西のタイヤ山の城

雲鳴遊乃実

西のタイヤ山の城

 西の果てにあの城を築いたのも確かキミだったはずだ。何でも出来てしまうキミのことを誰もが羨んでいた。僕はさらにそこに恐れ多さも感じ入る。恐れ多さなんていったって、結局はボクの興味を引き立てたにすぎないけれど。

 それは冒険だった。ゲームの中でしか見たことのないその言葉を使ったことはほとんどなかった。

 蔦の絡まったフェンスを通り抜けて、生い茂った露草をかき分けて、タイヤやフレームが無造作にうち捨てられてできあがった山の奥にその城はあった。すでに夕陽が差し込んでいて、オレンジ色がそのメタリックな表面を焦げ付くくらい撫で回していた。僕の三倍はあっただろう。扉に手をかけてノブを回すと、蝶番が気怠げに呻いた。ちっとも金属らしくない響き方だった。

 春の夜が迫りつつある。気温はむしろ下がってきている。一日強く陽射しに照らされていてはいたものの、城の中には冷たい空気が降りていた。

「すげえ」溜息が漏れた。誰も見ていないのだから、少しくらい過剰になったってお咎めはない。

 お城の一階は広かったし、カーペットまで敷いてある。色合いはさすがに古ぼけてはいるし埃も被ってはいたが、それでも紫色の柄が薄暗い室内にマッチしていた。モンスターの潜んでいるかのようだ。相も変わらず、ボクの頭に浮かぶのはそんな内容だったし、それを恥ずかしがる気持ちもやはりなかった。ボクはキミを尊敬していたんだ。人として、技術者として、遊び人として。

 いつだったか、キミがボクの家に遊びに来たことがあったね。「自転車が急にパンクしたから」って、ぺちゃんこになったタイヤをとぼとぼと転がしてボクの庭にやってきたんだ。ボクよりも母が反応して、ボクの空気入れを勝手に持ってきて勝手に空気を流し込んだ。そのうえ裏ではボクを抓って「ぼさっとするな」と諭してきた。ボクの日常はあのとき小さく崩壊した。というよりも、もともとボクが日常だと思い込んでいた日々はただの人目につかないが故の甘えでしかなかったと気づかされた。キミを前にしたときのボクの母は、普段の何倍も輝いて見えた。突っ込む気さえ起きなかった。

 キミは結局、空気を入れた自転車に乗って大通りまで向かってしまった。ケーキとかっクッキーとかの準備をしている母にお構いなしに。それで母も懲りたのか、もうキミに接触しようとはいわなくなった。キミにとっては、どれもこれも知らない話だろうけどね。

 自動車のフレームと腐りかけの木材を器用に組み合わせたその城に、ボクは入り込み、三階まで上り詰めた。最上階はあと二階先にある。一休みをしたら、すぐ行きたい。と、腰をかけてゆっくりしていたら、膝に何かが触った。覗いてみたら、木枠の隙間から茶色い細長い胴があった。蛇だ。人の住んでいないこの場所にどうして集まってきたのかわからない。木の枝をもってふりまわしてもなかなか動いてくれなくて、しかたないから剣で掻き上げたんだ。蛇はすぐに絡みついて、ボクの腕に迫り来そうだったのをはたき落とした。蛇はすぐに見えなくなった。

 二階へあがるはしごを登って、降り立った場所は埃まみれで、やっぱりキミはいなかったし、痕跡もほとんどなくなっていた。ただひとつ、アルミの壁に掲げられた額だけがキミらしさを残していた。キミだろう、あの月の入った額縁を持ってきたのは。入れる者も決まっていないのに、キミは先に枠だけもってきていたみたいだね。

 ボクは段ボールの剣をその場において、がらくたに手を触れた。どれもこれもひやりと冷たい。新しいもので溢れていると昔から思っていた。更新されなくなった今となっても、気を引いているのには変わらない。

 何を探したわけでもない。何でもよかった。キミがそこにいたということを思い出したかった。見つかったのは、メタリックな人形と貯金箱。

 日が落ちて、夕陽が差し込んで、目の端に何かがきらめいた。近づいて腰を下ろしたら、鍵だとわかった。

 嫌な予感だった。ボクは自分のポケットを漁り、鍵を見つけた。ずっと昔に自分が見つけた遊び場に建てかけてある潰れた一軒家の鍵だ。予備はいくつかあって、そのうちのひとつとキミが一緒に当番をしていた。

 キミはここに鍵を置いていった。それは明白な事実で、キミが引っ越してしまった今となってはさらに別の意味になる。

「またね」と言ったのを覚えている。キミが最後にボクと会ったときに言った言葉だ。まさかそのすぐあとに引っ越しが決まったわけでもあるまい。キミはボクに嘘をついていた。本当のことを言い出せないまま、ボクと遊んで、鍵をこっそり後ろに混ぜた。

 キミは知っていたんだろう。もうこの場所に戻ってはこないであろうことを。

 キミの創った城を出た。夕陽が沈んだ空には星がいくつか煌めいている。もっと田舎にいけばもっと光るのだろう。この街からではダメだ。街の明かりはそれなりに天体観測の邪魔をする。

 ボクが中学生になったのはつい先月のことだ。この場所にも久しく来ていなかった。キミと遊ばなくなったからかもしれないが、それ以前に周りのみんなが草むらに来ようとしなくなった。そういう遊びはするものではないと、誰かが吹き込んだのだろう。いったいだれだか知らないが、ボクの側にもいる気がするんだ。

 キミはボクより三つも年上で、今はもう高校生だ。ボクにとっては大人に等しい。遙かと老い先に思える。むしろ今までよく遊んでくれていたものだ、とそのうち思うようになるかもしれない。

 時間がぐいぐい流れていく。一歩一歩踏み締めるように進んでいた帰り道、川に流れる笹舟を見かけた。岩にぶつかれば砕けそうなほど脆弱で、だけど確かに水の上に浮かんでいた。

 胸に浮いた好奇心が、一瞬騒いで、また沈んだ。

 

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 はじめまして、雲鳴遊乃実と申します。  読み終わった後に前向きになれる作品を書きたい。そう思いながら創作活動を続けています。  内容は一次創作メインで、ジャンルは現代劇からゆるめのファンタジー、ゆ…もっと見る

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