第265話 いくらでもあるぞ?涼羽を褒めたくなるところなんか

「――――と、言うわけなんだが…」

「…………」


放課後、事前に約束を取りつけていた京一が、涼羽と職員室で一対一の話し合いをしている。


京一は、この学校のIT授業の導入に関する説明から始める。


授業の導入の為に、機材一式と教室は押さえてあること。

だが、その授業の講師に来てもらうだけの予算は、捻出できないこと。

しかも、この学校の教師陣は、お世辞にもパソコンが得意とは言えないこと。


その為、涼羽にパソコン授業を行なえるだけの教育を、教師達に実施してほしいこと。


それら全てを、簡潔に涼羽に伝える。


「すでに学校の休憩時間をも費やして、請負作業に取り組んでいるほど多忙な涼羽に、こんなこと頼むのは非常に心苦しいんだが…」

「…………」

「とはいえ、俺や他の教師の伝手を当たってみても、まるでなくてな…結局のところ、涼羽が最も適任だって話になってるんだよ…」

「…………」

「可能な限りになってしまうが…俺達教師がまとまって都合を付けて、極力一回ずつで済むようにはしていく…それで、涼羽の負担を減らすつもりだ」

「…………」

「もちろん、俺達自身でも予習・復習して、少しでも涼羽に授業をしてもらう回数を減らせるようにする…」

「…………」


京一の懸命さが伝わってくる口調に、涼羽は真面目な顔を浮かべている。

ここまでは、一言も発することなく、ただただ聞いている。


そんな涼羽を見て、京一は涼羽がこの話…

いわば、学校からのお願いを受けるかどうかを考えていると、思っている。

自らの口で言った通り、一介の高校生が休憩時間の全てを請負作業に費やしていて、しかもそれでも目いっぱい、と言えるほど多忙な日々を、涼羽は送っているのだ。


その貴重な時間をさらに割いて、京一自身も面倒以外の何物でもないと思えてしまうようなことをしてくれ、と頼んでいるのだから。


そんな状況では、友人と遊ぶなどもってのほかとなってしまうし…

それでもアルバイトは休むことなく出ていて、家事全般も一人でこなしている。

しかも家でもこの請負作業をしているのだから、なおのこと気が引けてしまう。


教師である自分達が、生徒である涼羽の、高校生らしい生活を奪ってしまうと思うと、本当にやりきれない思いになってしまう。

そうでもしないとIT授業の導入ができない、と言うこの状況に嫌気がさしてしまう。


しかしそれでも、もう涼羽に頼む他ないと言うところまで来てしまっているのだから…

涼羽には、是が非でも首を縦に振ってもらうしかない。


京一自身を含む教師陣が、都合をちゃんと付けて一同に集まれるタイミングを作り…

さらには、自分達でも予習・復習をして少しでも理解度を深め、仕事や自宅で実際に使って習熟していく…

そうして、とにかく涼羽にかかる負担を少しでも減らす。


それを前提に自分以外の教師達にお願いしており、すでに第一回目の予定も決まっている。

後は、涼羽にうんと言ってもらうだけなのだ。


これが普段から迷惑ばかりかけているような生徒なら、もう少し気楽に言えたものの…

普段から実に模範的で、手間をかけさせられるどころか逆に助けてもらうことが多い涼羽相手と言うのは、やはり気が引けてしまう。


「…………」


一通りの説明を聞いた涼羽は、依然何かを考え込むかのように俯き、ここまで一言も発していない。


「(涼羽…先生達が不甲斐ないばかりに、こんなことを押し付けることになってしまって、本当にすまない…後でいくらでも文句は受け付けるから、とにかく今は引き受けてほしい!)」


もう涼羽に受けてもらう前提で話を進めてしまっているのだから、今更企画倒れにはできないところまで来てしまっているこの話。

一向に返答が来ないことで、京一の心は尋常ではないほどの緊張感に襲われてしまっている。


だが、そんな京一の不安はよそに、涼羽の考えていることは…


「(えっと…家事全般はいつも通りだし、アルバイトも土日は大丈夫だろうし…今やってる請負仕事も、もう目途は立ってるから緊急性の高い仕事は当面は大丈夫かな…だったら、大丈夫だよね?新堂先生がこんなにもお願いしてくるんだから、俺はそれに応えたいし…何よりこの学校の為になることなんだから、やらないと!)」


京一の話を一通り聞いた段階で、すでにつもりでいたのだ。

そして、それを受けた時に普段の生活に影響が出るのか…

出る場合、どこに出るのかを考えていた。


どうしても秋月保育園のアルバイトに影響が出るなら、就業開始時間を遅くするか、最悪休むか…

アルバイトが終わってからになるなら、自宅の晩御飯は朝に作り置きしてしまうか…

などと、、ではなく、をすでに考えていたのだ。


今、かなりの短納期で来ている請負仕事はもう目途が立っており、それが片付けば当面は無理なくできるだろうという見込みも立っている。


ならば、涼羽がこの話を断る理由など、微塵もない。


「りょ、涼羽?…ど、どうしても無理か?俺としてはお前に無理なんてさせたくないんだが…」


だが、周囲からは涼羽がそんなことを考えていた、などと分かるはずもなく…

京一は一向に言葉を発しない涼羽に、戦々恐々の状態で確認を求めてくる。


「?え?俺無理なんて、言いました?」


だが、涼羽のあっけらかんとした、こんな言葉を聞いて、京一は思わずぽかんとしてしまう。


「え?え?…た、確かに!確かに言ってない!言ってないけども!」

「?ですよね?」

「い、いや!だからって、俺の説明聞いてから何もしゃべらないし、めっちゃ考え込んでたから、てっきり断る理由でも探してるのかと思ったんだ!」

「!そ、それはすみません…分かりにくくて…」

「あ、そ、それはいい…む、むしろ高校生の、しかも俺の受け持つ生徒であるお前に、こんな面倒なこと頼んでる自覚はあるんだ。むしろこちらの方が済まない」

「だ、大丈夫です!俺でよかったら、喜んでやらせて頂きます!」

「!そ、そうか!よかったあ…」

「?新堂先生?」

「い、いや…お前がうんって言ってくれたからほっとして…急に力が抜けた…」

「だ、大丈夫ですか!?」

「だ、大丈夫だ…え?じゃあ受けるか受けないかを、ずっと考えてたのか?」

「え?いいえ、話を聞いてすぐに受ける気になってましたよ?」

「マジかよ!だ、だって今、こんなに忙しいのにか?」

「えっと、受けるにあたって、普段の生活に影響が出ないか、とか、出た場合にどうするか、とかをずっと考えてて…とにかくやらせて頂くから、ちゃんと一日のスケジュールに収める為の方針と、どの曜日に実施されてもいいようにって、考えてました」

「!……はあ…そうだった…やっぱり涼羽はこういう奴だったよ…」


涼羽が自身の口からはっきりと、この話を受けると言ってくれて…

思わず身体中の力が抜けて後ろにひっくり返りそうになってしまった京一。

涼羽がずっと、受けるか受けないかを考えていたのかと思っていたのだが…


話を一通り聞いた時点で受ける気満々だったこと。

そして、受けるからにはきっちりとやり切れるように、日々の生活スケジュールの見直しと確認をしていたこと。


それらを涼羽から聞かされて、京一は改めて涼羽が本当にできた子だという思いに満ち溢れてしまう。


「しかし涼羽…今やってる請負仕事は大丈夫なのか?」

「大丈夫です!もう終了への目途は立ってるし、進捗も順調です!それが終われば、当面は緊急性の高い仕事はないと思います!」

「そうか…やっぱりお前は大した奴だな」

「そ、そうですか?」

「そりゃそうだろう…この校内どころか、全国見渡したってお前みたいなことしてる高校生、いるとは思えないぞ、俺は」

「そ、そんなことは、ないんじゃ…」

「お前…学生の身でありながら請負で仕事もらって、しかもそれをきっちりやり切っているのにそんなこと言うのか?それも、俺じゃ見ても何が何だかさっぱり分からないような、高度な技術系の仕事こなして、保育園のアルバイトもして、家事も全部一人でこなして…どんな超人なんだよほんと、って感じだな」


返答がなかなか返ってこなくて、やきもきさせられた仕返しなのか…

京一が涼羽のことをべた褒めし始める。


最も、普段からずっと京一自身が思っていることをそのまま言葉にしているだけだから、からかい目的で誇張した感じも、皮肉めいた感じもなく、ただ素直に涼羽のことを褒め称えている。


だが、そんな真っすぐな称賛を受けて、涼羽は思わずその童顔な美少女顔を真っ赤に染めてしまう。


「お、俺…そ、そんな大したことは…」

「(ほんと涼羽は可愛いよなあ…こんなんで簡単に顔真っ赤にして恥ずかしがるんだから…しかも見た目が見た目だから、女子にやってるようにしか思えなくなっちゃうんだよなあ…)ん~?なんだ、普段から涼羽を見てる俺の言うことが信じられないのか?」

「そ、そんなことは…で、でも…」

「なんだ、まだ足りないのか…それならいくらでもあるぞ?涼羽を褒めたくなるところなんか」

「も、もうやめてください…」


からかい甲斐があって、しかも反応がいちいち可愛いからか、ついつい京一は涼羽のことを褒め称えてしまう。

京一の真っすぐな称賛に、涼羽は京一の顔を直視できなくなってしまい…

とうとう、その視線を逸らして、俯いてしまう。


だが、それが可愛くてついついからかいたくなってしまうのか…

京一は、これでもかと言うほどに涼羽のことを称賛し続け…

ひたすら顔を赤らめて恥ずかしがっている涼羽を見て、楽しんでしまうので、あった。




――――




「おはよう、さあ席に……?」


翌日、朝のHRを実施しようと自身が担任する3-1の教室へと、姿を現した京一。


だが、教室に入った途端に、涼羽を除くクラスの生徒達が京一に寄ってくる。

しかも、なぜかジトっとした目で見てきているので、京一はなんだと思ってしまう。


「な、なんだお前ら…何かあったのか?」


自分が受け持つ生徒達から、こんなジト目で見られる覚えなど当然ない京一は…

その顔に疑問符を大量に浮かべながら、生徒達に問いかけてみる。


すると、生徒達の代表として美鈴が一歩前に踏み出し、京一と真っすぐに向かい合う。


「新堂先生…」

「お、おお?な、なんだ柊…そんな拗ねたような顔して」

「私達、ここ最近ず~っと涼羽ちゃんと触れ合えてないんです…」

「え?あ、ああそうか…今、涼羽は…」

「知ってます…お仕事なんですよね?」

「?ああ、そうだが…」

「そうですよね…」


ここ数日、涼羽は学校の休憩時間を全て請負作業に割り当てている為…

一番交流の多い美鈴はもちろん、他の生徒達もろくに涼羽と触れ合うどころか、会話すらできていない状況。


いつになったら、涼羽の請負作業が終わるのか…

早く終わって、また涼羽と触れ合いたい…


もうそんな思いで、全員の心が一致しており、一日千秋の思いで涼羽と触れ合えるのを待っている。


美鈴曰く『涼羽ちゃんロス』な状態が苦しくて、寂しくて…

誰もが、『涼羽ちゃんロス』が一日でも、いや、一秒でも早く解消されるようにと、願っている状況なのだ。


「そ、それがどうかしたのか?」

「なのに…なのに!」

「どうして新堂先生だけ!」

「涼羽ちゃんとイチャイチャできてるんですか!?」

「俺達、高宮がいなくてめっちゃ寂しいのに!」

「先生ばっかり、ずるい!」

「ちょ、ちょっと待て!一体なんの話だそれは!?」

「昨日、放課後に涼羽ちゃん呼び出して、めっちゃくちゃ可愛がってたくせに!」

「あんなに顔真っ赤にして恥ずかしがってる、食べちゃいたいくらい可愛い涼羽ちゃん独り占めするなんて!」

「わたし達、可愛い涼羽ちゃん見れなくてず~っと我慢してるのに!」

「新堂先生、ずるい!」

「ず~る~い~!」


放課後に、涼羽を、呼び出して。


生徒達から来る、その言葉を聞いてようやく京一は…

目の前の生徒達が、激しく嫉妬の炎を燃やしているのかを理解した。


要は、自分だけが涼羽のことを独り占めしていたと、思い込んでいるからだと。

自分だけが、頬を真っ赤に染めて恥ずかしがる涼羽を独り占めしていた、と。


ようやく京一は、生徒達の怒りポイントを見つけることができた。


「あ、あのな…あれはな…」

「言い訳なんて聞きたくないです!」

「もお!ちょっと自分が涼羽ちゃんに懐かれてるからって!」

「涼羽ちゃんに、手作りのお弁当もらえてるからって!」

「なんで先生ばっかり、高宮の弁当もらえたり…」

「そんなに懐いてもらえたりするんですか!」

「涼羽ちゃんが、大事なお仕事だからってみんなで我慢してたのに!」

「先生だけわたし達を出し抜いて、可愛い涼羽ちゃん独り占めするなんて!」


慌てて弁解を始めようとする京一なのだが…


生徒達は『自分達のアイドルである、可愛い涼羽を独り占めされてしまった』と言う思いから、激しい嫉妬の炎を燃やしている為、その憤りをそのまま京一にぶつけてしまっている。


しかも、ちょくちょく不摂生な自分を見かねている涼羽が、手作りの弁当をくれることまで知られていて、そのことでも集中砲火を食らってしまってげんなりとしてしまっている。


「あ、あの…け、喧嘩は…」


そんな光景に一人蚊帳の外だった涼羽は、わーわーとヤキモチを焼いて騒ぎ立てている生徒達を止めようとするのだが…


「涼羽ちゃん!」

「!は、はい!?」

「涼羽ちゃんは、私達をないがしろにした分め~っちゃくちゃ可愛がってあげるからね!」

「え?え?」

「もう涼羽ちゃんロスなんて嫌!」

「我慢できない!」

「涼羽ちゃんは、あたし達のアイドルなんだから!」


京一を助けようと声をかけてきた涼羽にも、全員の嫉妬の炎が飛び火してしまい…


この日涼羽は、クラスのみんなから全く離してもらえず…

休憩時間はひたすら、全員から可愛がられてしまい、ずっとその童顔な美少女顔を羞恥に染めることとなってしまうので、あった。

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