12:正解はひとつ

 こういう商売をしているわけだから、ユーザーの感想というのはやはり気になるもので、身内が俺への呪詛を吐き散らしていた経験があるから消極的ではあるものの、たまにふと感想サイトなどを覗いてみたくなる。


 俺も人間であるから褒められれば嬉しいし、けなされればムッとする。しかも見当外れな解釈でこきおろされてはたまったものでなく、「こいつには俺の作品がわからんのだ!」などと大御所にしか許されないセリフを吐きたくもなる。

 今回はそんな俺の低俗な胸の内を、綺麗事は抜きにして語っていくつもりだ。


 解釈の間違いがなぜ起こるかと言えば、ライターの力量不足かユーザーの読解力不足、だいたいはこのどちらかだ。スクリプターが間違った演出をしたせいで伝わらなかったという場合もあったりするが、きりがないのでそれは省く。


 こんなことを言われるとムカッとくるユーザーもいるだろうが、読解力不足で作品に怒りをぶつけるユーザーは思いの外多い。

 読解力というより、共感力とも言えるのかもしれない。


 たとえば、こんなシーン。小腹が減った主人公が、コンビニへおにぎりを買いに行く。おにぎりコーナーに行く途中、新発売のパンが目に入る。気が変わってそのパンとジュースを買い、コンビニを出た。

 なんてことのない日常シーンで、ほとんどのユーザーはそのまま流すだろう。しかし中には、「最初におにぎりを買おうと決めていたのにパンを買うなんておかしい」「この主人公には一貫性がない!」と激怒するユーザーもいる。

 たとえば「おにぎりに並々ならないこだわりがある」とか、主人公にそんなキャラ付けがされた上でパンに心変わりしたらもっともな指摘で、このシーンは完全にライターのミスとなるわけだが、「発売を待っていたパンだった」だったり「うまそうで興味をひかれた」だったり、そんな補足がしっかり挿入されていても、主人公に共感できない人はいるし、怒る人は怒る。


 あと「小腹が空いたらおにぎりなんて買わない。普通はお菓子を買う」だったり「なんでジュース買ってるんだ。予定にないものを普通は買わない」と怒るユーザーもいる。

 当然、感じ方考え方は人それぞれであってその指摘は間違いであるなどと言えないのだが、それはユーザー個人にとっての普通で、主人公にとっての普通ではなかったということをわかってもらえないことはかなり多い。


 かけだしの頃はそういった「正解はひとつ」というユーザーにどう納得してもらうか、胃が痛くなるほど悩んだ。

 購入したすべてのユーザーに楽しんでもらえなければライター失格だと思っていたからだ。

 けれどそれはただの思い上がりで、最近では「配慮しても仕方が無い」と開き直っている。

 もちろん、大多数から「このシーンでパンを買うのはおかしいだろう」と指摘されれば、改善すべきだ。しかしそういった指摘よりも共感を示してくれる意見が多いか、あるいは大多数が特に気にしていないようならば俺が書いたことは大正解ではなくても不正解ではなかったと思うようになった。


 やはりネガティブな意見が記憶に残りやすいのだが、ポジティブな意見こそをしっかりと受け止め、長所を伸ばすべきだ。

 そうした方向に意識を向けることで、一部のあえて激しく汚い言葉を選んだ酷評に心を痛めることはなくなった。


 創作活動をしていると、特に内省的な人は否定的な意見はすべて自分の技術力不足のせいと思いがちになってしまうが、「感性の違いでその人には届かなかった」と割り切り精神の安定を図ることは、創作者にとって大事なことだと俺は思う。

 否定意見をしっかりと消化して反省してこそ成長があるというのはもっともだが、それは理解できる理性的な批判に対してのみあてはまることで、感情的な極端な、理解の及ばない否定は無視してしまった方が絶対にいい。 

 自分の感性とあわない人に向けて作品を作り始めると、バランスを崩して自分を見失ってしまい、自分の持ち味を生かせなくなる。

 特色のないライターに仕事など来るはずがないから、とにかく長所を伸ばしてユーザーに俺個人を認識してもらうことがこの業界で長生きする秘訣であると、俺は信じている。

 だから俺は好意的な意見を優先的に取り入れ、極端な否定は極力無視をする……ようにしているのだが、無視できないものも残念ながら存在する。


 そう。クライアントの意見だ。

 カラスは白いという話をしたが、あれは大げさな話ではなく、そういう無茶なオーダーというのは実際にある。珍しくないレベルである。

 実は先ほどのおにぎりとパンの話も(もちろんまるっとそのまま同じわけではないが)あるディレクターに言われたことだ。

 自分の常識から外れる描写を徹底的に嫌うディレクターというのは少なからずいて、前述の通りなぜおにぎりではなくパンを買うに至ったかの動機をしっかりと描写していても、「いやおにぎり買うって決めたんだからおにぎり買えよ。俺ならこんな心変わりしない」と、リテイクを要求される。そう、基準は“俺なら”だ。

 そしてその後のヒロインたちが新発売のパンで盛り上がるシーンで、主人公が「いや、俺おにぎり派だから」と空気の読めない発言をするお寒い展開になる。

 当時「このシーンを犠牲にしてあそこ修正する必要あったか?」と思ったのを強烈に覚えている。

 おにぎりとパンを例にしてしまったせいでなんともミクロな話になってしまったが、かなり重要なシーンであってもキャラクターの設定をねじ曲げる強制的なリテイクは、自分が大正義なディレクターから当然のように投げつけられるのだ。


 ユーザーからの意見は自分で取捨選択できるが、ディレクターからのわけのわからない意見は聞くしかない。

 そうしてちぐはぐな作品が作られていく。


 クソゲーだとわかりつつも、ただ書く機械になってそいつの制作に荷担してしまっているのだから、俺も立派な共犯者であろう。

 今はこんな場所で愚痴ることしかできないが、いつかはそういった無茶な要求を昇華し、素晴らしい作品を生み出せるようになりたいものだ。


 最後に、


 クソゲーを掴んでしまったユーザーのみなさん、本当にごめんなさい。

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