香港にて「ワインOPEN!」

 大分前のことです。

 20歳だか21歳だか、そこそこの。

 友人と、初めて香港を旅行した時の恥で——もとい、話で。


 学生だった私たちは、アジア系が好きだったこともあり、近くて手軽に行かれる香港に行ってみることにしました。

 旅費は、バイトで稼いで。


 小学生の頃、家族でアメリカに行ったことはありましたが、保護者なしで、ツアーでも何でもなく海外というのは、初めてで。

 さらに、一週間の滞在。

 すべてが無謀でした。


 携帯用の小さい和英・英和辞典と、広東語辞典を持って。

 ガイドブックによると、歩きやすい服装とリュックがいいらしかったので、真に受けて、二人とも、遠足にでも行くようなカッコしてたかと思います。


 私たちが泊まった尖沙咀(チム・サア・チョイ)は、観光地で、中国と地続きの南端にあり、フェリーで香港島に行かれる便利なところです。


 ブランド物のショップや、ホテル、大きいビルが建ち並び、お姉さんたちもお洒落でした。

 (あやしげなお姉さんではありません。通行人のことですよ)

 六本木とかの、銀座ではない感じの都会に似てました。

 そんなところに、それこそ異世界に転生したに似た、間違って遠足に来てしまったような日本人のコドモが紛れ込んでしまったのです。


 まあ、いい。年配の、いかにもお金持ちそうな日本人なら、狙われるかも知れないが、いかにも、お金のなさそうな、こんなお子様を狙うスリもいないだろう。

 確かに、一番心配していたスリに遭うだとか、騙されるだとか、そんな怖い目には遭わずに済みました。


 空港から各ホテルを回ってくれる親切なバスに乗り、降りる時は、ブザーで知らせろと言うのに、そのブザーが押しても鳴らない!?

 他の外国人観光客たちも、困ってる。

 でも、運転手さんが停車してくれたので、ちゃんと降りられました。


 私たちが降りたのは、ペニンシュラ・ホテルの前。

 アジアで由緒ある、超豪華なホテルで、正面玄関前の広々したスペースには、噴水が!


「ここが、あの有名なペニンシュラかぁ!」


 私と友人は、ホテルの前で、感動していました。

 外観の写真を撮りまくったところで、そのまままっすぐ歩いて行き、隣のYMCAでチェック・インしました。(事前に予約)

 学生ですから、ペニンシュラなんて、とても泊まれません。


 旅行記ではなく、あくまでも酒ネタに絞るので、観光したところは、一気に省きます。

 昼間、途中から徒歩で『百万ドルの夜景』ビクトリアピークに行き、途中から地図がなかったにもかかわらず、勘で進んで辿り着いたとか(夜景は別の機会に見た)、オーストラリア人のジャズライブを見たとか、朝市でカエルの頭をかち割って売ってるのを見た(中国ではカエルを食べる)とか、外国人向け観光パンダバス・ガイドのおじさんが面白いこぢんまりしたツアーに参加して、養蜂工場見学(おじさんは「養蜂」をなぜか「ヨウパチ、ヨウパチ」と、「パ」にアクセントを付けて発音していた)やカンフー・ショーを見たとか、ツアーでなく海洋公園のイルカのショーを見に行ったとか、他にも、全部すっ飛ばします。


 YMCAは、安い割には部屋もまあまあ広く、風呂はなくシャワーのみでしたが、快適でした。

 裕華國貨という、庶民が利用する大きなデパート(スーパーみたいな)が、夜中12時まで営業していて、観光して帰ってきた私たちは、夜、ここで酒でも買って部屋で飲むか、ということにしました。


 見た事もない、手頃な、チリ産の赤ワインを買い、部屋に戻って、いざ飲もうとすると、コルク栓でした。

 部屋には、ビール瓶用の栓抜きこそあったものの、ワイン・オープナーだとかコルク・スクリューみたいなのはありませんでした。

 ワインなど滅多に飲みませんでしたし、コドモだったので、コルク栓だなどとは考えも及ばなかったのです。


 手軽に缶ビールで済ませていれば、こんな悲劇は起こりませんでしたが、アジアのビールって、なんか甘い気がして、あまり好みではなかったので、この日は、ちょっと背伸びしてワインなど選んだのが、そもそも間違いでした。


 栓抜きの代わりになるようなものは、なにもありません。

「瓶、割る?」

 いや、それは、さすがにだめだ!


 友人と散々頭をひねった末に思いついたのは、YMCAの食堂に持って行って、オープナーをその場で借りよう、ということでした。


 英語辞典を引き引き、丁寧な頼み方を探していたと思います。

 作成した英文は、あんまりピンと来ないものでしたが、とにかく、食堂兼ラウンジに向かいました。


 ワインの瓶を剥き出しのままエレベーターに乗り、恥ずかしいので、どうか誰にも会わないよう二人で願っていたのですが、オーストラリア人と思われる白人の貫禄あるおじさんが乗ってきてしまいました。


 おじさんは、びっくりしたように、私と友人、ワインを交互に見ていました。

 遠足に来たコドモがワインをつかんで、ボーッとエレベーターに乗っている、なんとも異様な光景に出くわしてしまったおじさんには、心の中で詫びました。

 そして、どうか何も聞かないでくれ、と願いました。


 日本なら、「未成年は酒飲んじゃいかん!」と怒られるような見た目でしたが、ヨーロッパなどでは、13歳くらいでもワインを飲むと聞いていたので、「未成年だろ!」とは怒られなかったです。

 いや、でも、ただでさえ、日本人はコドモに見えるらしい+遠足のせいで、13歳以下に見られたかも……?

 幸い、そのおじさんは、何も言ってきませんでした。

 何か言いたそうではありましたが、英語も通じそうに見えなかったのかも。


 遅い時間で、ラウンジはやっていませんでしたが、受付に、若い香港人の、親切そうな、にいちゃんがいました。

 いえ、誰もいなかったのを、「Excuse me!」くらいは叫んでたかも知れません。

 そして、そのにいちゃんが来てくれたのかも知れません。


 オープナーを貸してくれるよう、一生懸命、作成した拙い英語で話してみましたが、一向に通じません。

 はなから、「英語を話しているワケがない」と思われているような?

 もう、丁寧な言い方とか、どうでもよくなり、通じればいいやと、ワインの瓶を指差しながら「Open,open!」と言うと、やっとわかってもらえました。


 ですが、にいちゃんも、ビール瓶用の栓抜きを持ってきたのです。

 それじゃない、コルク・スクリューだ! みたいなことを言いたかったのですが、多分、「Open,open!」を繰り返していたかと。


 にいちゃんが気付いて、オープナーを持ってきます。

 ですが、開けるの慣れてないんだか、手間取りながらも、開けてくれました。

 ワインが、ぶくぶくこぼれたのを拭いてから、返してくれました。

 雑でも、文句は言えません。


「Thank you!」

 ああ、やっと、適した英語が言えました。

 広東語で感謝の意味の「多謝!」も、言ってみた気がします。

 すると、なんだか、そっちの方が通じたような顔して、にこにこ笑ってくれました。

 (香港の人は、大抵、愛想が良かったです。役人以外は。)


 後から思いましたが、「Open,open!」じゃ「開けろー、開けろー!」と言っていたようなもので、非常に失礼だったかもと、余計に恥ずかしくなりました。


 それから、エレベーターに乗り込み、今度は栓を開けたワインを剥き出しで持ってるわけですから、なおさら人には会いたくなく、幸い会わずに済んで、無事部屋まで戻れたと思います。


 これで、やっとワインにありつける!

 もう恥は忘れて、友人と笑いながら、初チリワインをグラスに開けました。


 なんだか、茶色っぽい。

 赤ワインだよね、これ?


 飲んでみると、たいして美味しくなく、私の口には合いませんでした。

 あんなに頑張ったのに?(無駄な頑張りでしたが)

 それとも、コドモだから酒の美味しさがわからず、ワインなんか口にするには、百万年早かったのでしょうか?


 私たちには、まだ早かった。

 奥が深いな、ワイン……。

 こうして、私たちは、当分、ワインには手を出さなかったと思います。


 あれから月日が経ち、フランスワイン、イタリアワイン、ドイツワイン……と飲む機会がありましたが、唯一ドイツワインかなぁ、美味し過ぎてワインの先入観を覆されたのは。

 ちゃんと、ソムリエールみたいなおねえさんと相談して試飲させてもらったものは、特別美味しかったけど、店で飲んだり、適当に買ったりすると、どうも美味しいと思えなくて。


 ああ、知り合いのアメリカ人のおねえさんが選んだイタリアワインは、飲みやすかった覚えがあります。

 店によってはソムリエおすすめのワインがあり、これもまたワインの常識を覆す、意外性のある美味しさで。しかも、お手頃価格!

 ワインは、ちゃんとわかってる人に選んでもらったものなら美味しい、という認識でいました。


 一時、ワインを飲むと翌日まで残り、なんとなく二日酔いになるので、ますます、ワインは自分には合わないと思っていたところ、ここ数年で、やっと、合うワインを見付けました。


 国産で、酸化防止剤不使用ワイン。

 なんだか、これが一番、自分には合ってるようで。いくら飲んでも二日酔いにもならないし。(吐くほど飲んだわけではありませんが)

 やはり、私には、安物が合っているのか?(苦笑)

 安いから、しょっちゅう飲んで、飲み慣れただけなのか?


 そして、数ヶ月前に、当時香港で一緒にハズカシイ体験をした友人と他数人で、ワイン専門の居酒屋に行くと、その友人が、懲りもせずにチリワインを頼みました。

 やはり、茶色っぽい赤。

 一口もらったら、まざまざと、香港での記憶が甦り、まずいと思った味まで甦ってしまいました。

 あんな大昔の記憶が、呼び覚まされるとは!


 その友人は、私よりも大人になっていたのか、チリワインをまずいとも言わず、責任持って飲み干しました。

 グラスですが。


 チリワインにも種類があり、物によっては美味しいものもあるそうなので、あくまでも、私の舌が合わなかった、もしくは、美味しいチリワインには、まだ出会っていないということで、ご了承ください。


 香港の話に戻りますが、一週間も滞在していると、旅行で使う程度の英語や広東語は、さらっと出て来るようになりました。

 もう一週間いたら、もっと上達していたかも知れないと思うくらいに。


 香港人には、どうも日本人観光客って、すれ違い様にもわかってしまうようで、「日本人」とか「日本人のガキ」みたく、悪い意味の言葉を呟かれたりしたのも、聞き取れました。(苦笑)

 馴染みがないので、別に腹は立ちませんでした。


 そして、同じ拙い発音でも、英語よりも広東語の方が、現地の人には通じました。

 英語はあちらにとっても外国語だし、日本(外国)訛りの外国語よりも、多少発音悪くても母国語の方が、聞き取りやすかったのかも知れません。

 でも、当時、一応、私は、香港人の友人からは、違和感ないと言わせたくらいだったんです。

 「初めまして」「ありがとう」「さようなら」くらいのものは。

 全部、一言ですけど。(笑)

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