第232話 明洋君は悪くない!!むしろ悪いのはあんたの方だよ!!

「あんた…ほんとに何様なのよ!!??」


「な、何様って…」


「なんであんたみたいな醜くて薄汚いのにばっかり、涼羽ちゃんは懐いてるのよ!!??」


「そ、それは…」




涼羽に完全に関心を失われてしまった千茅。


その憤りとやるせなさ、そして怒りをぶつける対象として、涼羽に本当に懐かれているであろう明洋を選んでいる。


そして、その明洋に、周囲が聞いているだけでもかわいそうと思ってしまうほどの罵詈雑言をぶつけ続けている。


明洋からすれば、自分でもどうして涼羽がここまで自分に心を開いて、懐いてくれているのかがよく分かっていないため、そのことをなぜかと問われても、答えようがない。


ましてや、涼羽と羽月のおかげで多少は改善の兆しが見えてきているのだが、未だに千茅のような自己主張の強いタイプとの会話は非常に苦手であるため、どうしても言葉につまってしまい、さらには自分の思っていることもうまくいえなくなってしまう。




それがさらに千茅の苛立ちを増長させることとなってしまっているため、余計にその罵詈雑言の勢いを増すこととなっている。




今は平日の午前中の院内のデイルーム。


周囲には、そこで一息つこうとするほかの患者もいるのだが、それがまるで目に入っていないのか、千茅はその部屋全体に響き渡ってしまうほどの大音響で、ものすごい剣幕で明洋のことをなじり、その抑えようのない怒りを言葉にしていぶつけ続けている。




「私が涼羽ちゃんに関心を持ってもらえなくなったのも、あんたのせいよ!!」


「そ、そんな…」


「あんたがいるから、涼羽ちゃん私のこと無視するようになったのよ!!」


「そ、それは…」


「薄汚いゴミみたいな、醜い男のくせに、何様のつもりよ!!あんたみたいなのが、なんで涼羽ちゃん独り占めしてんのよ!!立場をわきまえなさいよ!!このクズ!!」


「!!う、うう…」




周囲の人間が、千茅に対して明らかに嫌悪の表情を浮かべ、その視線を向けている。


病院の外に満足に出ることもできず、せめてこのデイルームで、平穏な時間を過ごそうとしている中でこんな大騒ぎを起こしているのだから、そんな患者達からすれば、千茅の行為は本当に迷惑以外の何者でもない。




そのヒステリックな金切り声が、その場の人間の神経を逆なでてしまう。


その部屋にいる全ての人間の悪意が、千茅に向けられている。


しかし、当の千茅は周囲のそんな視線と悪意に気づく素振りすら見せず、明洋への罵詈雑言の嵐は、ますますヒートアップしていくこととなる。




さすがにその状況を見かねた院内のスタッフが、慌てて千茅を止めに入る。




「ちょ、ちょっと!!鳴宮さん!!ここは病院の中です!!このような騒ぎは困ります!!」


「はあ!!??うっさいわね!!私は今、こいつに言いたいことがあんのよ!!あんたこそ黙ってなさいよ!!」


「!!な、何を言ってるんですか!!??沢北さんが、一体何をしたというんですか!?それにこのような騒ぎは他の方に多大な迷惑になります!!」


「そんなの知らないわよ!!こいつのせいで、私は涼羽ちゃんに相手にされなくなったんだから!!ふざけんじゃないわよ!!」




無理やりに割り込んで、明洋を攻撃し続ける千茅をスタッフは止めようとするのだが、そのスタッフの行為に千茅の苛立ちはますますヒートアップしていく。




院内での明洋の前向きで熱心なリハビリの姿勢、そして苦手を克服しようと、たどたどしくも懸命に他の患者と会話をしようとする姿を、他の患者は全て見ている。


それゆえに、お世辞にも整った容姿ではないものの、その姿勢と心根に他の患者、そして院内スタッフは好感を持っている。




そんな明洋が、千茅が言うような人を貶めることをするなどとは、とても思えない。


ましてや、自分がこれまで、ずっとそうされてきて、その辛さ、苦しさを人一倍知っているのだから、なおさらそんなことを明洋がするなどとは、そのデイルームにいる誰もが、思えなかった。




それゆえに、千茅の行為と態度は、本当に周囲の人間の目に余るものとなっており、患者の中では、千茅の身体に問題がなければ、さっさと退院させろという声まで上がり始めている。




それゆえに、今この状況で千茅がそんなことを言っても、誰も信じるはずもなく、逆に人との会話が非常に苦手な明洋がそんな言いがかりをぶつけられていることに、非常に同情的になっている。


だからこそ、止めに入ったスタッフの口から、こんな言葉が出てきてしまう。




「いい加減にしてください!!そもそも沢北さんがどうしてここに入院することになったのか、分かって言ってるんですか!!??」


「そんなの知らないわよ!!どうせ自分のうっかりで大怪我したのか、そうでなかったら生きてくのが嫌になって自殺でもしようとしたんでしょ!!こんなのが入院するほどの大怪我する理由なんて、そのくらいのもんじゃない!!」


「!沢北さんのこと、何にも知らないでそこまでのことを…」


「ふん!!何か悪い!!??とにかく私はこいつのことが気に食わないし、許せないの!!私は悪くない!!」




自らの発言が、どんどん院内における自分の立場を悪くしていることにまるで気づく様子もなく、ただただ自分の沸き上がる感情を思うがままに吐き出し続ける千茅。


このヒステリックな状態もあり、まだまだ退院させるには不安があると、医療スタッフは判断しているものの、このままここでこんな騒ぎを当たり前のように起こされても、他の患者の迷惑にしかならないとも思っている。




いっそのこと、他の更正施設に転院させようか、という意見も出てきているものの、それはそれでやっかいごとの火種を他に押し付けてしまうように思えて、その意見を肯定することができないでいる。


病院のスタッフ、および経営陣はとにかくこの鳴宮 千茅という患者の扱いに頭を悩ましている。


その千茅のことであがってくる苦情も日に日に増えてきているため、早急に対処をしたいのだが、結局はあちらを立てればこちらが立たず、な状況であるため、行動を起こそうにも二の足を踏んでしまっていて、根本的な解決には見通しが立てられないでいる。




「全く!!さっきから聞いておればたわけたことばかり言いおってからに!!」


「そうそう!!沢北さんはそんな理由で入院なんかしてないし!!」


「明洋君は悪くない!!むしろ悪いのはあんたの方だよ!!」




スタッフまで割り込んでくることになったこの騒ぎ。


そのスタッフとのやりとりで吐き出された千茅の言葉に、さすがに黙っていることができなくなったのか、その場にいた他の患者達から、明洋を擁護する声が上がってくる。




「!!は、はあ!?何よ何よみんなして!!私が涼羽ちゃんに相手してもらえない理由なんて、この不細工以外にあるわけないじゃない!!」




当然、そんな周囲の言葉に今の千茅がそのマグマのように沸き上がる憤りを抑えられるはずもなく、売り言葉に買い言葉な激しい反論が始まる。




「ふざけんな!!そもそも今あんたが沢北さんにしてることを涼羽ちゃんが見たりしたら、そら相手にされなくなってもおかしくないだろ!!」


「!な、何を…」


「そうだよ!涼羽ちゃんはあんたが明洋君にそんなことしてるってこと、全部知ってるんだよ!そして、その現場をその目で見ちまったから、涼羽ちゃんとうとうあんたのこと相手にしなくなったんだよ!」


「!う、うそ…」


「一度心を許した人間には、涼羽ちゃん驚くくらい優しいからな!だから、明洋君に罵詈雑言浴びせるあんたのような人間には、一切容赦がないんだよ!!」


「そもそも、涼羽ちゃんの見てないところでこんなまねしてて、涼羽ちゃんに好かれたいとか思い違いもいい加減にしろって話なんだよ!!」


「そ、そんな…」




周囲の患者達がついつい目にしてしまうようなほどに、至るところで明洋のことを攻撃し続けてきた千茅。


その行為を知らない者は、この院内の中にはおらず、当然患者以外の、外から見舞いに来る人間もそれを一度は目にしている。


そんな状況で涼羽の目にそれが触れないなど、あるはずもなく…


ましてや、涼羽は他の親しくなった患者の口からそれを聞かされているため、余計に知らないはずなど、ありえない。




そんな他の患者達から向けられる言葉に、千茅の言葉は一気にその勢いを失ってしまう。




「だいたい、明洋君がなんでここに入院することになったのか知らないでそこまで言っていただと!?ふざけんな!!」


「明洋君はな!!その涼羽ちゃんをチンピラの暴力からその身を挺してかばって、そんな大怪我を負ったんだよ!!」


「!!う、うそ…そんな…」


「だから涼羽ちゃん、明洋君のことをいつも心配して、でも話するのが楽しくて、ここに来てくれてるんだよ!!」


「その中で、わしらのような他の患者にも優しく、可愛らしく接してくれるから、今ここにおる患者の中で、涼羽ちゃんを悪く思ってる人間などおらんよ」


「そうそう!!しかもそんな涼羽ちゃんを、その身を挺して護ってくれたのが明洋君だなんて聞かされたら、明洋君がそんな人を貶めることをするはずがないって、思って当然だろ!?」


「ましてや、暇さえあれば人の悪口ばっかり吐き出してるあんたと違って、明洋君は本当に前向きで真面目に社会復帰しようと、リハビリにも一生懸命だし、口下手だけど他の患者を励まそうとまでしてくれるんだから、悪いやつなわけないだろ!!」


「!!う…」




今までの遅れを取り戻そうとせんがごとく、ひたむきに一生懸命、社会復帰に向けて真剣にリハビリに取り組み、口下手ながら自分と同じような状況の人間を励まそうとまでしている明洋。


そして、そんな明洋を励まそうと、楽しませようといつもその天使のような雰囲気で他の患者達にも接してくれる涼羽。




ここでその二人の姿をずっと見ている患者達からすれば、本当に自分達にいい影響を、そして希望を与えてくれる素晴らしい存在だと、断言できる。


それは院内のスタッフも同じで、この二人のおかげで院内の雰囲気が非常によくなっていっているのを、そこにいるスタッフが他ならぬその目で見ている。




対して、千茅はあくまで自分が正しく、他が間違っているという姿勢を崩さず、他の患者達からすれば恩人と言っても過言ではない明洋に対して、聞くに堪えないほどの罵詈雑言を浴びせている千茅は、嫌悪の対象にしかならない。


もちろん、それは院内スタッフも同じで、常に問題発言、問題行動が目に余る状態の千茅は、早々にここから出て行って欲しいと思うほど、迷惑な厄介者以外の何者でもなくなっている。




そんな明洋と千茅がこんなやりとりをしているのを見ていたら、ここの人間が果たしてどちらが正しいと思うのか…


それは、火を見るよりも明らかであると言える。




「…皆さん…」




今まで、ずっと人から疎まれる経験しかなかった明洋であるがゆえに、周囲の患者達のこんな言葉に、驚きを隠せない。


そして、こんな自分のためにそこまで憤って、千茅に反論してくれることに感謝の念が自然と浮かんでくる。




「…な、なによなによ…なんで私ばっかり…」




明洋の入院の理由は、千茅にとっては相当に意外であり、それゆえに涼羽が明洋に懐くことも理解はできる。


理解はできるが、やはり千茅としては納得がいかない。




結局、明洋の入院の理由がそのまま涼羽が明洋に懐いている理由に直結していること、そして患者として非常に全うに、他の患者達の模範ともなるように真面目に治療を受けていること、それら全てが気に入らないという感情が芽生えてくる。




まるで、自分がこの不細工よりも劣っているといわれているみたいで。




自分の行為が涼羽にどう見られていたのか、自分がここの患者にどう思われているのかなど、一切省みず、やはり自分の感情を優先させてしまっている千茅。


そんな千茅の姿が、より周囲の人間の悪感情を増長させてしまっている。


そして、もちろんそんなことに今の千茅が気づくことなど、ありえない。




「鳴宮さん、とにかく沢北さんにこんな行為をなさらないようにしてください。今沢北さんは、社会復帰に向けて懸命に、真面目に取り組まれている状態なんです。その沢北さんの回復を妨げるようなことは、しないでください」


「!!く…」


「いえ、あなたの行為は沢北さんだけじゃなく、ここで日々病気や怪我と戦っている患者さんの足を引っ張る以外の何者でもありません。正直、目に余るものです」


「!!な、なによなによ…」


「これ以上、このような目に余る行為をされるようでしたら、最悪ここを強制的に退院して頂くこともありえます。ここは病気、怪我を治すところです。自分の身体を治すどころか、人の治りを妨げるような方は、当院では患者として扱うことは、できませんので」


「!!……」


「よろしくお願い致します」




先ほどまでの激しい口調が嘘のように、非常に淡々と、極めて事務的に千茅に伝えるべきことを伝えていくスタッフ。


その内容に、これ以上問題行動を起こせば、強制的に退院させるという最後通告まで加えて。




そうして、告げるべきことを告げると、スタッフは他の患者達の迷惑になったことを謝罪し、デイルームから出て行く。


そして、自分達ももはや千茅のような人間と同じ場所にいたくないという思いから、明洋を連れ出すようにデイルームを後にしていく。




「………」




一人ぽつんと残されてしまった千茅。


先ほどのスタッフの姿に、自分のことを相手にしなくなった涼羽と同じものを感じてしまう。




もはや院内では完全に孤立してしまっているのだが、それでも自分を省みることもできず、ただただ自分以外の何かを責めようとしてしまう。


しかし、一体何を責めればいいのかすら分からなくなってしまい、呆然とその場に立ち尽くしてしまうので、あった。

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