第52話 なんで、こんなところに?…

「うう…恥ずかしい…」

「えへへ♪可愛い♪」


月曜の放課後。

すでに帰宅部となる生徒は全て帰宅しており…

運動部の部活で汗を流し、心身を鍛える生徒…

文科系の部活で他との交流を深めながら、特定の分野を突き詰める生徒…

残っているのは、そういった部活動に取り組んでいる生徒のみとなっている。


今ここにいる、二人の美少女を除いては。


一人は、その幼げな可愛らしい顔を真っ赤に染め、ひたすらに恥ずかしがっている。

一人は、そんな彼女を見て、心底嬉しそうに頬を緩めている。


二人共、この学校指定の制服である、純白の長袖ブラウス、赤のリボンタイ、紺のブレザーに膝上丈の同色のプリーツスカート。

それらに、身を包んでいる。


どちらも周囲の目を惹く、可愛らしい美少女。


片方は、校内でもトップクラスの美少女として認識されている、柊 美鈴。

同学年はもちろん、下級生にもファンは多く…

校内のアイドル的な存在として、日に日に向上していくその美少女っぷりを見せ付けている。


もう片方は、そんな美鈴にも見劣りしない、清楚で儚げな雰囲気に満ち溢れた美少女。

胸がないという残念さが、却って清楚さ、貞淑さを強調する形となっていて、まるで欠点とならず…

ひたすらに恥らうその姿は、まさに花をも恥らう乙女と言えるもの。

しかし、本来この校内にいるはずがない、他の生徒からすれば、まるで見覚えのない存在。


それもそのはず。


「み、美鈴ちゃん…」

「なあに?涼羽ちゃん?」

「も、もう…着替えても、いいよね?…」

「だあめ♪こんなに可愛い涼羽ちゃん、もっと見ていたいもん♪」

「うう…」


美鈴と同じクラスの生徒で、そのとっつきづらさで孤立している男子である、高宮 涼羽。

まさか、このひたすらに恥らう美少女が、その高宮 涼羽と同一人物だなどと。

一体、誰が思うだろうか。


事の発端は、涼羽が妹の羽月にお願いされて、女装していつもの商店街に買い物に出かけたこと。

その時に、女装して妹と出歩いている姿を偶然、涼羽のクラスメイトに撮影されてしまった。

そして、それをここにいる美鈴に見られてしまったのだ。


スマホの画面に映る、その時の涼羽のあまりの可愛らしさ。

それを自分も見たい、と涼羽にぶつけ…

半ば、いや、完全に脅しのような形で無理やりに女装を強要させることとなってしまう。


ちなみに、涼羽が普通に着ていた制服は、今美鈴が肩にかけている通学用のバッグの中に入っている。

当然、女の子になって誰の目をも惹いてしまうほどの美少女になっている涼羽に、そのままでいてほしいから。

自分の制服を奪われてしまった涼羽は、涙目になりながら返してほしいと懇願するも…

結局は美鈴の脅しと言える懇願に逆に屈してしまい…

今、誰が見ていてもおかしくないこの校舎の中を、女装したまま歩くこととなってしまったのだ。


「ああ~、涼羽ちゃんホントに可愛い♪」


美鈴にとって、今となっては大好きで大好きでたまらない涼羽。

その涼羽が、こんなにも清楚で恥ずかしがりやで可愛らしい美少女となっている。

そんな涼羽があまりにも可愛すぎて、人の目を気にすることも忘れて、べったりと抱きついている。


そして、抱きついたまま、涼羽の頬に頬ずりしたり…

その驚くほどに細い腰に触れたり…

そのどう見ても女の子のものにしか見えない、スカートの下から伸びた綺麗な脚に触れたり…


「!ひゃっ!…み、美鈴ちゃん…やめて…」


その度に、涼羽がこんな甲高いソプラノな声をあげ、より恥らうこととなってしまっている。


どう見ても、美鈴が他の美少女に迫っているようにしか見えないその光景。

その恥らう姿をもっと見せてほしいと言わんばかりに…

涼羽がこんな反応を見せれば見せるほど、もっと恥らわせてしまいたくなるのだ。


「やあだ~♪涼羽ちゃんが可愛すぎるのがいけないんだもん~♪」

「お、お願いだから…」

「だめ~。可愛い涼羽ちゃん、も~っと私に見せて?」


もう何を言ってもだめな状態の美鈴。

涼羽がどれだけ涙目で懇願しようとも…

むしろ、それをもっと見たくなって、より意地悪になってしまっている状態だ。


そんな、美鈴にとっては至福と言える状態…

涼羽にとっては拷問と言える状態…

そんな状態のまま、ゆっくりと校舎内を歩き続け…


奇跡的に誰と鉢合わせることもなく、運動部が部活に明け暮れている校庭の隅の方まで出てきた、その時だった。




「う…うええ~~~~ん…」




妙に幼い、心細さを前面に押し出した…

そんな泣き声が、涼羽と美鈴の二人の耳に届いたのは。


「?え?」

「な、なに?」


その時まで、周囲から見ればひたすらにいちゃいちゃしていたと言える二人。

しかし、そんな声を耳にしてしまい、ハッと我に返る。


「こっちの方からだ!…」


そして、真っ先に涼羽がその声の方に飛び出すかのように勢いよく走り出す。


「あ!待ってよ!涼羽ちゃん!」


そんな涼羽を追いかけるように走り出す美鈴。


声がしたのは、校舎の裏手の方。

校庭の隅から、回り込むように校舎裏の方に向かう二人。


その幼い泣き声がどんどん近くなっていく。


その声に向かって、さらに足を進めていく二人。


そして、ついにその声の持ち主にたどり着くこととなった。


「う…ぐすっ…」


そこにいたのは、まさに四~五歳ほどの、幼い女の子だった。


白のカチューシャに飾られた、艶のいい黒のショートボブ。

白と水色のストライプの入った、長袖のカットソー。

膝丈のフリフリのついた、空色の可愛らしいスカート。

真っ白な無地のソックス。

今流行りの女児向けアニメのプリントが入った、幼児用のシューズ。


どこからどう見ても、この学校にいるような存在ではなかった。


その場に蹲り、両手で顔を覆いながらひたすらに泣き続けている少女。


「はあ…はあ…涼羽ちゃんったら、速いよ~」


そして、その場に美鈴がようやくたどり着く。

そして、今涼羽が目の当たりにしている光景を見て…


「え?子供?」


思わずあっけに取られたかのような声をあげてしまう。


「なんで、こんな小さな子供がこんなところに?」

「さあ…なんでだろ?」

「涼羽ちゃん、この子、ずっと泣いてるよ」

「うん…」


一人っ子で、自分より小さい子の面倒を見ることもなかった美鈴は、蹲りながら泣き続ける少女に対し、どうしたらいいのか分からず、おろおろしている。


そんな美鈴をよそに、涼羽がその少女のそばまで近寄り、膝を折って、視線をその少女に近づける。


「え?りょ、涼羽ちゃん?」


そして、泣き続ける少女に、柔らかく優しげな口調で…


「どうしたの?なんでこんなところにいるの?」


妹、羽月を甘やかす時のような慈愛に満ちた笑顔で、目の前の少女に声をかける。


「ぐす…ふえ?」


そんな涼羽の声に反応したのか、ようやくその顔をあげて、涼羽の方を見る少女。


その顔は、涙に濡れてぐしゃぐしゃになってはいるものの、整っており…

目もパッチリとしていて、非常に可愛らしい顔立ちをしている。

十年後くらいには、間違いなく美少女と呼ばれるであろう、期待値の高い顔立ちだ。


「ほら…こんなにくしゃくしゃにして…せっかくの可愛いお顔が、台無しだよ?」


そんな少女の顔を見た涼羽は、制服のポケットからハンカチを取り出すと…

まるで壊れ物を扱うかのような優しさと繊細さで、少女の涙に濡れた顔を拭き始めたのだ。


「ん…」

「ふふ…ちょっと我慢しててね?」


最初こそはびくりとしたものの、その優しい手つきがくれる心地よさに、すっかり身を任せてしまう少女。

そんな少女に、笑顔を絶やすことなく、優しく扱う涼羽。


そして、一通り拭き終えた少女の顔は、涙の跡こそ残るものの、綺麗になっていた。


「ほら、綺麗になったよ?」


そして、まさに聖母と言えるような慈愛と優しさで、その少女の小さな頭を優しく撫でる涼羽。

そんな優しく、温かい涼羽の撫で撫で。


そんな母性に包まれるかのような撫で撫でに、少女の小さな身体が動き出す。


「うっ…うええ~~~ん」

「おっと」


その小さな少女の身体が、涼羽の方に向かって動き出し…

涼羽の華奢な胸の中に飛び込むように抱きついてきたのだ。


そして、そんな少女を優しく受け止め、優しく抱きしめる涼羽。


少女の小さな手が、涼羽の華奢な身体を絶対に離すものか、と言わんばかりにぎゅうっと抱きしめる。


まるで、いきなり親に捨てられてどうしようもなくなったところに、自分のところに降りてきてくれた慈愛の女神様。

今の少女にとって、涼羽はまさにそんな風に見えているのだ。


「ふふ…せっかく拭いてあげたのに、また泣き出しちゃって…よっぽど心細かったんだね」

「うう…うえっ…」

「ほら、好きなだけ泣いていいよ?い~っぱい泣いちゃって、怖い思いとか、嫌な思いとか、ぜ~んぶポイしちゃお?」


自分に甘えるようにべったりとしてくる少女が可愛くてたまらないのか…

その小さな少女を優しく抱きしめ…

その慈愛を目いっぱい込めるかのように、その小さな頭を撫で続ける。


「わ~…涼羽ちゃん、ホントにお母さんみたい…」


そんな涼羽を見た美鈴から、感嘆の声が飛び出す。

まさに、女性としての理想像が、そこにいる、と。


自分も甘えさせてもらったことがあるから、分かる。

あの甘やかしは、心底幸せを感じることができる。


あのちっちゃな子にとったら、もうずっとこのままでいたくなるくらいなんじゃないのかな。


そんな美鈴の考えはまさにその通りとなっている。

それを証明するかのように、少女の手が、身体が…

涼羽の身体から離れようとしないのだ。


「ぐす…うえ…」

「どお?もう大丈夫?」


ようやく泣き声が小さくなり、落ち着いてきた様子の少女。

その少女を見て、涼羽が一度少女を離そうとする。


離そうとするが…


「…や」

「え?」

「…もっと、ぎゅってして?…もっと、なでなで、して?…」

「……」

「…だめ?」


鈴の鳴るような可愛らしい声で、涼羽に懇願する少女。

涼羽の身体にべったりと抱きつき…

その顔を、涼羽の胸に埋めて…

その小さな身体を全て使って、涼羽から離れないようにするその姿。


そんな少女の姿に、涼羽の顔にさらに慈愛が浮かんでくる。


「くす…いいよ」

「!ほんと?」

「うん。ほんと」

「もっと、もっとして?」

「ふふ…可愛いね。い~っぱいしてあげるね?」


そんな風に自分にべったりと甘えてきてくれる少女が可愛くてたまらない感のある涼羽。


少女の小さな身体を優しく、それでいてぎゅうっと抱きしめ…

自分の胸の中にあるその頭を、とろけるような優しさで撫で続ける。


そんな風に自分を甘やかしてくれる涼羽に、泣いて沈んでいた声が、幸せに満ちた弾むような声になっていく。


「えへへ…もっと、もっとして?」

「もう…ほんとに甘えんぼさんなんだから」

「だめ?」

「ん~ん。もっとしてあげるね」

「!ほんと?」

「うん。ほんと」

「わ~い!」


少女はよほど涼羽の胸の中が心地よかったのか…

もうひたすらにべったりとくっついて…

その可愛らしい声で、さらなるおねだりまでする始末。


涼羽の方も、よほど少女のことが可愛かったのか…

ひたすらに、少女のことを甘やかしてしまう始末。


そんな風に涼羽に甘やかされる少女を、羨ましそうな目で、涼羽の背後から見つめる美鈴。


大好きな大好きな涼羽を奪られてしまったような感じがして、あんな幼い子供にまで嫉妬してしまっているのだ。


そんな美鈴に気づくことなく、ひたすらに自分の胸の中の少女を慈しみ、抱きしめて甘やかす涼羽。


そんな涼羽に、少女が心底幸せそうで、嬉しそうな声をあげるまでに、そう時間はかからなかった。

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