キリギリスのどこが悪いのかわからなかった

 親が共働きだったので、1歳くらいから、私は保育園に通っていたそうでした。そんな小さい時からと知って、びっくりしました。主に年長の時の記憶しかなかったので。

 早くから行けば慣れるとも聞いたことはありますが、年長になってもあまり慣れることはなかったと思います。

 それでも、先生が絵本や紙芝居を読んでくれるのは、とても楽しみにしていたような?


 保育園で同じ話を何度も読んでくれたのと、親も絵本を読んでくれたので、このころに有名な童話は覚えたと思います。

 親も絵本を捨てなかったので、「こんなの読んでもらっていたなぁ」と、高校生くらいになって、本棚を見直したりしていました。


 その時に、母が育児メモみたいなものをノートに書いていたのを見付けました。

 小さい頃って、おかしなこと言ったりやったりしてたなぁと笑っていました。

 そこで、保育園に通っていた頃の話で目に留まったものがありました。

 以下のような感じの会話形式で書かれていました。


透「今日、保育園で『アリとキリギリス』を読んでもらったんだ。そしたら、◯◯ちゃんが、キリギリス可哀想って言ってたんだよ」

母「そう。でも、キリギリスは、ずっと遊んでいたから、しょうがないのよ」

透「どうして!?(怒って)キリギリスは歌ったり踊ったりしていたのに、なんでそれがいけないの?」

母「アリはね、遊びたくても我慢して働いてたの。だから、冬の間も食べ物に困らなかったのよ」

透「キリギリスは、どうやって働いていいかわからなかったんだよ。キリギリス可哀想……(涙目)」


 こんなような内容でした。

 なぜ、ここまでキリギリスをかばうのか?

 すっかり忘れていた私でしたが、その時思い出しました。確かに、キリギリスのどこが悪いのか、私にはわからなかったということを。


 読んでいても、わかりますよね。本当に◯◯ちゃんがキリギリスを可哀想と言ったのかも知れませんが、多分、自分が可哀想だと思ったのでしょう。途中から、自分でキリギリスを弁護してますもんね(笑)。


 『赤ずきん』では、道草食っちゃいけないだとかに納得したり。

 「オオカミが来たー!」とウソをついて、周りの人があたふたするのを面白がって、怒られても構わずに「オオカミが来たー!」とウソをつきまくって、実際に本当のオオカミが来て「オオカミが来たー!」と言っても信じてもらえず、食べられてしまう羊飼いの少年の話にも納得。

 肉を加えた犬が、川を覗き込み、水に写った自分の姿を見て他の犬だと思い、それがくわえている肉も欲しくなって思わず吠えたら、自分がくわえていた肉を落としてしまった話にも納得してました。


 ですが、アリとキリギリスの話だけは、なんか納得行かなかったみたいで、その後、いろんなバージョンを探して読んだのも覚えています。

 アリから食べ物を分けてもらってキリギリスが反省したバージョン、キリギリスが困ってるところで終わっていたバージョン、一生懸命食べ物を運ぶアリを、キリギリスがからかって妨害してるバージョンもありました。それだったら、後で分けてもらえないのも納得でした。


 ですが、多分、一番初めに保育園で聞いてきたものは——

 歌ったり踊ったりが楽しくて大好きだったキリギリスがまず登場で、これが主人公だと思ったのです。最後に、雪の中、空腹で死にそうになったキリギリスが、アリに食べ物を分けてもらえないか頼んでも、アリが「あんたは遊んでたじゃないか」みたく言ってドアを閉めてしまい、翌朝、キリギリスが死んでいた、というバージョンだったと思います。

 あんなに死にそうだと訴えていたのに、冷たく断ったアリが非情に思えてしまったのでしょう。


 その上、毎日保育園でやっていることが、キリギリスみたいに歌ったり踊ったりで、自分もそういうことが好きでした。だから、キリギリスが歌ったり踊ったりして夏を過ごしていたのが悪いことだとは思わなかったのでしょう。

 この話、園児には意図は伝わりにくいかもですね。小学生くらいなら、また違ったかも知れません。


 そして、未だに、音楽に限らず、収入が不安定と言われるものを職業としている人に、まったく悪い印象を持っていないもので、たまに友人や知り合いが「身内が音楽やりたいって言っている」と相談してきて、「音楽で食べて行くのって大変でしょう?」と言われても、それは一般論であって、本人が幸せならいいじゃないかと思ってしまうのです。


 家族や親しい人に説得され、反論出来ずに音楽することを諦めてしまったり、賛成していても期待が大き過ぎて口出しし過ぎでやめてしまったり、ほとんどが、身内に諦めさせられてしまうパターンです。(『ジャズテイストで行こう!』や『J moon』にも、ちらっとそんな場面が……)


 やっぱり、大人には、歌ったり踊ったりなんて、遊んでるイメージが強いんでしょうね。

 それでも、音楽やる人は増えてます。チャンスも。

 なので、相談者には、無難に「今はいろんな方法があるからね。やり方次第だと思うよ」と答えてますが。


 『アリとキリギリス』の話を周りの人にすると、大抵が物語に納得していて、キリギリスは悪くないと思っているのは、私くらいで。

 私がキリギリスを悪いと認めることは、音楽やダンスを職業にしている人のことを認めないことになってしまう、という変な意地にもなってしまってます。(苦笑)


 たまたま先日、友人に話したら、納得してくれたのが1人だけいました。そして、私でも考えつかなかった説を考え出したのです。


「アリは、キリギリスの歌を聴いていたからこそ、頑張って働くことが出来たんじゃないか」と。


 目から鱗でした!


「ただ働くだけなんて、辛くてとても続けられない。楽しみがあるからこそ、働くことが出来る。アリは、キリギリスの歌や踊りで励まされて仕事が出来たんだから、それに見合う報酬を払わなくてはならないだろう。だから、最後に食べ物をあげるべきだった」


 私からしたら、ブラボー! な答えです!

 しかし、これ、完全に、働いてる人の意見ですね。大人ならではの。(苦笑)

 ちなみに、この友人は音楽関係者ではありません。


 この友人と話していて、休日にNHKでたまにやっている『昔話法廷』を思い出しました。

 文字通り、昔話の裁判です。例えば、『カチカチ山』に出てくるウサギは、タヌキの背に火をつけた時に殺意があったかどうか、とか。偶然見た時のですが、面白かったです。他の話も。


 まあ、とりあえず、私の方は満足な答えを得られ、やっとキリギリスの名誉を守れた気になりました。

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