4週目

病院を出て道を曲がる。道を知っているのだろうか、ファイは迷いなく進んでいく。

ここらで一番賑わう通りについた時ファイが振り返った。

「面倒になったね」

「道ゴミがか?」

「いや違うさ。尾けられてる」

空の方を見据えながらそう言う。釣られて僕も見てみるが特になにも見当たらない。

「いや心当たりはあるんだ。別にいつもだったら無視するんだが…...今回はキミに迷惑になる。どこかで追い返そうか」

そう言って迷わず人混みに進んでいく。

「おい、どこ行くんだ?」

「人の目につかないところ。見られると面倒だ。キミはついてきてくれ」

そう言うと僕の服の裾を掴むとグイグイと引っ張り人混みをかき分けていく。

やがて人混みを抜けると僕の家がある方向とは逆に曲がる。

「この先の廃工場に行く。この時間なら人はいないはず」

人が少なくなっても僕には誰かがつけてきてるなんて分からない。引っ張ってもらってるからしばらく後ろを向いていたが誰かが追ってきている気配は無かった。そもそもファイが心当たりあると言っているのだしもしかして死神?

「もういいよ。キミはボクの後ろにいてくれ。絶対だ」

その言葉の真剣さに思わずただ黙って頷くことしか出来なかった。

「出ておいでよルル。戦ってあげるから」

少し上を見上げながらファイはそう言った。

「まあ......そうだな。俺だってお前に嗅ぎ回られるのは面倒だしな。ここでケリをつけるのもいいかもしれないな」

声と共に黒い線が空中に入る。そこを中心に黒い何かは広がりやがてそこから真っ黒な服に身を包み、フードを顔が隠れるように被った何かが出てきた。何かと言ったのは人間のような見た目をしているがあんなことをする奴が人間と言いたくなかったからだ。脳が拒否している。

「アイツも死神さ。一応ね」

「おいおいおい一応とはひでえじゃねえか。俺はどんな死神よりも死神らしくしているぜ?」

その声は、はっきりとした男のもので口調は荒々しかった。それにやはり死神。あんなものを見てしまったからには何も否定出来ないしコイツと知り合い(?)の時点でファイが死神ということも疑えない。

「ルールを破ったら死神じゃないさ。ルールというものに収まっているからこそ概念は成り立つんだ」

「小難しいこと言うなよな。死神なんて人を殺して寿命取ってればいいんだよ。方法なんて関係ねー」

人を殺す。ルルと呼ばれた死神から出たその言葉には重さがなくまるで日課を語るような軽さだった。

「もうこの議論はやめよう君とは平行線を辿りそうだ」

「違いねえ......な!」

そう言いながらルルという死神は手を出したかと思うとその手にいきなり拳銃が現れそのトリガーを引いていた。

「それは知ってたよ!」

ファイも何も無い空間に手を掲げたと思うと手に大剣が現れ銃弾を弾いた。

「わーざわざ人がいねえ所にきたんだもんなぁ!殺されたいってことでいいんだろ!」

「一々キミは声が大きいな。煩いから静かにしてくれ」

会話しながらも銃撃は続きファイは銃弾を弾くだけで動けていない。

「勇樹、キミは大船に乗ったつもりでそこにいてくれ。何、この程度問題ないさ」

「なんだぁ!ファイ、後ろの男は契約者かよ!大事に守っちまってさぁ!」

「そうだろうと違ったとしてもキミはほっとけば彼を殺すだろう?ならどちらにせよ守るさ」

契約者という単語でルルが僕を指しているのは予想できるがその内容が分からない。それよりも不穏なのはどちらにせよ殺すという言葉だ。ファイが心配するなと言っているがこうも防戦一方だと......。

「やれやれ心配させてしまっているか。まあ仕方ないか。勇樹、ボクの肩にしっかり捕まってくれ」

相変わらず心を読んで会話を省いて僕に指示を出してくる。僕としては従う以外にないし言う通りにする。

「いい子だ」

僕が肩をつかむとすぐに上に飛び上がる。僕の身長の3倍くらいの高さはありそうだ。

「おいおい、空中じゃいい的だろうが!」

「そうでもないさ」

ファイのもっている大剣がさらに大きくなる。その大きさは僕達を覆ってなお余る大きさだった。

「これならキミの銃撃も怖くはない」

「確かに......な!」

背筋にゾッと寒気が走る。嫌な予感がして後ろを振り返るとルルが回り込んできていた。

「ファイ!うし......」

「それも知っていたよ、ルル」

僕が後ろ、と言い切る前にファイは大剣で後ろまでなぎ払った。

「ぐっ!?てめえ!」

お互い着地して向き合う。今の薙ぎ払いでルルは脇腹から胸のあたりまで斬られ血が出ていた。

「ボクだって君が襲ってくるなら容赦なく殺すぜ?でも殺す気は無いから退くなら追いかけない。どうする?」

「...てめえは何時だって上目線だな。いつか後悔するぜ」

来た時と同じように黒い空間にルルが消えていく。

「......逃げてったって事でいいのか......?」

「多分ね。ここで追いかけても良かったんだが......そうすると達成できない目的があるし仕方ない」

思わずどさりと座り込んでしまう。落ち着いてみれば冷や汗をかいていて体が冷えていた。僕案じてかは分からないが隣にファイも座る。

「怖い思いをさせてしまったね。すまない。......でもできれば慣れて、そして克服して欲しいんだ。......丁度いいキミの家に行く前に少し前提を話しておこう」

「前提?」

「そう、死神という存在についてさ」

思わずゴクリと唾を飲み込む。先程の事で今更死神という存在について猜疑心を抱くつもりは無い。つまり何であろうと今から話される内容は真実なのだろう。

「まず死神というのがどういう存在かという話だ。我々死神は人から寿命を頂くことで生きている。但しやたら滅多らに殺すわけじゃない。人から寿命をいただく上でもルールがある」

「ルール?」

「そう、ルールさ。自分の生きる時間欲しさに無差別に人を殺してしまう死神がいれば、いずれは人間という種が絶滅してしまうだろう。だからボク達は寿命を獲る人間の条件として病める者と限定している」

病める者と聞いて思わず優花のことを考えてしまう。まるで心臓が握られているかの如く痛い。

「それは身体的でも精神的にでも当てはめている。つまり死神というのは病める者を殺める者という概念なんだ」

「......さっきルルという死神に言っていた概念というのがそういう事なのか?」

「まあそういう事だ。彼のようにルールを守らない死神というのはいない訳では無い。健常な者を摂理を曲げて病気にしたり事故という偶然を装って殺したりね。これらに当てはまる奴らをボク達は死神としては認めず討伐対象としているんだ。ここまではいいかい?」

色々と唐突過ぎて理解が追いついてるは言いにくいがなんとか頷いて続きを促す。

「死神は基本的にはこの世界の至るところに人間のような見た目で存在している。ボクみたいにね。元々ボク達は違う空間にいる訳だがこちらの世界では色々制約があって本来の力の半分程度しか出せない。そこでフルパワーを出す方法が契約というものだ」

「さっきルルが言っていた......僕が契約者だとかなんとか......」

「そう。ボク達死神はこっちの世界で人間と契約して、その契約者に力を与えてその契約者を通して力をフルで発揮するのさ。つまり契約者を殺してしまえば契約した死神を殺しやすくなるというわけだ」

言い終えてファイは立ち上がる埃を払う。

「ここからはキミの家で話そうか。さ、立って立って」

ファイが手を差しのべる。その手を取り立ち上がると少しよろけてしまった。

「全く、しっかりしてくれ。男の子だろう?」

ファイに苦笑されながら体勢を整える。緊張も解けてなんとか落ち着いてきた。

「ほらほらさっさと行くよ」

そして先程と同じように服の袖を掴まれ引っ張られる。傍目から見て幼い女の子に引っ張られて歩く僕はどう映るのか。もしかしたら微笑ましく見えるかもしれない。

「だーれがロリだよ。あんまりバカにしてると刈り取るぞ?」

「考えてることを読み取らないでくれよ...」

「失礼なことを考えなければいいだろうが」

理不尽過ぎる。自宅の部屋を勝手に踏み漁られ文句を言われるのはこういう感じだろうか。

自宅とこの廃工場はそこまで離れていない。普通に歩いていれば3分もあれば着いてしまう。

「ほら鍵を開けてくれ」

なるほど早速踏み漁られる気持ちを味わえそうだ。今更渋る気もないので素直に鍵を開ける。

「僕の部屋は…...」

「2階だろう?先に上がってるぞ」

靴をパッと脱ぎスタスタと階段上がって言ってしまう。どこまで把握されてるのか怖くなってきた。

「ほらキミも座れ」

部屋に入ると椅子にドカッとファイが既に腰掛けていた。何故そんなに堂々しているのかは分からないがとりあえずベッドに腰を掛ける。

「話ってのはなんなんだ?」

「なぁに簡単さ。キミにボクの契約者になって欲しいのさ」

「.........いやいやなんとなく予想はしてたけどなんでだよ」

「キミが相応しいからさ」

相応しいというファイの顔には自信が張り付いていて言い返せなくなる。

「キミが特別運動が得意だったりしないのは知っているさ。でもボクは契約者に必要なのは気持ちの強さだと思ってる。だからキミが相応しいと思うんだ」

「気持ちってどういうことだ?」

「決意と言いかえてもいいかな?絶対に倒すとか思えた方が強いって話だよ。能力なんて後からついてくるからね」

「いや僕にはそんな倒そうとか思えそうにないんだけど......」

その言葉でファイが少し驚いたような顔になる。

「もう予想ついてたと思ったんだけどそうでもないんだな。ボクが病院にいた理由だけど病院には死期が近い人が多いからなんだ」

「まあそれは何となくわかってたけど」

「そこでキミの友人の浅田優花を見つけたんだ。彼女は死期が近いが違和感があった」

優花の名前が出て体が強ばる。考えてなかったわけではないが、いやまさかまさか。

「彼女の病気。死神による発病だね。しかも検査のタイミングでは見事に隠してる。だから原因は分からないし治らない」

頭を殴られたような衝撃。頭の隅ではその可能性も考えていた。だがそれは同時に優花が治らないと認めるような事だと思っていた。

「そうショックを受けないでくれ。まだ何とかなる」

「本当か!」

「本当さ。死神に殺されると残るはずだった寿命が死神の手に入る。つまり死んでいなければその寿命は宙ぶらりんで殺そうとしている死神の力をうち消せば戻るんだ。まあそれには力を使った死神を屈服させる必要があるんだが」

「......その死神があのルルって奴なのか?」

「ご名答。彼も誰か契約者がいるみたいでねボクが倒すのにも骨が折れそうなんだ。ほらウインウインの関係だろうボク達」

ファイはルール違反の死神を倒す。僕は優花を助ける。確かに利害は一致していた。

「そういう事ならファイ。僕は契約者になるよ」

「話が早くて助かる。早速契約を済ませようじゃないか。目を瞑ってくれ」

言われた通り目を瞑る。何か予感がするが気持ちが落ち着かずあまり気にならない。

やがて唇に柔らかい感触が......これってもしかして。思わず目を開けると目の前に見えたのはファイの腕だった。そして唇にはファイの指。そして口の中に鉄の味が広がった。

「これで契約完了だよ。さあこれから目的のため頑張ろうじゃないか」

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死に連なる御噺 霧宮夢深 @star_linker

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