第245話 一生推していきます!!

「ほ、ほんとにごめんなさい…」


平日の教室。

時刻は昼休み。


昼食を含む憩いの時を迎えているのに、この教室一つでは受け入れられないほどの数の女子生徒達。

そして、その中心にいるのは、その可愛らしさとお母さんっぷりで多くの女子達の心を無自覚に鷲掴みにしてしまっており、まさに校内のアイドルというべき存在になってしまっている高宮 涼羽その人。

自分でも知らないうちに周囲からアイドルとして扱われている涼羽は、その可愛らしい顔を真っ赤に染めて、恨みがましそうな視線を、自身の正面にいる人物に向けている。


その人物――――有紀―――は、まさに土下座せんと言わんばかりの勢いで、心底申し訳なさそうに涼羽に謝罪の言葉を送る。

一体、なぜこんなことになっているのか…


それは、有紀がさんざん涼羽のことを抱きしめ、身体をまさぐるなど、セクハラまがいのことをさんざん涼羽にしでかしてしまったから。

そのように無理やりに自分の身体をまさぐられて、さんざん恥ずかしい姿を、この教室に所狭しといる女子生徒達に見られてしまったから。


その女子生徒達が、完全に意識のタガが外れてしまった有紀を無理やり涼羽から引きはがさなければ、一体どうなってしまったことか。

有紀を無理やり引きはがしにかかっていた女子生徒達も、実はもっと恥ずかしがる涼羽を見たくて、内心では『いいぞもっとやれ』みたいなノリになりかけていたのだが、それが涼羽にバレると本気で嫌われてしまいそうな気がしたので、なんとか涼羽にバレずに済んでいる。


「き、桐谷さん…だよね?」

「!は、はい!(ああ!!ボクの一推しアイドルの高宮君が、ボクのことを見てくれてる!!ボクのこと、呼んでくれてる!!幸せすぎて、飛んじゃいそう!!)」

「お…女の子が…あんな…気安く…」

「?はい?」

「…お…俺みたいな男の身体、触っちゃ…だめ…」

「?え?」

「…あんなの…桐谷さんが、ヘンな子だって思われちゃうし…触られた男の子が…勘違いしちゃうかもしれないし…そんなことになったら…桐谷さんが危ないから…」

「!!(え!?え!?も、もしかしてボクのこと心配して、こんなこと言ってくれてるの!?ボ、ボクあんなことしちゃったのに!?)」

「だ、だから…だめだよ?…桐谷さん?…桐谷さんが危ない目にあうのなんて、俺…嫌だからね?…」


恨みがましい視線を向けられていたこともあり、有紀は内心、涼羽に嫌われたと思っていたのだが…

他でもない涼羽から紡がれる言葉が、それを否定してくれる。

それだけでも嬉しくてたまらないのに、涼羽の言葉から、涼羽が純粋に有紀のことを心配して、危ない目に合わないようにと、叱ってくれているのが痛いほどに伝わってくる。


「は、はい!!(ああ…恥ずかしそうに、でも純粋にボクのことを心配して言ってくれてるのがすごく分かる…高宮君!!ボク、一生高宮君のこと、推していきます!!)」


それに気づいてしまったら、もっともっと涼羽のことが好きだと言う気持ちが、苦しいほどに大きくなってしまう。

同時にファンとして、これからも全力で推していこうと、本気で思えてしまう。

そんな思いが、有紀の中性的で整った顔に満面の笑みとして浮かんでくる。


「高宮君…あんなことした有紀のこと、あんなに心配してくれてたんだ…」

「高宮君…もうほんとに優しい…可愛い…」

「もお…あーしもっと高宮君のこと、大好きになっちゃう…」


そして、自分にセクハラまがいの行為をした相手のことを心底心配して、可愛らしく叱ってくれる涼羽のことを、他クラスの女子達はもっと好きになってしまう。


「もお、ほ~んと涼羽ちゃんったら、可愛いよね♡」

「だって、どっからどう見ても涼羽ちゃんの方が被害者でセクハラされてた感じなのに」

「自分みたいな男に気安く触っちゃだめ、とか♪」

「どの口が、って感じよね?」

「本物の女子のうちらから見ても、羨ましくなっちゃうくらい綺麗で可愛いのに」

「涼羽ちゃん、頭すっごくいいのにやっぱりどっか抜けてるよね?」

「でも、それが可愛くてたまんないの!」

「分かる~♪」

「で、自覚なしに無防備にあんな可愛いところ見せちゃうから、いくらでもファンが増えちゃうんだよね?」

「そうそう」

「私達だって、涼羽ちゃんの可愛くて優しいところい~っぱい見てきたから、こ~んなに涼羽ちゃんのこと大好きなのに、ね?」

「そうそう!それに、顔真っ赤にして恥ずかしがっちゃう涼羽ちゃん、もう食べちゃいたいくらい可愛いもん♡」

「だからあたし達、ついつい涼羽ちゃんを恥ずかしがらせたくてべ~ったりしちゃうもん♡」


そして、いつも涼羽にべったりとしている3-1の女子達は、涼羽と有紀のやりとりを見て顔が思わずほわ~んとなってしまっている。


自分が恥ずかしいことされたのに、それをしてきた相手を気遣うところも…

恥ずかしがりながらも、幼子にそうするかのように優しく叱るところも…

自分がどれだけ可愛くて、どれだけ周囲に愛されているのか、全くわかっていないところも…


もう、何もかもが可愛くて、優しくて、見ているだけで心がふわりとして、すごく幸せな気持ちになれちゃう。

そんな思いが、女子達の心を駆け巡る。


「た、高宮君!!」

「!な、なあに?」

「ボク…ボク……ボクもっと高宮君といっぱいお話とか、したいし…一緒にお弁当とか、食べたいです…」

「え?な、なんで?」

「ボク、高宮君と仲良くなりたいから!!このクラスの女子達みたいに、ボクも高宮君と触れ合いたいから!!」

「………」

「…だ、だめ…ですか?…」


思わずやったこととは言え、涼羽が不快に思ってしまうような行為をしてしまった有紀。

でも、それをどうこう言わず、むしろこんな自分を心配して叱ってくれた涼羽と、もっと仲良くなりたいという思いが、有紀の中からとめどなく溢れ出てきてしまう。


これまで、遠くから見ていただけの状態だったなら、ここまでの思いにはならなかったのだけれど…

こうして、涼羽の近くにいられて、涼羽と触れ合うことができて…

有紀は、本当に涼羽のことが大好きでたまらなくて、その抑えられない思いを、たどたどしくも涼羽に自分の言葉で、伝えていった。


少しながら、自分よりも背の高い、ボーイッシュな有紀が、お母さんに甘えたくて、でも甘えられない不器用な幼子のように、涼羽には見えてしまう。

そんな有紀が、なんだかすごく可愛らしく思えて、涼羽はその美少女顔に浮かんでいた戸惑いの表情を、花が咲き開かんがごとくの眩しい、そして優しい笑顔に変える。


「…ふふ」

「?え?」

「…別にそんなこと、俺に聞かなくてもいいのに」

「??え??え??」

「…桐谷さんがそうしたいんだったら、俺はいつでも桐谷さんと仲良くしたいなあ、って思うよ?」

「!!」

「むしろ、俺と仲良くしてくれるなんて、嬉しいな…」

「!!!!」

「ありがとう、桐谷さん」


天使のような眩い笑顔を惜しげもなく晒しながら、涼羽は純粋で飾り気のない自分の気持ちをそのまま、有紀に伝える。


クラスメイトに愛用のヘアゴムを取られてしまっており、腰の下まで重力に従って真っすぐにさらりと伸びている、艶のいい黒髪が、より涼羽の美少女っぷりを強調している。


そんな涼羽を見て、そんな言葉を聞いた有紀は、あんなことした自分なのに、仲良くしてくれるなんて嬉しいと言ってくれる涼羽のことが、もうどうしようもないほどに大好きになっていくのを自覚してしまう。

心臓がのどから飛び出てしまいそうなほどに、激しく動いているのに…

狂おしいほどにそれを感じてしまっているのに、むしろそれが心地いいとさえ思えてしまう。


だめ…

もう…

もう、我慢できない!!


「高宮君!!!!」

「!!わっ!!」


抑えきれないほどの大好き、という思いが、有紀の身体に涼羽を再び抱きしめさせてしまう。

可愛すぎて、愛おし過ぎてたまらない。

こんなの、絶対に離したくない。

有紀の心は、そんな思いに満たされてしまっており、その腕の中にいる涼羽の存在を感じれば感じるほど、その思いが際限なく膨れ上がっていく。


「高宮君、大好きです!!」

「き、桐谷さん?」

「高宮君がそばにいてくれるだけで、ボク幸せでたまらないです!!」

「そ、そうなの?」

「ボク、高宮君が仲良くしてくれたら、すっごく幸せです!!」

「そ、そうなんだ…それなら、嬉しいな…」

「!!もお~~~~~~!!!!!高宮君大好き!!!!!」


急に有紀にぎゅうっと抱きしめられて、驚きを隠せない涼羽だったが…

有紀が全力でその喜びと幸福感を伝えてくるのが、なんだか嬉しくなってしまう。


こんなことでこんなに喜んでくれるなんて、嬉しいな。


抱きしめられていることで恥ずかしさがその顔を染めてしまっているものの、少し困りながらも嬉しそうな笑顔を浮かべている涼羽。

その笑顔は、周囲の女子生徒達の心を奪ってしまっている。


「有紀ばっかり、ずる~い!!」


有紀が涼羽を独り占めせんとばかりにぎゅうっと抱きしめているその光景を見ていた女子の一人が、羨ましくてたまらなくなったのか…

ついに、抗議の声が上がる。


「高宮君!あたしとも仲良くして!」

「高宮君!あーしも!」

「高宮君!私も!」


そして、有紀にべったりと抱き着かれて、恥ずかしがりながらも嬉しそうな笑顔を浮かべている涼羽に直談判しようと、この教室に所せましと集まっていた他クラスの女子達が一斉に迫ってくる。


「え?え??」

「高宮君が仲良くしてくれたら、あーしすっごく幸せ!」

「高宮君が一緒にお弁当食べてくれたら、わたしめっちゃ幸せ!」

「可愛い高宮君のそばにいられたら、私ちょー幸せ!」

「高宮君!」

「高宮君!」

「高宮君!」


いきなり大勢の女子に迫られて、何がなんだか分からない状態の涼羽。

そんな涼羽に、彼女達はお構いなしに迫ってくる。

そして、いきなりの状況におたおたしている涼羽が可愛くて、ついつい頬を緩めてしまい、それがまた彼女達の涼羽を求める心を増長させてしまう。


「ほ、ほらほら!涼羽君困ってるから!そんなにいっぺんになんて、よくないわよ!」


あまりにも多くの女子達に囲まれて迫られて、おたおたと困っている涼羽をさすがに見かねたのか、愛理が涼羽を護ろうと制止を呼びかける声を響かせる。

今でこそ非常に丸くなり、ある程度は融通を利かせた対応もできるようになったこともあって、校内での愛理の人気はうなぎのぼりとなっている。

そんな彼女だが、やはり根っからの委員長性質はそのままで、困っている涼羽を放っておけない様子。


「!ちょっと、小宮さん!!」

「!?な、なに!?」

「いつの間に高宮君のこと、名前で呼ぶようになったのよ!?」

「そうよ!前まで、あーし達と同じ苗字呼びだったのに!」

「私達に抜け駆けで仲良くなるなんて、ずるい!」

「!そ、それは…」

「小宮さん、高宮君と違うクラスなのに…」

「気が付いたら、高宮君とどんどん仲良くなってるし!」

「あたし達だって高宮君と仲良くなりたいのに!」

「小宮さんばっかり、ずるい!!」

「ずるい~~~~~~!!!!」

「う、うう…」


しかし、その委員長性質を発動させて出て行ったはいいものの…

愛理が涼羽のことを名前で呼んだことが、涼羽に迫る彼女達の琴線に触れてしまった。

自分達も涼羽のことを名前で呼べるくらい仲良くなりたいのに、自分達と同じ、涼羽とは違うクラスの愛理がいつの間にかそんな風に呼べるようになっていたのが、抜け駆けをされてしまった感じがして非常に気に入らなくなってしまった。


今度は仲裁に入った愛理が、彼女達に迫られる番となってしまい、さりげなく涼羽と名前で呼び合えるようになっていることを強調されているので、愛理は以前までの凛とした雰囲気が嘘のようにおたおたと、恥ずかしさに頬を染めて何も言えない状態になってしまっている。


「ちょ、ちょっと…愛理ちゃんをそんなに責めないで…」


しかも、ここで涼羽が愛理を名前で呼んでしまうという、火に油を注ぐようなことをしてしまったため…


「!高宮君まで、小宮さんのこと名前で呼んでる!」

「小宮さんってば、どこまで抜け駆けしちゃってるの!もお!」

「ず~る~い~~~~!!!!!」

「あ…あうう…」


結果、ますます彼女達の不満による憤りの矛先が、愛理に向かってしまうこととなる。

愛理は愛理で、涼羽との仲を羨ましがられることとなり、しかもそれを鬼の首を取ったかのように強調され続けているため、恥ずかしさのあまり完全に何もできなくなってしまっている。


「け、喧嘩は…やめて…」


教室全体に響き渡るほどの喧騒の中、やはりこんな状況を黙って見られないのは、優しいお母さんな本質の涼羽。

とにかく、愛理に迫って不満をぶつけ続けている彼女達を止めようと、儚げな声を響かせる。


「!た、高宮君…」

「で、でも…」

「喧嘩は、だめだよ…」

「だ、だってだって!このクラスの子達ばっかり高宮君独占してるのに、小宮さんまで!…」

「わたし達だって、高宮君とい~っぱい仲良くなりたいのに!」

「ずるいよみんな…」

「…もう…」


幼い子供が、大好きなお母さんを誰かに取られたかのような、他クラスの女子達の言葉に、涼羽が一つ溜息をついてから、彼女達の方へと向き直る。

その顔には、ありったけの慈愛が込められているのが分かる、優しい笑顔が浮かんでいる。


「…そんな可愛いこと、言わないでよ…そんなに怒らなくても、俺はみんなと仲良くできるの、嬉しいよ?」

「!!ほ、ほんと!?」

「うん、ほんと」

「!!高宮君、あーし達とも仲良くしてくれる!?」

「うん、だってみんな仲良くなれる方がいいことだし、嬉しいよ?」

「ほ、ほんとにほんと!?」

「うん、ほんと」

「じゃ、じゃあ、あたし達も涼羽ちゃんって、呼んでもい~い?」

「!う、うん…いいよ?…」


秋月保育園でも、自分のことを独り占めしようと可愛らしく主張する園児達が多く、そんな子達が喧嘩しないようにしながらも、可愛くて可愛くてついつい優しく甘えさせてしまっている涼羽。

そんな涼羽が、彼女達の可愛らしい主張に何も思わないはずもなく…

涼羽としても、みんなが仲良くなれれば嬉しいというのは、まぎれもない本心であるから。


先程までの羨ましさでささくれ立っていた心が嘘のように幸福感でいっぱいになっている彼女達は、これからは自分達も涼羽と仲良くできることが嬉しくて嬉しくて…

まるでおねだりするかのように、涼羽への呼び方も変えようとしてくる。


ちゃん付けで呼ばれることには実は未だに抵抗があるものの、他の子に許しているのに彼女達に許さない、ということはするはずもなく、思うところがありながらも彼女達の願いを受け入れる涼羽。


「!わ~い!嬉しい!」

「これからは、涼羽ちゃんって呼んでもいいって!」

「涼羽ちゃん!これからは、わたし達ともい~っぱい仲良くしてね!」

「ボ、ボクも…たか…りょ…涼羽ちゃんと仲良くしたいです!!」


幼子のように無邪気な笑顔で、心底喜んでいる彼女達を見ると、涼羽も嬉しくなってくる。


「…うん…こっちこそ、よろしくね」


普段からお世話をしている園児達のように無邪気な笑顔の彼女達を見て、涼羽もほんのりと顔を赤らめながらの笑顔で、彼女達を受け入れる。


そんな涼羽達を見て、どこか不満気な表情を浮かべてしまう3-1の女子達だが、涼羽はやっぱりこういう人なんだとどこか諦めの表情を浮かべ、しかしすぐに、だからこそ自分達も大好きで大好きでたまらないんだと、笑顔を浮かべるので、あった。

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