第108話 このお弁当、お父さんに届けてくるよ!

「えへへ~♪お兄ちゃ~ん♪」




世間的には休日というイメージが強い土曜日の朝。


この高宮家もそれは例外ではなく…


涼羽と羽月の兄妹も、二人揃って学校が休みとなっている。




さらには、この週の頭から始まった、秋月保育園のアルバイトだが…


この日はお預かりする子供がいないということで、お休みとなったのだ。




つまり、本当の意味で休日となった土曜日。




ここ最近、アルバイトで帰りが遅くなっている兄、涼羽。


そのため、今までよりも兄と触れ合える時間が少なくなっている。




無論、帰ってきてからはうんと甘えさせてくれる兄、涼羽ではあるのだが…


やはり、大好きで大好きでたまらない自分だけの兄が、他の子供達にとられているような感じがしてしまい…


どうしても、物足りなくて寂しい感じが否めない妹、羽月。




だが、この日はその保育園のアルバイトもお休みとなったため…


大好きな兄、涼羽に思う存分べったりと甘えることができるようになったのだ。




朝食を済ませて、片付けも終えた後…


日課である掃除や洗濯も済ませて、リビングに戻ってきた兄に飛び込むかのように抱きつき…


兄を押し倒すような形で、その胸に顔を埋めて、思う存分に甘えん坊となっている羽月。




「ふふ…羽月は本当に甘えん坊さんなんだから…」


「だって、お兄ちゃんのこと一番大好きで、一番愛してるのって私なんだから!!」


「そうなんだ…」


「だから、お兄ちゃんは私だけのお兄ちゃんなの!!」




そんな妹、羽月に少々あきれ気味な口調になってしまうものの…


表情そのものは、非常に優しげで…


可愛い妹がこんなにも甘えてきてくれることに、喜びを感じている兄、涼羽。




羽月がどれだけ兄である涼羽のことが大好きで…


どれだけ兄である涼羽のことを愛しているのか…


そんな想いをまっすぐにぶつけられて…




なんだか、照れくさくなって思わず苦笑いが浮かんできてしまう涼羽。




それでも、そんな風に自分にべったりと甘えてくる妹を優しく抱きしめ…


その頭を優しくなでているところを見ていても…




涼羽がいかに妹である羽月のことを大切にしているのか…


いかに妹である羽月のことを可愛がっているのか…




それらが、よくわかる光景となっている。




ちなみに、いつもならこの可愛すぎるほどに可愛らしい兄妹のやりとりに遠慮なく混じってくる父、翔羽の姿は、今ここにはない。




なぜなら、この日は翔羽にとっては非常に珍しい、休日出勤の日だからである。




といっても、会社規定の休日出勤の日というわけではない。


ただ単に、昨日いつものように淡々と自身の予定のところまで、進捗を整えていたところに…


他部署の社員達が、自分達の上司がやらかしてしまったミスのフォローをしてほしいと…


全員が腰を九十度に折り曲げて、深々と頭を下げて懇願してきたからだ。




基本的に人情家で、ましてやだらしない上司のために負担を背負わされる部下というものを見ていると…


そういうのを決して放っておけない翔羽。




それでも、仕方ないといった感じで溜息をつきながら…


その他部署の社員達の懇願を受け入れたのだ。




その他部署の上司がやらかした失態というものは、翔羽が思っていたよりもずっと大きいもので…


下手をすれば、会社に多大な損益を発生させてしまいかねないほどのものであった。




その上、やらかした当の本人はあわあわと動揺しているだけで…


実際、何にもしようとしていない…


もとい、何もできなかったのである。




これが上層部に知られたら、自分の地位どころか、進退に関わってくる。


でも、どうすればいい?




自分の立場の責任の重さをまるで考えず…


ただただ、面倒ごとを部下に投げつけてきただけの無能に、この状況をどうにかできるだけのものなどあるはずもなく…




それでも、ただひたすら真面目に頑張ってきた部下達の存在があったからこそ、存続できていた部署だったのだ。




その部下達も、さすがに今回は事が重大すぎてどうすることもできず…


自分達の恥も省みず、この会社でこの状況を確実にどうにかしてくれるであろう、稀有な存在…


この会社で最も優秀、有能な人物である…


高宮 翔羽のところへと、懇願にいったのだ。




その翔羽が顔を出した途端、その他部署の上司の目がつり上がり…


それまでおたおたしていたのをごまかすように、敵意を向けてきたのだ。








――――な、なんだお前!!いったい、何しにきた!!??――――








応援に来てくれた翔羽に対し、吐き捨てるかのような敵意丸出しの言葉。




この状況のにおいても、自分のことしか考えていない無能の発言に…


翔羽は、ただ一言、怜悧冷徹に切り返した。








――――お前がやらかしたことの尻拭いにきた、それだけだ――――








と。




その一言に、背後にまるで真剣を突きつけられているかのような凄みを感じ…


結局、何も言えなくなってしまう。




その無能な上司を一言で黙らせると…


そこからは翔羽が陣頭指揮をとる形となり…


翔羽自らも、持ち前の処理能力を活かして対応に動いていった。




その時の翔羽の働きぶりに、その部署の社員達は驚愕の色を隠せなかった。




非常に優秀であるとは聞いてはいたが、聞くと見るとでは、まるで違いすぎる。


まさか、これほどに凄い人だったなんて。




自分達に的確な指示を与えながら、自らも周囲が驚くほどの速さで、次から次へと問題を解決していくその手腕。


出されている指示に従っているだけの自分達よりもはるかに速いその処理能力。




この件に関連している他企業のつながりも、翔羽の丁寧で迅速な対応にかえって好感を抱くほど。


むしろ、この失態を逆手にとって、自社の印象をよりよくしたとも言える。




それほどの実力を見せ付けられて、この部署の社員達は心底思った。








――――ああ、自分達もこの人の部下になりたい――――








――――ああ、自分達もこの人の部下として仕事がしたい――――








と。




結局、事が収束したのは、その日の二十時を過ぎた頃。




この部署の社員達だけでは、数日かかっても解決したかどうか、といえるほどの失態であったにも関わらず…


まさか、こんなにも早く解決してしまうなんて。




その場にいた誰もが、そう思わざるを得なかった。




そして、それほどの圧倒的な実力の差を見せ付けられて…


その部署の長は、もはやあっけにとられて、口をパクパクさせることしかできなかった。




そして――――








――――これで大丈夫だろう。後は君達にまかせるから、俺は帰る――――








それだけを言い残して、翔羽はその場を後にした。




その後姿に、スタンディングオベーションで誰もが翔羽を称え…


誰もが、心底からくる感謝の想いを、言葉にして翔羽に送り続けた。




ということがあったため…


さすがにその日に遅れてしまった進捗を取り戻す気にもなれず…


仕方なしに、翌日出勤することにしたのだ。




ちなみに、翔羽が帰った後で、この失態の話を聞いてかけつけた役員達が…


その時の事を包み隠さずに全てを打ち明けた社員達の言葉から、事の顛末を知ることとなる。




下手をすれば、社を揺るがすほどの大失態であったということ…


そして、それを他部署の長である翔羽が、その手腕を遺憾なくふるって、その危機的状況を解決してくれたこと…




これにより、ますます役員の翔羽に対する信頼が厚くなり…


これにより、ますます翔羽を役員に迎える、という思いが強くなった。




反面、この危機的状況を作り出した張本人である、この部署の長に対しては…


それだけの失態を晒しておきながら、結局何もできずにただただ、見ていただけということにも非常に怒りを覚え…




大慌てで、その件を取り繕おうとする無能に吐き捨てるように、こういった。








――――貴様のこの件に関するペナルティについては、追って連絡する――――








と。




今の時点で、業務上過失による懲戒解雇という、非常に過激な案が出ており…


しかも、それに同調する声がかなり多い、という状況になっている。




加えて、負担は大きくなってしまうのは重々承知なのだが…


その部署の管理も、翔羽にお願いしてみようという声も、圧倒的多数で上がっている。




そのくだりに関しては、翔羽本人も知らないことであり…


今では、終わってしまったその件については、まるで何もなかったかのように無関心となってしまい…




その件のせいで大幅に遅れてしまった自分の仕事の進捗を取り戻すべく…


他の社員は誰もいない自部署のオフィスでたった一人…


黙々と、淡々と仕事に明け暮れている状態だ。




実は、翔羽が休日出勤すると決めた時、翔羽の部下達が…








――――部長!自分達も手伝います!――――








と、意気揚々に、声を高くして休日出勤を申し出てきたのだが…


当の翔羽は…








――――ありがとう。だが、これは俺の仕事だ。だから、君達にそれで負担をかけるわけにはいかない――――








と、穏やかに、丁寧に謝辞する形で、一人での休日出勤としたのだ。




この翔羽の返答に、部下達は常に自分達を気遣ってくれる上司に感動を覚え…


それと同時に、自分達がまだまだ能力面でぜんぜんこの上司に届いていないから、という無念さがこみ上げてきた。




だから、それ以上のことは何も言えなかった。


それゆえに、一人一人がより強く、心に決めるべきことができたのだ。








――――もっともっと、仕事ができるようになって、絶対にこの人に頼ってもらえるようになってやる!!――――








そんな目標が、翔羽の部下達の心の誓いとなり…


より、自らの向上に励むようになっていくことを…




当の翔羽だけが、まるで知ることもない状態となっている。




「あ」




ふと、水でも飲もうとキッチンに足を運んだ涼羽が、何かに気づいたかのような声をあげる。




「?どうしたの?お兄ちゃん?」




そんな兄の声に、妹である羽月が気づいて…


ぱたぱたと足音を立てながら、キッチンに姿を現してくる。




そして、キッチンに姿を現した羽月が中を見てみると…


水を入れたコップを手に持ちながら、ある一点を凝視している兄、涼羽の姿が目に映る。


そして、その涼羽の見ている方向に、自分も視線を向けてみる。




「あれ?」




視線を向けた先にあったのは、今日、涼羽が作っていた…


父、翔羽の昼用の弁当の包みだった。




それがなぜ、ここに残っているのか…




「お父さん、お弁当持っていくの忘れちゃったみたい」




そう、翔羽がせっかく作ってもらった弁当を持たずに、家を出てしまっていたのだ。




こちらに帰ってきてからというものの…


普段から、残業することはあっても、休日出勤することがまるでなかった翔羽。




なので、普段の土曜日のルーチンに、弁当を持っていく、という行為があるはずもなく…


ついつい、忘れてしまったのだ。




しかも、うっかり寝過ごしてしまい、起床したのが就業開始時間の直前という有様。




そのため、大慌てで飛び上がるように起き上がり…


最低限の身だしなみだけ整え、最低限の準備だけして…


朝食も摂らずに、飛び出してしまっていたのだ。




涼羽の方も、この日父が休日出勤することは聞いていたため…


いつものように、一番に起床して、朝食や父の弁当の準備をして…


ちゃんと、いつも通りの時間に父、翔羽を起こしていたのだが…




前日の突発なトラブル対応が、やはり翔羽の身体にそれなりの疲れを残していたのか…


せっかく起こしてもらえて、上半身を起こすところまでいっていたのに…


土曜日という普段の感覚が勝ってしまい、そのまま二度寝をしてしまったのだ。




一度起こしたにも関わらず、まるで降りてくる気配のない父におかしいと思い…


涼羽が改めて起こしにいった時には、もうギリギリの時間となってしまっていた。




なので、せっかく可愛い息子が作ってくれた弁当に目を向ける余裕もなく…


そのまま飛び出してしまうはめになったのだ。




涼羽の方も、アルバイトが休みということで…


普段通りの洗濯や掃除、朝食の後片付けに勤しんでいたため…


父が弁当を忘れていってしまったことに、今ようやく気づくこととなったのだ。




「お父さん、朝ごはんも食べずにいっちゃったから、絶対お腹すかしてるよ。お兄ちゃん」


「うん、そうだよね…」




朝食も食べずに飛び出していった父、翔羽のことが心配で…


不安げな声を漏らしてしまう羽月。




それは涼羽も同じで…


せっかく父のために作っておいた、そこに置きっぱなしになっている弁当に目を向けたまま…


妹、羽月の言葉に同調する声をあげる。




「お父さんの会社、うちからそんなに遠くないところにあるはずだから…」


「どうするの?お兄ちゃん?」


「うん!このお弁当、お父さんに届けてくるよ」




時刻はまだ十一時になるかどうか。


お昼時には、まだ間がある。




加えて、父の名刺が一枚、家に置かれているので…


それから会社の住所も知ることができる。




涼羽自身、父、翔羽の会社に行ったことはないのだが…


今となっては、コンピュータやスマホをまるで専門の技術者並みに使いこなせることもあり…


住所さえ分かれば、正確な場所を知ることは容易であると言える。




加えて、実際にそういうやり方で行きたい場所を割り出して、自身の足で行くことが多いため…


方向感覚もかなりしっかりしたものになっている。




やると決めたら行動が早いのも、涼羽の特徴。


即座にキッチンから飛び出し、二階の父の部屋へと足を運び…


父の部屋にある、父の名刺を取り出して、その住所をしっかりと確認する。




「…で、これをスマホに…」




自身の目に映っている住所を、スマホのマップアプリを起動して…


アプリの入力部分に、その住所を手早く入力し…


父の会社を中心とした、周辺の地図を検索する。




「…うん!ここなら、そんなに時間はかからない!」




呼び出せた周辺地図を見て、場所も十分に把握することができた涼羽。


なので、すぐさま自分の部屋に戻って、今の部屋着であるジャージから…


そそくさと、いつもの一張羅で外出着となっている…


黒の薄手のトレーナーと、同じく黒の少しゆったりサイズのジーンズに着替える。




もう、それをするのが習慣となってしまっている、美鈴からプレゼントされた二つのヘアピンはそのままに…


リビングでリラックスモードに入っていたため、さらりと重力に従って真っ直ぐに伸びていた、その長い髪を、普段から使っている黒のヘアゴムで一つにする。




これで、余所行きモードの涼羽の完成となる。




そして、すぐさま下に降りて、まだキッチンにいるであろう羽月に、声をかけにいく。




「羽月。俺、お父さんにお弁当届けにいくから………あれ?」




キッチンの中を覗き込むようにしながら、声をかけようとした涼羽だが…


見てみると、妹、羽月の姿がどこにもない。




「リビングに戻ったのかな?」




リビングの方かと思い、そちらの方に目を向けてみるが…


そちらの方にも、羽月の姿が見当たらない。




「どこいったんだろ?」




姿の見当たらない妹の所在が気になってしまい…


周囲をきょろきょろとしてしまう涼羽。




そんな風にしているところに、二階から階段を下りてくる足音が聞こえてくる。


ぎしり、ぎしり、と音を立てているものの…


どこか、軽い感じの足音が。




その足音は、涼羽にとっては聞きなれた…


今、まさにその所在を探していた妹、羽月のもの。




「羽月?二階にいたの?」




その足音に向けて、声をかける涼羽。


その声が終わるか終わらないか、というタイミングで…




妹である羽月が、涼羽の前に姿を現す。




「羽月…なんで着替えてるの?」




兄、涼羽の前に姿を現した羽月…


リビングでリラックスしていた時の、部屋着であるジャージから…


部屋着兼外出着として兼用している、白の薄手の長袖トレーナーに、黒に近い紺色のオーバーオール…


さらには、顔の左半分を露にするようにしている兄とは対照となる…


顔の右側に、その前髪を開くように飾られている、花柄のヘアピン。




どこからどう見ても、外出するようにしか見えない妹の姿に…


兄、涼羽は疑問符まじりの声をあげてしまう。




「お兄ちゃん、お父さんにお弁当、届けにいくんでしょ?」


「う、うん…そうだけど…」


「じゃあ、わたしも一緒にいく!」


「え…羽月も?」




父に弁当を届けに行くため、妹の羽月に留守番をしてほしいとお願いしようとしたところに…


その妹が、自分と一緒に父の会社に行くと言い出してくる。




そのことに、少し間の抜けた反応を、思わずといった感じで返してしまう涼羽。




「お兄ちゃん、お父さんにお弁当を届けてくるから、わたしにお留守番してほしいって、いうつもりだったんでしょ?」


「う、うん…そうだけど…」


「そんなの、や。お兄ちゃんがいないと、寂しいもん」


「…羽月…」


「だから、わたしもお兄ちゃんと一緒に行くの」


「別に、お父さんの会社にお父さんにお弁当届けたら、すぐに帰ってくるよ?」


「や。わたし、お兄ちゃんとずっと一緒にいたいもん」


「…羽月…どうしてそんなに…」


「だって、お兄ちゃんが大好きすぎて、この世で一番愛してるから、だもん」




もうとにかく、兄への依存度、執着度が激しい、筋金入りのブラコン妹となっている羽月。


父の会社に行って、弁当を渡して、すぐに帰ってくるだけのちょっとした時間でさえ…


兄と離れ離れになるのが嫌だと、言ってしまう始末。




そして、その想いをそのまま行動に表すかのように…


兄の身体にべったりと抱きついて、その胸に顔を埋めてくる。




「お兄ちゃん、アルバイト始めちゃったから…前よりも、一緒にいられる時間が少なくなっちゃったんだもん」


「………」


「本当はこうして、ずっとお兄ちゃんにべったりして、う~んと甘えたいんだもん」


「羽月…」


「だから、お兄ちゃんがお出かけするんなら、わたしも一緒にいくの」


「…羽月…すぐに帰ってくるから…」


「だめ。せっかくお兄ちゃんのアルバイトがお休みなんだから、今日はお兄ちゃんにずっとべったりしたいの」




大好きで大好きでたまらない母親と離れたくないとダダをこねる子供のように…


兄、涼羽と離れたくない、と、ダダをこねる妹、羽月。




まるで、本当に久しぶりに会う事のできた恋人が…


終わりの時間が来ることによる別れを拒むかのような…


そんな雰囲気さえ、感じさせる妹の姿。




もう、どうしようもないくらいに、兄、涼羽のことが大好きで…


本当に本当に、愛おしくてたまらない妹、羽月。




「だから、わたしもお兄ちゃんと一緒にいくの」


「…………」


「どうせなら、お兄ちゃんと一緒にお散歩デート、楽しみたいんだもん」




ついには、実の兄にデートなどという言葉を持ち出してしまう、筋金入りのブラコン妹、羽月。


ぎゅうっと音がするほどに、兄の華奢で柔らかな身体を抱きしめ…


その胸に顔を埋めたまま、べったりと甘えてくる。




そんな妹が、なんだかとても可愛らしく思えて…


ついつい、吹き出すかのような笑いが漏れ出てしまう。




「…くすっ…羽月は本当に本当に甘えんぼさんだね」




そして、本当に母性と慈愛に満ち溢れた女神を思わせる、優しい笑顔を浮かべ…


その笑顔を、妹、羽月の方へと向ける涼羽。




さらには、そんな妹の小さな身体をぎゅうっと抱きしめ…


その頭を、壊れ物を扱うかのように優しくなではじめる。




「お兄ちゃんが悪いんだもん」


「?俺が?」


「お兄ちゃんが、わたしのことこんなにも優しく包み込んでくれるから…」


「?だって、羽月は可愛い妹だし…妹が甘えてきたら、こんな風に優しくするのは当たり前なんじゃ…」


「お兄ちゃん、わたしがお兄ちゃんのこと、むちゃくちゃに大好きになっちゃうことしかしないから…今でも、こんな風にわたしが嬉しくなっちゃうことしかしないから…」


「…そうなの?」


「そうなの!だから、わたしお兄ちゃんから絶対に離れたくないんだもん!」




言っていることはむちゃくちゃな風に聞こえてしまう羽月の言葉。


しかし、実際に涼羽は、兄としても母としても妹に接しているため…


加えて、それが羽月にとって、本当に幸せで嬉しいものとなってしまっているため…




だから、いつまでたっても羽月は涼羽から離れるどころか…


逆に、よりべったりと甘えてしまうのだ。




しかも、兄に文句を言っているような口調でありながらも…


その顔は、本当に『わたし、この世で一番幸せです!』というような…


もう、本当に幸せで嬉しそうな笑顔が絶えないでいる。




その顔を、兄の平坦でありながらも柔らかで、優しさに満ち溢れた胸に埋めているだけで…


本当に、兄に包み込まれているような感じが強くなって…


ずっと、こうしていたいと思えるほどなのだ。




こんなにもべったりとしていって、普通なら邪険に扱いたくなるかも知れないところを…


邪険に扱うどころか、逆にもっと優しく包み込んでくれるのだから…


だから、日に日に羽月の兄、涼羽への愛情が天井知らずに大きく膨れ上がってしまう。




そんな妹が、またしても可愛らしく見えてしまう兄、涼羽。




涼羽にとっては、兄として妹を優しく包み込んで…


妹を護り、うんと可愛がってあげるのは当然のことだと思っている。




だから、こんな自分にとっては当然のことで…


こんなにも喜んで、より自分に懐いてくれる妹が、本当に可愛らしく思えてしまうのだ。




「ふふ…じゃあ、一緒にお父さんにお弁当、届けにいこ?」


「!ほんと?」


「うん、ほんと」


「わ~い!お兄ちゃんだあ~い好き!!」


「じゃあ、今からいこっか。早くしないと、お父さん、お昼食べられなくなっちゃうから」


「うん!早くお父さんに、お弁当届けに行くの!」


「ふふ、そうだね」




年頃の兄妹なのに、異常なほどに仲がいい、この涼羽と羽月の高宮兄妹。


妹である羽月はもちろんのこと…


兄である涼羽も、童顔で本当に可愛らしい美少女と言える容姿をしているため…




誰が見ても、この仲睦まじい二人の姿には、言いようのない幸福感を感じさせてくれる。




そんなチャームと幸福感をまるでおすそ分けするかのように振りまきながら…


涼羽と羽月は、父の会社に向かい…


父にお弁当を届けてあげようと、自宅である高宮家を出て、戸締りを確認すると…


その足を、二人揃って父、翔羽の会社へと踏み出していくのだった。

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