第146話 …す…水蓮…お姉ちゃん…

「あ~、涼羽ちゃんおはよう~」


「おはようございます、四之宮先生」




休日となる土曜日の午前。


涼羽が大好きな、町のはずれにある、自然に満ち溢れた公園の、朱雀のレリーフがある出入り口。




この日、会う約束をしていた二人である、涼羽と水蓮が、お互いに顔を合わせたところとなっている。




水蓮の方は、まるで恋人に会えたかのような喜びに満ち溢れた、眩いばかりの笑顔を浮かべている。


涼羽は、そんな水蓮を見て、微笑ましいといった感じの優しい微笑みを浮かべている。




今日の水蓮は、少しゆったりとした感じのトレーナーにカーディガン、膝丈のフレアスカートという、普段から仕事着としている、その自慢のボディラインを強調するかのようなスーツとは対照的なファッションをしている。




一方の涼羽の方は、いつも通りの黒一色のゆったりサイズのトレーナーにジーンズ。


もはや日常的に付けるようになった二つのヘアピンも、ちゃんと付けられて、顔の左半分がしっかりと露になっている。




「あは、今日も涼羽ちゃん本当に可愛い~」




会って即、可愛くて可愛くてたまらないのか、涼羽の身体をぎゅうっと抱きしめてしまう水蓮。


もはや同性にするようなノリで、涼羽のことをぎゅうっとしてしまうため、学校でも外でもお構いなしでするようになってしまっている。




「!し、四之宮先生…やめてください…」




そして、涼羽の方も日常茶飯事となっている水蓮のこんな行動に対して、いつまで経っても慣れない、恥じらいに満ちた初心な反応を返してしまう。




この日は、水蓮にとって待ちに待った、涼羽に自宅に来てもらうという、約束の日。


涼羽の方が懸念していた、秋月保育園のアルバイトは、この日は園児の預かりがなく、特に急ぎとなる仕事もなかったため、お休みとなったのだ。




その為、いつも通り家族の中で一番早く起床してから、いつも通り父、翔羽と妹、羽月のために朝食と昼食を作り置きし、自分だけで朝食を終えて、この公園の方まで足を伸ばしてきたのだ。


そして、その公園までの道中で、水蓮の方に連絡を取り、お昼まで公園で時間をつぶしておく、という旨を伝えたところ…


水蓮の方は、だったら今すぐその公園に迎えに行くから、と言い出した。




水蓮の母であり、この日涼羽に対してのお料理教室の講師となる永蓮は、水神宅に来るのがお昼頃となることもあり、どうせならそれまでの間、涼羽と自分の家で遊びたいという思いから、早々に涼羽を迎えにいくこととなった。




そうして、予定は正午だったにも関わらず…


現在、朝の八時過ぎの時点で、水蓮は涼羽を迎えにくることになった。




ちなみに、今回は以前、こっそりと一人でこの公園に散歩に行った時と違い…


ちゃんと、事前に父、翔羽と妹、羽月に今日のお出かけのことを伝えてはいた涼羽。




ただ、涼羽が大好きで大好きでたまらない二人の顔に、非常に寂しそうな表情が浮かんでいたのは、言うまでもないことなのだが。




「さあ、涼羽ちゃん。早く行きましょ!」


「は、はい…」




よほどこの日を楽しみにしていたのか…


水蓮の、まるで遊園地に連れてきてもらった子供のようなはしゃぎっぷりが目立っている。


普段はうっかりは多いものの、仕事自体はできるキャリアウーマンな雰囲気に満ち溢れているだけに、今のような水蓮は、学校の関係者にとっては本当にレアなものだと言えるだろう。




そんな水蓮に腕を抱きしめられて、ぐいぐいと引っ張られ…


たじたじとしながらも、浮き足だった感じの水蓮に連れられて、今日の目的地である水神家へと、足を進めていくのであった。








――――








「さあ、ついたわよ!」




公園からずっと涼羽の右腕を抱きしめたままの状態でしばらく歩き続け…


水蓮の自宅である水神家のあるマンションへと、たどり着いた。




「…四之宮先生のお家って、結構ご近所さんだったんですね」




水蓮に引っ張られて、ここまで歩いてきた涼羽は、水蓮の自宅が思っていたよりも自分の家の近所だということを知って、感心したような声をあげてしまう。




ここなら、涼羽の家からは徒歩十分ほどであるため、その気になればいつでも行き来できる、ということになる。




「へえ~、涼羽ちゃんのお家って、ここから近いの?」


「はい、ここからなら、歩いて十分くらいのところにありますよ」


「!じゃあすっごく近いじゃない!ねえねえ、今度涼羽ちゃんのお家に遊びに行ってもいい?」


「うちにですか?特に面白いものは、何にもないですけど…」


「いいの!涼羽ちゃんがいてくれたら、それだけでいいんだもん!」


「そ、そうですか…それでしたら、ぜひ」


「もう絶対行くわ!香奈も連れて行っちゃうから!」




マンションに入って、水神家となる自室に向かっている間、涼羽の家が、自分のマンションから近いことを聞かされて、涼羽の家に遊びに行きたい、などと言い出す水蓮。


全校生徒の中でも、行ったことがあるのは美鈴だけという、涼羽の自宅。


実は、クラスメイトの女子達含む、多くの涼羽が大好きな生徒達が、涼羽の家に遊びに行きたがっているのだが、普段からアルバイトや家事全般に大忙しの涼羽とどうしても都合が合わないため、ことごとく撃沈してしまっている状態。




アルバイトを始めた当初は、土曜日も出勤していたため、唯一お料理教室目的で遊びに行っている美鈴も、なかなか遊びに行けなかったが、最近はほぼ週五日の勤務となっていて、たまに土曜日の出勤があったとしても、午前中で終わってしまうこともあり、また美鈴がちょくちょくと涼羽の家に料理を教わりに、そして遊びに行ったりしている。


最も、美鈴は週末にお泊り前提で遊びに行っているため、最近では土曜日に涼羽の出勤があろうがなかろうが、普通に涼羽の家にお邪魔している状態だが。




「さ、この部屋よ」




そうこうしているうちに、水神家の部屋へとたどり着いた二人。


左肩にかけているハンドバッグからキーホルダーを取り出し、その中から自宅の鍵を取り出す水蓮。


そして、二つある鍵を両方開けてから、ドアを開ける。




「では、あたしの家へようこそ!涼羽ちゃん!」




自分の家に涼羽に来てもらえるのが本当に嬉しいのか…


幸福感一杯のにこにこ笑顔を浮かべながら、涼羽を自分の家へと招き入れる。




「はい…では、お邪魔します」




そんな水蓮の笑顔に釣られたかのようににこにこ笑顔を浮かべながら、水神家へと足を踏み入れる涼羽。


建てられてからそれほど年月が経っていないこともあり、内装自体がかなり綺麗なマンション。


そのマンションの一室も、普段から掃除などをこまめにしているのか、非常に綺麗な状態を保つことができている。




「…綺麗にお掃除とお片付け、されてるんですね」


「へ?…ああうんうん!やっぱり家が綺麗な方がいいからね!」




綺麗な状態を保たれている家の中に、涼羽が感心した声をあげる。


その声に、ぎこちなさ満開な反応をしてしまう水蓮。




もちろん、家のことに関してはズボラだと定評の水蓮が掃除や片付けなど、自分でできているはずもなく…


この家の綺麗な状態は、常に水蓮の母である永蓮のおかげと、なっている。




ちなみに、水蓮の夫でこの家の大黒柱である主人も、職業柄きっちりとしている性格であるため…


仕事のない日などは掃除や片付け、余裕がある時は洗濯などもきっちりと行なっている。


また、今は短期で地方に出張の最中であるため、この日は、その主人の姿はこの家の中にはない状態である。




その辺りは以前、永蓮が涼羽に対してぐちぐちと言っていたことがあるのだが…




「お婆ちゃん、四之宮先生が家だと本当にズボラだって言ってましたけど…やっぱり四之宮先生、家のこともちゃんとされてるんですね」




普段から高校の教師としてしっかりと取り組んでいる姿を見ている涼羽は、本当は水蓮は家のこともちゃんとしている、と思っている。


この辺は、無闇に人のことを悪く思いたくない、という涼羽の本質が現れているようだ。




「!え、え~と…ま、まあね!(か、母さんったら~…そんなこと涼羽ちゃんに愚痴らないでよ~)」




もちろん、家の中では永蓮が言うようにズボラである水蓮なのだが…


こんな風に自分のことをいい大人として見てくれている涼羽に対して、本当のことを言えるはずもなく、結局のところ、見栄を張って嘘をついてしまうこととなるのであった。




「そ、それよりも、涼羽ちゃん?」


「?はい?」


「うちの母さんのこと、お婆ちゃんって呼んでるの?」


「あ、はい…お婆ちゃんが、そう呼んで欲しいって…」


「そうなの…」


「?四之宮先生?」


「…だったらさ!あたしのことも名前で呼んでよ!」


「え!?ええ!?」


「どうせなら、涼羽ちゃんに『水蓮お姉ちゃん』って、呼んで欲しいな~」


「!!そ、それは…」


「ねえ、お願~い!」




自分の母親が、『お婆ちゃん』と、涼羽に呼ばれていると知り、自分のことも名前で呼んで欲しいと言い出す水蓮。


さらには、それに加えて『お姉ちゃん』とまで呼んで欲しいと、図々しいことまで言い出す。




もちろん、恥ずかしがりやの涼羽がそんなお願いに対して素直に首を縦に振ることなど、できるはずもなく…


だからといって、むげに断ることもできず、顔を赤らめて俯いてしまうのだが。




「涼羽ちゃん…あたしのこと、嫌い?」


「!な、そ、そんなこと…」


「涼羽ちゃんがあたしのこと、そんな風に呼んでくれたら、すっごく幸せになれるのに~」


「!うう………」


「ねえ?涼羽ちゃん?」


「!し、四之宮先生…」


「あたしのこと、『お姉ちゃん』って、呼んで?」




下から覗き込むような上目使いでじっと涼羽のことを見つめながら、甘えるような感じで涼羽におねだりまでし始める水蓮。


誰の目をも惹く大人の美人である水蓮のそんな仕草は、本当に激しいギャップがあり、それがまた、言い様のない可愛らしさを生んでいる。




いつも、こんな風なおねだりで羽月や美鈴など、自分に甘えてくる女の子達に困らされている涼羽であるだけに、水蓮のこんなおねだりに対しても、抵抗力を奪われてしまっている。




ああ、だめ。


そんな顔して、おねだりなんかしないで。


甘えてこないで。




そんなことされたら、そのおねだりも聞いてあげたくなっちゃうから。




本当に、甘えられると弱いという涼羽の弱点を徹底的に突かれてしまっている。


もちろん、ここまで来てしまうと、もはや涼羽に抵抗する術などあるはずもなく…








「うう…わ、分かりました…」








と、こうなってしまうのだ。




「うふふ~♪嬉しい♪だから涼羽ちゃんって、大好きなの~」




恥じらいに満ち溢れた表情を浮かべながら、自分のお願いに肯定の意を表してくれた涼羽に対し、べったりと抱きついて、その頬にすりすりと頬ずりまでしてしまう水蓮。


水蓮も、本当に涼羽のことが大好きで、本当に自分の家の子になってくれたら、などと思っている。








――――涼羽ちゃんが、あたしの弟兼妹になってくれたら、人生薔薇色になれるのに――――








日頃から常にこんなことを思うほど、水蓮は涼羽のことが大好きで大好きでたまらないのだ。


もちろん、恋愛的な好きではなく、家族的な好きなのだが。




「ほら、涼羽ちゃん♪あたしのこと、なんて呼ぶのかしら?」




その整った美人顔を盛大にゆるゆるにして、さらに急かすようにおねだりしてくる水蓮。


よほど涼羽に『お姉ちゃん』と呼ばれたくてたまらないのか、早く、早く、と言わんばかりに気が急いてしまっている。




そして、恥じらいに頬を染めながらも、ようやくといった感じで意を決した涼羽の唇が動き出し――――








「………す……水蓮……お…お姉…ちゃん………」








自分のことをぎゅうっと抱きしめている水蓮が、今か今かと待ち望んでいる言葉を、途切れ途切れになりながらも必死のパッチで、どうにか音として響かせる。


こんな、幼い子供が甘えるような呼び方は、涼羽からすれば声にするだけでも精神的ダメージが大きく、言った後、どうしようもなくなって、その顔を水蓮からぷいと逸らしてしまっている。




そんな、たどたどしく、恥じらいに満ち溢れた可愛らしさ満点の声で、自分の望む呼称で涼羽に呼んでもらえた水蓮は、まさに幸せの絶頂とでも言わんばかりの笑顔を浮かべる。




「もお~~~~!!涼羽ちゃん本当に可愛すぎ~~~~~!!」




自分の腕の中で、ぷいとそっぽを向いてひたすらに恥ずかしがっている涼羽が可愛すぎてたまらず…


とうとう、その頬をついばむかのように、自らの唇を落とし始めてしまう。




「!ひゃ、ひゃっ!し、しのみ…」


「こおら♪涼羽ちゃんったら…『水蓮お姉ちゃん』でしょ?」


「!あう…」


「はい、やりなおし♪」


「うう…す…水蓮…お姉ちゃん…」


「うふふ♪そうですよ~♪あたしが涼羽ちゃんのお姉ちゃんですよ~♪」




いきなり頬にキスの雨を降らされて、驚きながらも抵抗の声をあげようとした涼羽。


しかし、とっさのことで水蓮への呼称がいつも通りになってしまったところに、水蓮からの教育的指導が入ってしまう。




ここで、涼羽の自分に対する呼称をしっかりと植え付けてしまおうという魂胆がもろに見えてしまっている水蓮のリテイク要求に、恥ずかしがりながらも素直に応える涼羽。




そんな涼羽が可愛すぎて、水蓮はキスの雨を涼羽の頬に降らせながら、よしよしとその頭をなで続ける。




「あ~もう!涼羽ちゃんみたいな可愛い弟、あたしずっと欲しかったのよ~♪」




四之宮家は、親戚こそ多いものの、水蓮には兄弟姉妹はおらず、一人娘である。


そのためか、兄弟姉妹というものに妙な憧れを持っている。




今となっては結婚して、子供もいるため、自分の家族が持てているのだが…


それでも、兄弟姉妹というものが欲しくなってしまう時がある。




特に、こんな風にめっちゃくちゃに可愛がることのできる弟、もしくは妹が欲しくて欲しくてたまらなかったのだ。




自分の娘である香奈のことは本当に可愛くて、本当に大好きなのだが…


それとは別に、自分の家族として可愛がることのできる下の兄弟姉妹が欲しかった。




特に、従兄弟がみんな年上で、自分が一番年下であったため、余計に下の兄弟姉妹を欲しがっていた。




学校でも、自分と仲良くしてくれる女子生徒達はついつい可愛がりたくなったりするのだが…


それでも、今の涼羽ほどに、というわけではない。




涼羽に関しては、あの女装して、その素顔を露にしていた姿を見て、文字通り心を撃ち抜かれてしまった、と言える。


しかも、恥らう姿があまりにも可愛すぎて、もう本当に自分の理想の弟の姿を見てしまった、と言えるほどの衝撃だった。


加えて、その弟は、女の子の格好さえさせれば、びっくりするほどに可愛い妹にもなれてしまう。




水蓮にとっては、まさに理想が服着て歩いているような存在が、この高宮 涼羽なのだ。




だからこそ、こうやって『お姉ちゃん』と呼ばれるだけで…


自身がずっと待ち望んでいた存在を、手に入れることができたという感激に、浸れてしまう。




加えて、そう呼んでくれる涼羽の姿があまりにも可愛すぎて、もうどうしようもないほどに可愛がりたくなってしまう。




「ねえ、涼羽ちゃん?」


「うう…な、なんですか?…」


「涼羽ちゃんは、あたしの可愛い可愛い弟兼妹なの♪」


「!な、何を…」


「でね、涼羽ちゃんは可愛すぎて許せないから、お姉ちゃんにい~っぱい可愛がられないといけないの」


「!そ、そんなことありませ…」


「あるの♪だから、お姉ちゃんにい~っぱい可愛がらせてね?涼羽ちゃん♪」


「~~~~~~う、うう…」




もう、水蓮の容赦ないほどの好き好き攻撃が、容赦なく涼羽に襲い掛かっている。


あまりの恥ずかしさに、もう涙目になり始めている涼羽。


しかし、そんな涼羽が可愛くて、ますます水蓮の好き好き攻撃が強力になってしまう。




決して敵意のない、むしろ好意しかない攻撃に涼羽がまともな抵抗などできるはずもなく…


しばらくの間、水蓮が満足するまでひとしきり、可愛がられることとなる涼羽なので、あった。

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