えてしまった。
今思い出してもあの色は、心を壊すほど美しい。
まぁ、しばらく会ってないから美化されちゃってるとは思うけどね。「ザルツブルクの小枝」は知ってる? ザルツブルクの岩塩抗に小枝を投げ込むと、月日と共に綺麗な塩の結晶に覆われてゆくの。気付けばダイヤモンドのように輝いている。何もしなくても。
朝焼け、夕焼け、他にも赤い光をみるたび比べてしまうのよ。あの声はもっと金を含んで輝いていたとか、あの声は今の空より透明に広がっていたとか。いちいち新しい美点を見つけてしまう。やはり一番美しいって。
「あの
ん? どこに向かっているのかって?
公園よ。夜桜と鯉を見ましょ。すぐに着くわ。
その前に図書館に寄らせてね。本を返すだけだからすぐ済むよ。
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