第170話 …まあ、だよな…

「ああ、よかった!!…お二人でしたら、僕のイメージ通り…いや、それ以上のものが撮れそうです!」




死中に活を、と、文字通りそんな心境でひたすらに自分のイメージに合った被写体を見つけることができた光仁。


しかも、その被写体候補の二人に、モデルとしてのオファーを出したら、これがまさかの肯定の意。


それも、そのうちの一人である涼羽の方は、本当に自分を気遣って、少しでも力になりたい、という本当に純粋な思いからの申し出。




世の中、こんなにもいい人がいるんだ、と、光仁は本当に喜びと感謝の思いでいっぱいになり…


また、今も今回のアクシデントのおかげでモチベーションを失っている、この企画に関わる全ての人達、そして、この窮地を救うべく、モデルとしての仕事を受けると申し出てくれた、涼羽と志郎の二人のためにも、これまで以上に全力を尽くして、しっかりお返ししないと、と、その培ってきた技術と経験を全て使って、全力で取り組むことを、誓う。




「で、その企画ってのは一体何の企画で、一体どんな写真を撮るんだ?」




ここまでの話で、未だに明確な企画の内容を聞かされておらず、当然ながらどんな写真を撮ることになるのかも想像がつかない。


もしこれが、その肌を晒すようなことになるのだったら、さすがに受けることはできない。


自分だけならまだしも、今も自分の隣で嬉しそうな顔をしている涼羽にそんなことをさせたくない。




そんな思いから、志郎が自ら、その企画のことについて、そして撮影する写真の内容について、確認の意味も込めて光仁に問いかける。




「!あ、ああ…すみません…僕としたことが、そんなことにも気が回らずに…」


「ふふ…そのくらい、必死になられていたんだと思います」




志郎の問いかけに、ここまででようやく、まだ自分が肝心の企画の内容、そして撮影する写真の内容について何も話をしていなかったことに気づく光仁。


企業の社員であれば、社内機密となる内容なので、一度はぼかして話をしながら、受けるかどうかの意思表示次第で、その先の内容を話すかどうかの判断を下すようにするだろう。


だが、光仁はそれをよしとせず、本当に企業に影響が出そうな情報以外は、全て開示したうえで自分が見つけた人間に対し、モデルのオファーを出すようにしている。


光仁自身、その生い立ちゆえに騙されたりすることも多く、騙される側の気持ちを痛いほどに知っているがゆえに、他の人間にそんな思いをさせたくない、という確固たる思いがあるのだ。


それに、やはり開示できる部分は開示しておかないと、やはり受ける側も納得して仕事をしてもらえない、というのがあり、そんな状態で実際に仕事に入ったとしても、やはり本当の意味での最高の作品を作ることはできない、と、光仁は思っている。




ゆえに、まずはそこから話していき、そこまで聞いてもらったうえで、受ける側の人にどうするかを決めてもらう、というスタンスが、本来のもの。


そして、それでもすんなりと受けてもらえるかと言えば決してそうではなく、今でこそ比率は変わっているものの、断られる比率の方が大きい。


しかしそれでも、光仁は決してそのスタンスを崩すことはなく、どんなに断られても地道に地道にお願いして、どうにか最終的には肯定の意をもらうことができている。




この日に関しては状況がこれまでにはないほどの窮地に追い込まれているというのと、その中で自分が前に選んだモデルよりも、さらに理想のモデルを見つけることができた、という喜びが、彼にとっての至って当然の流れを見失わせることとなっていた。




そんな彼の心境を涼羽は感じ取っていたのか、本当に優しい、陽だまりのような温かい笑顔を光仁に向けながら、その労苦を労う言葉を、声にする。




そんな涼羽を見て、本当に心が救われるような思いになると同時に、やはりその野暮ったい容姿ゆえの女性に対する免疫のなさが現れてしまい、ついつい涼羽から目線を逸らして、恥ずかしそうに俯いてしまう。




「?どうか、されましたか?」




そんな光仁を見て、心配そうに涼羽が声をかけてくる。


何か、自分が変なことを言ったのだろうか、それとも、そんなに自分の顔がおかしく見えてしまっているのか、など…


周囲の人間がそれを聞いたならば、そんなことは絶対にない、と断言さえできてしまうようなことを、ついつい考えてしまっている。




「あ…あの…す、すみません…僕…女の子とこんな風にお話することがまるでなくて…なのに、あなたのような本当に可愛らしくて素敵な女性にそんな風に微笑んでいただいて…ほんとどうすればいいのか…分からなくて…」




本人は男だと断言しているとはいえ、やはりその容姿は本物の女の子の中でもそうはいないと言えるほどの童顔な美少女といえるもの。


しかも、その容姿に加え、性格も本当におしとやかで優しくて、健気で清楚、といった感じなのだから。


そんな涼羽にあんな風に微笑みかけてもらい、さらにはその労苦を労うかのような声までかけてもらっているのだから、ただでさえ異性に対しての免疫がない光仁がそんな風に恥ずかしがって、まともにその顔を見ることすらできなくなってしまうのも、無理はないと言える。




ちなみに先程までは普通に話せていたのだが、それはこの企画を成功させるために必死になっていて、まさにそれどころではないという、それほどの状態になっていたから、というだけのこと。


職業柄、異性と話す機会も多いのだが、仕事の時は完全にモードが切り替わっていて、とにかく撮影を楽しみつつ、仕事をきっちりとこなすだけになってしまうため、その状態では異性だろうが誰であろうが、特別に意識したりすることはまるでない。


モデルの話を受けてもらえるということで一旦心が落ち着いたゆえに、本来のその性質が顔を出してきたのだ。




「!あう…」




もうこれまで、うんざりするほどに美少女扱いされてきているだけに、今この場においてもやはり相手がそんな認識になってしまっていることに、その笑顔が一転して、苦虫を噛み潰したかのような顔になってしまう涼羽。




自分が男だという意識が強いだけに、やはり相手のこんな反応は、涼羽自身のそんな意識にぐさっとくるものになってしまう。




「…あ~、ちょっといいか?」




そんな二人のやりとりを見て、志郎が割り込むように声を発する。


涼羽がその容姿からこんな風に美少女扱いされるのはもう当たり前のように見てきてはいるのだが、モデルなんてものを引き受ける以上は、そこはちゃんと認識を正してやる必要があると、志郎は判断する。




そして、その判断の元に、言葉を紡いでいく。




「!は、はい!な、なんでしょう!?」


「いや…ちょっとあんたの認識の中で、ここだけは絶対に正しておかなきゃ、ってところがあるからさ…」


「?僕の、認識…ですか?」


「ああ」


「??何か、おかしなところでもあったんでしょうか?」


「え~と…もうこれはそんな認識になってもおかしくないからっていうか…多分、初見なら誰が見たっていまのあんたと同じ認識になるから、別にあんたが悪いわけじゃないから」


「???は、はあ……」




話し方や口調からすれば、本来ならばもっと竹を割ったかのようにさっぱりした性格で、もっと是か否かといった、はっきりとした感じに見える志郎の、やけに曖昧に濁したかのような、要領を得ない言葉に、光仁も思わず疑問符を浮かべて、この人何言ってるんだろう、というような目で見つめている。


そして、そんな目で志郎を見ながら、志郎の次の言葉を待っている。




「あ~…あんたから見て、こいつ、どう見える?」


「????どう、とは…」




そういって、ぽんと隣で複雑な表情を浮かべたままの涼羽の小さな肩に手を置く志郎。


そんな、ほとんど間をおくことなく紡がれた志郎の言葉に、ますます何を言っているのか分からなくなってしまう光仁。


問いかけの意味もそうだが、そんな問いかけをしてくる意図も、まるで分からないからだ。




「別に難しく考えなくていい。見たまんまの印象を答えてくれればいいから」


「見たまんま…ですか?」


「ああ」


「…それは、もう…僕の人生の中では、見たことがないと言えるくらいの美少女としか、言い様がないです…」


「!!うう……」




志郎に言われるままに、涼羽を見てどう思うかという、自分の素直な思いを伝える光仁。


実際、涼羽は光仁から見ても、童顔で可愛らしく、本当に美少女だという認識しかない。




光仁はその職業柄ゆえに、いくらでも容姿の整った人間というものを見てきてはいる。


それはもう、異性も同性も。


当然ながら、普通にTVの画面に映り出てもおかしくないくらいの美形だって、普段からずっと見ている。




そんな光仁ですら、涼羽は本当にハイレベルな美少女であると認識してしまうということなのだろう。


ましてや、本当に男にとっては理想の異性と言えるほどに、容姿のみならず性格もいいのだから。




ただ、本当に賞賛の意味で声にしている自分の言葉で、当の涼羽が本当にダメージを受けているかのような反応なのは、一体何故なのだろうとは、思ってしまう光仁。




「…まあ、だよな…」


「うう…なんで…」


「お前もその辺ほんとに諦め悪いよな、ほんとに。実際誰が見たってそう思っちまうんだから、仕方ねえっての」


「…志郎も、そう思ってるの?」


「は?当たり前だろ?ただ俺は、お前の男らしいところ見てるから、他の人間みたいな感覚にならねえだけだよ」


「…ううう…」




光仁に、自分を見てどう思ったかを言葉にされてそれを聞かされ、いつものことながら精神的ダメージを受けてしまう涼羽。


どこまでも自分は男だから、という意識が強いため、どうしてもこういう評価に対して激しい抵抗感が出てきてしまう。


といっても、実際周囲がそんな評価を下すのは当然と言える容姿をしているのだから、いかに涼羽自身が往生際が悪く、認められないのかがよく分かるものとなっている。




そのことをそのまま言葉にして、涼羽に伝える志郎。


志郎自身も、涼羽がどう見ても男に見えない、とびっきりの美少女な容姿であるという認識なのだから、どこまでも諦めの悪い涼羽に対して、思わず溜息さえ出てしまう。




ただし、志郎はそんな容姿の涼羽に、自分より遥かに筋骨隆々な相手すら一方的にねじ伏せてきたその力に同じ力で対抗され、拳と拳の打ち合いで、見事にのされてしまっている。


その時の力強さ、そして自分が護るべき存在を護り抜こうとする意志の強さ。


それらを目の当たりにさせられていることもあり、あくまで容姿は美少女であっても、本質はちゃんとした男である、という認識となっている。




だからこそ、校内の男子では、志郎が最も涼羽と親しくやりとりすることができているのだが。




そんなやりとりが普段から行われていることもあり、志郎は自分をちゃんと男だと見てくれていると思っていた涼羽。


その認識は間違いではないのだが、あくまでそれは本質的な部分であり、容姿に関してはまた別の話であると、他でもない志郎から聞かされて、その精神に更なるダメージを負うこととなってしまう。




「ったく…あのな、涼羽。今回、お前にそんな評価をしてくれた人は写真家で、今までにも人間を撮影してきた人だぞ?」


「…うう…そ、それが?…」


「てことは、今までに容姿の整った人間なんか、いくらでも見てきてる、ってことにもなるじゃねえか」


「そ…それはそうだけど…それが?」


「はあ…てことは、だ」


「…ってことは?」


「それだけ容姿のいい人間見てきてる写真家が、今までに見たことないほどの、なんて言い切ってるんだぞ?つまり、お前はそれだけどこに出しても恥ずかしくない、本当に可愛らしい美少女だということだよ」


「!!…うう…そ、そんなこと…ないもん…」




もうすでに十分なほどの精神的ダメージを負っている涼羽に、さらに志郎が追い討ちとなる言葉をぶつける。


今回は、売れっ子の写真家である光仁からのそんな評価ということで、もはや自分の容姿が本当に美少女でしかない、と言われているようなものなのだ。




にも関わらず、どこまでも強情にその評価を認めようとしない涼羽は、とうとう恥ずかしさで真っ赤に染まったその童顔な美少女顔をぷいと逸らして、拗ねてしまう。


それを見て志郎は、『そんなことするから余計に美少女だって思われちまうんじゃねえか』と、ついつい思ってしまう。


そのくらい、今の拗ねてしまった涼羽も可愛らしさに満ち溢れているのだから。




「?…?…あ、あの…一体、何の話を…」




そんな二人の、ひそひそとしたやりとりを見て、一体何の話をしているのだろうと、光仁が声に出す。


そもそも、志郎の問いかけの意図がまるで分かっていない状態なうえに、聞かれたことを思ったまま素直に答えてから放置状態となっているので、さすがに気になってしまう。




「あ、ああ…悪い、ついあんたのこと置き去りにしちまってたな…」


「い、いえ…それは別に、いいんですが…」


「え~と…最初に言っておくのは、あんたがこいつに対して思ったこと…それに関しては何にも悪くない、むしろそう思って当然だと…それだけは言っとくわ」


「?は、はあ…」


「で、だ…その上で、あんたにとっては非常に衝撃的な事実を伝えたい」


「?え?そ、それは一体…」




横でぷいと顔を逸らして拗ねてしまっている涼羽を一旦置いておいて、今度は光仁の方へと向き合う志郎。


そして、やけにもったいぶった口調で、伝えたいことがある、と、目の前にいる光仁に切り出す。




志郎の口から出た、衝撃的な事実という言葉が妙に気になってしまい、ついつい先を急かすような口調になってしまう光仁。




「今、俺の隣にいるこいつ…あんたがこれまで見たことないほどの美少女だと思った、こいつなんだが―」


「は、はい…」








「――――こんな容姿してるけど、正真正銘、男なんだよ」








志郎の口から、涼羽の本当の性別のことが、声として出される。


その志郎の言葉を聞いた瞬間、一体何を言われたのか分からなくなってしまう光仁。








「…………………」








完全に思考も停止してしまい、しかも、声すらも出なくなってしまう。




光仁自身、さまざまな人間を撮影してきたこともあり、その中には異性装の人間も多くいる。


それこそ、ちょっとしたコスプレ的なものから、本当に性転換しているレベルのものまで。


さらには、パッと見ですぐに分かるものから、ちょっと見ただけではまず分からない、というレベルのものまで、それこそ様々なものを見てきている。


ゆえに、異性装している人間を見ると、割とすぐに分かってしまうようにまでなっている。




そんな光仁ですら、今、向かいの席でぷいと顔を背けて拗ねている、そんな仕草すらも可愛らしいと思えてしまう、どこからどう見ても美少女にしか見えない子が、まさか男の子だなどと思うことなど、できなかったようで…


一体何の冗談だと思えるほどに衝撃的過ぎて、身体がそれを忘れてしまったかのように、動作を停止してしまっている。




「(……え?……え?……あの子が…男の子?……)」




その性格ゆえに、自慢などできるわけではないが、それでも、異性装をしている人間の本当の性別を見抜くという特技じみたものは、割と光仁の中で自信のあるものとなっていた。


その光仁の目でも分からないほど、涼羽は本来の性別と、容姿の違いが大きすぎた、と言える。




しかも、改めて見てみれば服装は地味な男物である、ということにようやく気づく。


ゆったりしたサイズのそれであるものの、それでもそのスタイルの異常さが浮き彫りになってしまっているため、初めはそこまで意識がいかなかったのだ。




あまりにも、『女の子』として、粗がなさ過ぎる。


容姿だけでなく、声も普通に可愛らしい女の子の声にしか聞こえない。


なのに、性別そのものは男なのだと言う。




まさに、神様のいたずらとしか思えないような存在の涼羽を、放心したかのような表情でじっと見つめながら、しかし身体は未だに動作を復活させられずにいる光仁。


そんな光仁の状態は、しばらくの間、続くこととなった。

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