第127話 本当は嫌だけど…お兄ちゃんがいないのはもっと嫌だもん

「…ん~…」




場所は変わり、ここは涼羽の妹である羽月が通っている中学校。


その中の、羽月のクラスの教室。




中学校であるとはいえ、最高学年に位置する年代であるにも関わらず…


とてもそうは見えない、どう見ても小学生くらいにしか見えない幼げな容姿の少女である羽月。




そんな羽月の、憂いを帯びた表情に声。


それも、羽月の可愛らしさを強調するものとなってしまっている。




「どうしたの~?羽月ちゃん?」


「どうしたの~?」




昼休憩に入った途端に、羽月のスマホから鳴り響く、着信を知らせるコール音。


そのコール音に反応し、すぐさま電話を受けて、いろいろと話始めていた羽月。




その電話が終わって、いきなり溜息をついて自分の席に座り込む羽月を見て…


羽月にとって一番仲のいい友達である、佐倉 柚宇と柚依の姉妹が、声をかけてくる。




「あ、柚宇ちゃんに柚依ちゃん…」


「電話、誰からだったの~?」


「なんか、急に疲れた顔しちゃってるけど、どうしたの~?」




今日は母親が朝から忙しく、お弁当を作ってもらえなかったため…


昼食は学食にある購買で買ってくることとなった柚宇と柚依。




ちょうどそこから、戦利品である、いくつかの惣菜パンを手に…


自分達の教室に戻ってきた時に、羽月が電話をしているところを見つける。




そして、ちょうど電話が終わったところに、二人は羽月に声をかけることにしたのだ。




「えっとね…お父さんから電話があったの…」




そんな二人の声に、素直に可愛らしく返答する羽月。


父、翔羽から電話があったことを、そのまま伝えてくる。




「!え…あのすっごくかっこいいお父さんから~?」


「!珍しいね~…こんな時間にお父さんから電話なんて~」




兄である涼羽と同じように、羽月も自身の交友の範囲はかなり狭い。


それでも、以前の涼羽と比べると広く、多くはあるのだが…




しかも、つい最近まで兄妹二人だけで暮らしていたこともあり…


さらには、兄、涼羽も基本的に用事のある時にしか電話をしてこないこともあり…


羽月のスマホに、着信を知らせるコール音が鳴り響くこと自体がなかったのだ。




父、翔羽が帰ってきてからもそれは変わらず…


兄、涼羽同様にそのスマホの電話帳に登録している連絡先も、今時の女子中学生としてはかなり少ない分類に入ってしまう。




なので、そんな羽月が学校にいる間に誰かと電話をしている姿自体…


このクラスの生徒からすれば、非常に珍しいものだったと言えるのだ。




それは、普段から最も羽月との交流、接触が深く、多い佐倉姉妹から見れば…


他のクラスメイトが見るよりも余計に物珍しい光景だったと言える。




なので、ついつい突っ込んで聞いてみたくなってしまうのだ。




「へえ~、羽月ちゃんのお父さんね~…」


「ねえねえ、どんな人?どんな人?」


「わたしも、羽月ちゃんのお父さんって、興味ある~」




さらには、佐倉姉妹同様、普段から羽月のことを可愛がっているクラスメイトの女の子達が…


まさに興味津々と言わんばかりに羽月と佐倉姉妹のそばにやってきて…


羽月が先ほどまで電話をしていた相手である、羽月の父、翔羽のことについて聞いてくる。




羽月の交友は校内ではそれなりに広くはあるのだが…


実際には、自宅まで来たことのある佐倉姉妹と比べると、かなり浅い付き合いであると言える。




基本的には、精巧に作られた愛玩人形のように整った容姿で、非常に愛らしい羽月が可愛くて…


ついつい、一方的に関わりを持とうとしてくる、というパターンなのだ。




普段から兄、涼羽に眼一杯甘やかしてもらっていることもあるせいか…


羽月の人見知りは、他から見ると結構なものであるといえる。




ただ、そんな人見知りな面を見せる羽月も可愛いのか…


ついつい構いたくなってしまい、自ら積極的に交流をしてこようとする。




そして、来年で高校生…


年齢で言えば、十五歳になる彼女達。




まだまだ子供っぽさが抜け切らない年頃ではあるのだが…


それでも、幼さの色濃い容姿である羽月と比べると、かなり『子供』から『大人』の女性へと…


順調に成長していっている、と言える容姿になっている。




「羽月ちゃんのお兄ちゃんって、す~っごく可愛くて…」


「す~っごくお母さんみたいで、優しくて…」


「家のことぜ~んぶしてくれて、ご飯もお弁当も、ぜ~んぶ作ってくれてる、すっごく素敵なお兄ちゃんなんでしょ?」




ちなみに、この学校では、涼羽を見たことのある女子生徒達が…


羽月が、兄である涼羽にものすごく幸せそうに甘えている姿を見て、とても羨ましく、そして幸せに浸れたということから…


羽月の兄、涼羽の隠れファンがこぞって集まっていき…


そして、ついに結成した『羽月ちゃんのお兄ちゃんに甘え隊』というファンクラブ的なものが存在している。




今目の前にいる羽月から、普段の涼羽との生活のことを聞き出したり…


それだけではもう満足できなくなっていった佐倉姉妹が、自ら羽月の家に乗り込んで…


羽月が大好きで大好きでたまらないお兄ちゃんに目一杯甘えているところを動画に残したり…


さらには、自分達も目一杯、甘えさせてもらったり…




そんな、涼羽に関する情報を逐一、メンバー全員で共有したりして…


ひたすらに、その幸せを分けてもらうかのように、自分達もその幸せに浸っている、という活動内容となっている。




そして、今こうして羽月に話しかけてきたクラスメイトの女子達も…


この『羽月ちゃんのお兄ちゃんに甘え隊』のメンバーであり…




涼羽のことは、メンバー間で共有される情報から…


その容姿、人となりをある程度は知ることとなっている。




また、佐倉姉妹が高宮兄妹のやりとりの一部始終を撮影してきた動画を見せてもらってはいるため…


一応は、羽月の兄である、高宮 涼羽という人物がどんな容姿をしているのか、知ってはいる。




ただ、彼女達はまだ実際に涼羽を見たことのないメンバーであり…


早く、実際に自分の目で、『噂の羽月ちゃんのお兄ちゃん』を見たくてたまらなくなってはいるのだが。




「あんなに可愛いお兄ちゃんと、羽月ちゃんのお父さんだから…」


「もしかして、お父さんも可愛い系なのかな~って思うし」


「すごく気になっちゃう」




まるで二次元の世界から抜け出してきたかのような、あまりにも可愛すぎる兄妹である涼羽と羽月。


そんな二人の父親がいったいどんな人なのか…


その興味を隠すこともできず、ただただ、聞きたくて聞きたくて話の続きを促してしまう。




「私達、羽月ちゃんのお父さんに会ったことあるよ~」


「あるよ~」




そこで彼女達の興味本位の問いかけに答えたのは、当の羽月ではなく…


実際にその目で、羽月の父である人物を見たことのある、佐倉姉妹の二人だった。




実際、この二人も翔羽に会って、その年齢と容姿のギャップに盛大に驚くこととなったため…


決して、忘れることのできない存在となっている。




「!え!そうなの?柚宇ちゃん、柚依ちゃん?」


「ウソウソ~!?いいな~」


「ね?ね?どんな人なの?羽月ちゃんのお父さんって?」




そんな双子姉妹の声に…


自分達よりも小柄な佐倉姉妹を見下ろすようにしながら、早く教えてと言わんばかりに…


羽月の父、翔羽について聞き出そうとする女子達。




そんな女子達に、特に嫌な顔をすることもなく…


双子の姉である柚宇の方から、つらつらと、素直に語り始める。




「えっとね~…最初に言っちゃうと~…」


「言っちゃうと?」


「お父さん、って感じじゃない人」


「?それ、どういうこと?」


「お父さん、って感じじゃないって…」




柚宇から語られた翔羽の第一印象を表す言葉に…


さっぱりわけが分からない、といった感じで、思わず聞き返してしまう女子達。




その続きを、今度は妹である柚依が引き継いで、言葉を音にしていく。




「見た目だけなら、お父さん、っていうより、お兄さん、って感じ」


「??なにそれ?」


「??お兄さん?」


「だって、どう見ても二十台半ばくらいにしか見えない感じで~…」


「す~っごく若々しかったの~」


「!うっそ~…」


「そんなに若々しいの?」


「うん」


「でね~、推理ものとか~、医者ものとかのドラマに、主役で出てきそうな感じの、すっごいイケメンさんだったの~」


「うん~、身長もすごく高くて、モデルさんみたいに足も長かったし、スラっとしてた~」


「!うわ~…」


「!なにそれなにそれ?」


「いいな~、そんなかっこいいお父さんなんて~」


「だって~、うちのパパより年上なのに、パパよりず~っと若々しかったんだもん」


「私達も、す~っごく羨ましい、って思ってる~」


「え~?柚宇ちゃんと柚依ちゃんのパパよりも~?」


「いくつくらいなの~?羽月ちゃんのお父さんって?」


「なんかね~、今年で四十三歳になるって言ってた」


「うん、言ってた~」


「!!なにそれ!!見た目本当に詐欺じゃん!」


「!!何も知らないで会ったら、ぜ~ったい独身のイケメンなお兄さんだって思っちゃうよ!」


「!!羽月ちゃんと、羽月ちゃんのお兄ちゃんってすっごく童顔だけど、それってお父さんから来てるのかな~!?」




羽月の父、翔羽はやはりその容姿だけで話題になることが非常に多く…


こんな風に実際の年齢まで知っていると、本当にその容姿が詐欺だと思えてしまう。




それは、羽月のクラスメイトの女子達も例外ではなかったらしく…


実際に見てきた柚宇と柚依の話を聞けば聞くほど、驚きの声が漏れ出てしまう。




「うん、羽月ちゃんとも、羽月ちゃんのお兄ちゃんとも全然似てなかったね~」


「うん、似てなかった~」


「じゃあさ、じゃあさ、羽月ちゃんと羽月ちゃんのお兄ちゃんって、やっぱりお母さん似?」


「だよね。お父さんって正統派なイケメンさんだし」


「やっぱりお母さん似なのかな?」


「うん、そうだって羽月ちゃんのパパ、言ってたよ~」


「言ってた~」


「!わ~、やっぱりそうなんだ~」


「で、で、お母さんってどんな人?」


「やっぱり可愛らしい感じの人なの?」




ここで、話の興味が羽月の母である水月の方にも行ってしまう。


母、水月のことについても、聞き出そうとする女子達。




「えっとね、お母さんはいないんだって」


「!え?…」


「羽月ちゃんのお母さん、羽月ちゃんが生まれてすぐに死んじゃったんだって」


「!そ、そうなんだ…」


「で、羽月ちゃんのパパがちょっとだけ、写真を見せてくれたの~」


「うん、くれた~」


「!え?」


「で、どんな人だったの?」


「可愛い?綺麗?」


「羽月ちゃんのお母さんが高校一年生の時の写真だったんだけどね~」


「羽月ちゃんのお兄ちゃん、そのまんまの見た目だったよ~」


「!うっそ~!」


「!じゃあ、お兄ちゃんにそっくりな羽月ちゃんにも…」


「うん、そっくりだった~」


「羽月ちゃんの方が、もっと幼い感じだけどね~」


「すっご~い…」


「羽月ちゃんのお兄ちゃん、動画で見ただけだけど…」


「童顔ですっごく可愛い顔してて、本当に美少女です!って感じだもんね~」


「羽月ちゃんのお兄ちゃん、男って感じしなくて…」


「なんか、ついつい甘えたくなっちゃう感じがするもん」




動画で見ただけでも、涼羽がどれほどに可愛らしい、誰もがその目を向けてしまう美少女な容姿で…


さらには、どれほどに優しく、母性的で、ついつい甘えたくなっちゃう包容力に満ち溢れているか…




それらを、目一杯に感じてしまっている女子達。




そんな涼羽と瓜二つと言える、涼羽と羽月の母親、水月にも、驚きを隠せない女子達。




「そ~いえば、羽月ちゃん」


「?なあに?」


「お父さんからの電話、なんだったの?~」




他の女子達が話に乱入してきたおかげで、聞こうとしていたことを忘れかけていたが…


ここで思い出して、その小柄な身体をちょこんと椅子に預けて座り、最愛の兄が作ってくれた弁当を開こうとしていた羽月に、電話の内容を聞いてくる柚宇と柚依。




左手に持って、すぐにでも食べようと動かそうとしていた箸を止め…


少し間の抜けた感じで、きょとんとした表情で反応する羽月。




そんな羽月も可愛らしくて、周囲で見ている女子達の顔が思わず緩んでしまう。




「えっとね、今日の晩御飯、お外で食べないか、って」


「え~?珍しいね~」


「いつも、あのお兄ちゃんが作ってくれるご飯が美味しいからって、外食なんかしない感じだったのに~」


「それがね、お父さんの会社の人達が…」


「?お父さんの会社の人~?」


「その人達が、どうしたの~?」


「なんか、お兄ちゃんとわたしのことを、一目でいいから見せて欲しいって、ずっと言ってきてるんだって」


「!え~、なにそれ~」


「!なんで、そんなことになってるの~?」


「土曜日に、お兄ちゃんとわたしで、お父さんが忘れたお弁当を届けに、お父さんの会社に行ったの」


「!そうなの?」


「うん、で、その時に入り口で受付してくれた、社員のお姉さん達が、わたしとお兄ちゃんのことを会社の人にしゃべっちゃったんだって」


「!それで、みんな興味を持っちゃったんだね~」


「それで、みんなしてお父さんにお兄ちゃんとわたしに会わせて欲しいって、しつこいから…だから、今日の夜に、お父さんと、お兄ちゃんと、お父さんの会社の人達とで、お食事会をするんだって」


「涼羽お兄ちゃんは、行くって言ってるの~?」


「うん、お兄ちゃんは、行くって言ってるんだって」


「羽月ちゃんは、どうするの~?」


「え?わたしも行くよ?」




羽月の人見知りを知っている柚宇と柚依の二人は…


正直、そんな知らない人の多いところにわざわざ行くなんて思えなかったのだが…


それでも、あえて聞いてみることにした。




ところが、あっけらかんと、行く、と言ってのけた羽月。




そんな羽月に対し、驚きの表情を隠せない柚宇と柚依の二人。




「え?なんでなんで~?」


「そんな知らない人ばっかりのところに行って、嫌じゃないの~?」




だからこそ、こんな問いかけが言葉として出てきてしまう。


自分達が知っている羽月なら、そんな話に首を縦に振る、ということは考えられない、と思っていたからだ。




「うん、本当は嫌なんだけど…」


「?だけど~?」


「お兄ちゃんがそこに行っちゃったら、わたし一人でお家でお留守番になっちゃうもん…」


「…あ~…」


「…そっか、そうだね~…」




思っていた以上に単純明快な羽月の返答に…


柚宇も柚依も、声を揃えて納得の声を上げてしまう。




確かに、今の羽月なら、少々知らない人が多い場所だったとしても…


そこに最愛の兄である涼羽が一緒にいてくれるなら、そっちの方がいい、と…


そういう判断になってしまうと、納得の表情になる。




今では、もうとにかく兄、涼羽のそばにいて…


とにかく、兄、涼羽にべったりと甘えていないとだめなほどに…


今の羽月の世界は、兄である涼羽を中心に回っているのだから。




「羽月ちゃん、本当に涼羽お兄ちゃんのことが大好きだもんね~」


「ね~」




少々、あきれたかのような声が柚宇と柚依から漏れ出てしまうが…


でも、あのお兄ちゃんなら、こうなっても仕方がない、と思えてしまう。




自分達でも、羽月と同じ立場で、今の羽月と同じ状況になってしまったら…


間違いなく、兄がいるところに行く方を選んでしまうだろうと、確信を持ってしまっている。




それほどに、羽月の兄である、高宮 涼羽という存在は…


一緒にいて欲しくてたまらなくなる存在なのだと、思えてしまうのだ。




「うん!わたし、お兄ちゃんのことだあ~い好きだから、ずっとそばにいたいもん!」




別に褒め言葉として出てきたわけではない、親友達の言葉にも…


まるで花が咲き開かんかのようなまばゆい笑顔で、肯定の意を声にしてしまう羽月。




そんな羽月を見て…




柚宇と柚依は本当に筋金入りのブラコンな親友に苦笑を漏らしてしまい…


周囲で見ている女子達は、そんな羽月の笑顔に頬を緩めながらも…




ここまでこの可愛いクラスメイトがご執心な、高宮 涼羽という人物に…


ますます一目、お目にかかりたいと、その思いをより強くしてしまうのであった。

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