第264話 もうこれ、フライングで涼羽にパソコンの授業してもらってるようなもんだよな…
「新堂先生!それは…」
「それ、すっごくいいと思います!」
「むしろぜひお願いしたいくらいです!」
とある日の会議室。
生徒達は放課後と言うことで、生徒会活動、部活動をしている生徒以外は全て下校している。
この学校では、もはや知らない人はいないと言い切れるアイドル的存在、高宮 涼羽もすでに下校し、いつものアルバイト先である秋月保育園へと向かっている。
最も、ここ数日は学校の方にも愛用のノートPCを持ち込み、休憩時間ごとに職員室まで来ては、幸介と誠一から請負した仕事もこなしているのだが。
そのせいもあって、涼羽が仕事に集中していて休憩時間中に全くと言っていいほど触れ合うことができないため、普段から涼羽にべったりとしている美鈴はもちろん、クラス…
否、学校全体の女子生徒達から不満が続出している。
現在、定例の職員会議が行われているところ。
そこで、京一が個人的に企画していた提案を発表したところ…
この学校に勤める教師達からは称賛の声が次々と上がっていく。
「…新堂先生」
「はい」
「我が校が以前から検討し、しかしなかなか実現まで至らなかったIT技術の授業の導入…その為の案を新堂先生が真剣に検討してくださったのは、とてもよく伝わってきました」
「…………」
「その導入の為に高宮君に生徒用のカリキュラムに必要な教えを請い、まずは私達教師陣がそのカリキュラム分を習熟した上で、私達が生徒に授業をしていく…その案については、私としては諸手を上げて賛成、と行きたいところなのですが…」
「…涼羽のこと、ですね?」
「ただでさえ、日々多忙なあの子にこのことをお願いするのは、さらに負担をかけてしまうのではないかと、私は思うのですが…」
ある種のお祭り騒ぎになりかけていたところに、校長が発言。
この学校でも、以前から導入を検討していたIT技術の授業。
日進月歩で進化する昨今の情報処理技術、そしてパソコンと言う、情報社会の現代にはもはや必須とされるツール。
それらを、社会に出てから学ぶのでは遅いとされ、勉学を生業とする学生のうちに学べるようにと検討はされていたものの、その授業を担当できる教師がおらず…
外部招聘でお願いしようにも、費用や環境整備のコストの兼ね合いなどもあり認可が下りず、前に進むことすらできない状況だったのだ。
それでもどうにか環境の整備まではたどり着いたのだが、やはり専門知識を持つ人材の確保までは至らない状況。
その状況を打破し、生徒達にこれからの時代を生き抜く為の学習をしてもらう為にと、京一が企画し、この職員会議で提案した案。
高校生の身でありながら、すでに並の技術者顔負けのPCスキルを持ち、図抜けた処理能力を有している涼羽に、この学校の教師が教えを請い、習熟した上で生徒達に教えていく、というこの案。
その京一の提案に関しては、むしろ実行していきたいと言う言葉が出てくるのだが…
その案には、高宮 涼羽が中心となることが前提となっている。
提案をした京一はもちろんだが、校長も涼羽の日々の多忙さは京一から相談を受けていることもあり、重々に承知している。
しかも、つい昨日に『請け負った仕事を学校の休憩時間にさせてほしい』という涼羽の要望を、京一を通して聞いたところだったのだ。
言い換えれば、学校の休憩時間すらも捧げて仕事をしている、と言える状況。
その上学校が終わってもそこから保育園でのアルバイト、さらには家の家事全般をこなし、その後でさらに請負仕事に取り組む、という…
とても一介の高校生が送る一日の内容ではないと、校長は思っている。
学校の教師をしている自分達よりも多忙ではないのか、と思えるほどに多忙な今の涼羽に、いくら生徒達の為にもなるとはいえ、さらに負荷をかけるようなことをお願いするのは、ここ数日の涼羽を特によく見ている校長からすれば、どうしても気が引けてしまう。
「…正直、私もこれ以上、涼羽に余計な負担をかけたくはないと、思っています」
「!!なら、どうしてこのような提案を?」
「だからこそ、です」
「?それは、どういう…」
「確かにこの案では、涼羽への負担は大きくなることが予想できます…ですが、それはあくまで『一時的に』です。そもそも涼羽だけに負担をかけるつもりは毛頭ありません」
「!と言うことは、最終的には高宮君は目標達成次第、この任から外れてもらうという前提、ですか?」
「そうです。私の本心としては、ただでさえ多忙すぎる涼羽に、これ以上余計な負担をかけたくありません…むしろ減らしてあげたいと常に思っています。資料には明記しませんでしたが、涼羽に関してはIT技術の授業に関しては不要と判断し、授業中の教室にはいてもらうものの他の生徒と同様に授業を受けることはしなくてもよく、そこで請負の仕事があればそれをこなす時間として活用してもらう、ということも検討中です」
「!なるほど…だからこその、この案と言うことですね?」
「はい。ですので、私を含めこの案に関わって頂く教師、職員の方には、かつての受験前の追い込みを思い出すくらいの意気込みで、取り組んで頂きたいと思っております。仮にそれができないのであれば、私はこの案を私自身で却下させて頂きたいと思います」
正直、最初の内は京一も『涼羽に学校の授業の講師役をお願いする』方針で企画を立てようとしていた。
だが、それでは涼羽の負担が増えるし、涼羽のクラス以外の授業に、涼羽のみクラスの授業から外れて、というのはあまりにも押し付けの投げっぱなしになってしまうし、それでは家庭での学習が不可能と言っていい現状の涼羽が、満足に勉学に勤しむことができないと、方針を転換。
だからと言って、知識としては不十分な自分含む教師達では、満足な授業ができない為、それも結局は生徒達の為にはならない。
だからこそ、最初の内は涼羽に頼ることにはなるものの、それも自分達の頑張り次第ですぐに終わらせることができ、しかも教師達にとっても今後業務に活用できる技術を身に着けることができる、この案ならと、京一は判断したのだ。
この学校で教鞭をとる教師の中でも、人一倍生徒のことを考え、思いやっている京一から、この案の意図…
そして、常日頃自分のことを信頼し、気にかけてくれている涼羽に、最初は負担を負ってもらうことにはなるものの、すぐにでも軽くなるような仕組みを作る…
その目的で、この案を出したこと。
そして、この案は涼羽以上に自分を含む教師達が頑張って取り組む必要があり、それが叶わないのであれば、自らこの案は却下する、とまで言い切っている。
「新堂先生…あなたの熱意、しかと伝わってきました。あなたがそこまでおっしゃるのであれば、私からは何も言うことなどありません」
「校長先生…ありがとうございます」
校長も、常日頃自らをおざなりにしても生徒達の為に日々奮闘している京一のことを高く評価し、多大な信頼を置いている。
その京一がここまで言い切ってくれた案なのだから、後は京一に任せようと宣言。
「さて、新堂先生からは以上となりますが…他の方々は、この案、そして新堂先生のお言葉に、何か質問や意見はございますでしょうか?」
そして、校長は京一のその熱意に対し、他の教師の思いはどうなのか…
それを訪ねるべく、問いかける。
「はい!新堂先生に質問があります!」
「?どういった質問でしょうか?」
「涼羽ちゃんの負担を少しでも減らしてあげられるように、ここにいる全員が一度にまとまって同じタイミングで時間を作りたいと思いますが、新堂先生はそれについては大丈夫でしょうか?」
「!それならば願ってもない…むしろこちらからお願いしたいくらいでした!」
「よかった!ならそうしていきたいと思います!ね?みなさん?」
「もちろん!高宮のような素晴らしい生徒に、ひとまずはこちらが助けてもらうのですから!そのくらいの工夫、いくらでもしますよ!」
「はいはい!で、少しでも全員の習熟度を上げていくために、高宮がいないタイミングでも、全員で勉強会とかしたらどうですか?」
「!いいですね!それなら涼羽がいなくても、お互いがお互い分からないところを補い合ったりできますね!」
しかし、他の教師達からは反対意見などは全く出てこず、むしろいかに涼羽の負担を減らせるか、という点でさらなる質問や意見まで飛び出してきている。
そうして、京一の案をさらに昇華させるべく、その場にいる教師全員がわいわいと、楽しそうに意見交換を活発に行なっている。
「…うんうん。こんな光景が見られるのなら、我が校は安泰ですね」
「はい…我が校は生徒にも教師にも、恵まれていて本当にありがたいことです」
「この素晴らしい光景を無にしないように、私達も頑張らねばなりませんな」
「はっはっは、違いないです」
年代も性別も関係なく、全員が一体となってこの学校のため、ひいては生徒達のためにと、熱意を持って会議に臨む教師達の姿を目の当たりにして…
校長と教頭は、この学校がよき生徒と教師に恵まれていることに感謝の念を抱くのであった。
――――
「…………」
定例の職員会議で、京一が提案した生徒のIT技術学習の企画について非常に白熱した、その翌日。
この日も休憩時間を利用して、職員室で教師立ち合いの元、自身が請け負っている仕事に勤しんでいる涼羽。
そして、その涼羽を見守る視線で、そこに立ち会っている京一。
「(なるほど…コピーが【Ctrl+C】、貼付けが【Ctrl+V】、切り取りは…【Ctrl+X】…俺、今までこの辺の操作全部マウスでやってたな…)」
終始無言で、凄まじい集中力で請負仕事の作業を進めていく涼羽の手元をじっと見つめる京一。
ただ教わるだけでは足りないと考えた京一は、涼羽がこの職員室でパソコンのより手早い操作を日常的に使っていることもあり、立ち合いの時間を自身の学習の時間として使うようになっている。
「(ほうほう…【Ctrl+A】で全選択、ん?Excelで【Ctrl+PgDn】?…うおマジか!それで隣のシートに移動できるのか!…あ!【Ctrl+PgUp】で逆隣のシートに移動…これだけで凄く勉強になるし、今後のパソコン作業も効率化できそうだ!)」
基本的にキーボードのショートカット操作の方がマウスより早いことが多い為、涼羽はショートカット操作を多用している。
その手元の動きが非常に早い為、京一もどのキーが押されたかを見逃さないように、集中して見ている。
涼羽が見せてくれる操作の一つ一つが、ほぼマウス操作に頼り切っていた京一にとって驚きと新鮮味が強く、見ているだけで楽しいと思えるものとなっている。
もちろん、覚えた操作の一つ一つを忘れないようにメモに備忘録として残していっている。
「(もうこれ、フライングで涼羽にパソコンの授業してもらってるようなもんだよな…くそ!もっと早くこれに気づいていれば、より学習ができていたのに!)」
涼羽が職員室での請負仕事を始めた時からすぐに、こうしてパソコン操作の自己学習に入っていれば、今頃もっと学習が進んでいたのにと、京一は憤ってしまう。
だが、今更それを言っても始まらないことに変わりはないので、その憤りも自分の中で消化しながら、涼羽の手元を見て操作の学習を進めていく。
「(そういえば、涼羽のパソコンのデスクトップ画面って、ショートカット系のアイコン一切置いてないよな?これって何か意味あるのか?涼羽に聞いてみるか…)」
京一は、自分がよく使うファイルのショートカットを、それなりの数をデスクトップに置いているのに対して、涼羽がデスクトップに全くショートカットを置いてないことが気になり、涼羽への質問事項としてそれもメモに書いていく。
自分と人の環境を見比べることでしか、出てこない疑問などもある為、京一は涼羽との環境の比較も積極的に行なっている。
この日、涼羽が登校してきたところを捕まえ、『今日の放課後、アルバイトに行く前に少し時間がもらいたい』と伝えている京一。
その放課後に、京一は自身が作った、この学校のIT技術の授業についての案の説明と、涼羽に自分達教師のIT技術の講師をしてもらう旨を、涼羽に話す予定だ。
「(…聞いているだけでも億劫になるような、多忙な毎日を送っている涼羽の時間をさらに圧迫するようなお願いになる…でも、涼羽はこれを言ったら二つ返事で了承してくれるんだろうなあ…)」
その話をすれば、涼羽は快諾してくれるだろうと言う確信に近い見込みがある。
だからこそ、申し訳ないとも思ってしまう。
だが、涼羽の貴重な時間を奪うこととなる期間を、少しでも自分達の努力で短くすることができれば…
逆に、授業を導入し、実施していった時に涼羽に時間を与えてあげられる、と言う未来もある。
お互いにいいことになるようにと心の中で祈りながら、京一は引き続き涼羽の作業を見つめながら、パソコン操作の自習を進めていくので、あった。
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