第20章 ただいま 3

「名前は?」


「今村雄介です」


「年は?」


「16です」


「誕生日は?」


「6月12日です」


「うむ」


 雄介と紗子、そして玄は今現在病院にいた。

 奥澤に連絡を取り、雄介の記憶が戻ったことを伝え、病院に向かい、すぐに診察が始まった。

 脳を検査し、そのあとに簡単な筆記テストをし、今は問診中だった。


「確かに戻っているようだ……しかし、目が覚めたら急に戻っていたというのは不思議だ…」


「やっぱり学校に行ったからでしょうか?」


「それもあるでしょう、学校という人の多い空間が脳に何らかの刺激を与え、そのせいで記憶が戻ったのかもしれません」


 雄介の審査結果と睨めっこしながら奥澤は話を進める。


「脳にも異常は見られんし……いたって健康そのものだ。もう心配はないと思いますよ」


「そうですか、よかった……」


「雄介君。もう無茶はしないでくれよ、君の置かれた状況では仕方がなかったのかもしれないが……もう、あの薬は使ってはいけないよ……」


「はい、ご心配をおかけして申し訳ありません」


「わかればよろしい、まずは体を休めることだ……」


 なぜか奥澤は雄介を見ながら苦笑いをしている。

 自分の顔に何かついているのだろうか?

 そんなことを考えた雄介だったが、そうではなかった。


「君の体……なんでか知らないけど、随分疲れがたまっているようだけど……何かあったの? 脳より私はそっちが心配だよ……」


「あぁ……それは……」


 家では最近スキンシップが前にも増して激しくなってきた里奈の相手をし、昨日の学校では久しぶりのクラスのテンションや、岩崎の相手で知らず知らずのうちにストレスを貯めてしまったらしい。


「昨日久しぶりに体を動かして、バッティングセンターなんかに行ったからかもしれません……」


「それなら良いのだが……」


 雄介は言えなかった、家では姉のスキンシップに付き合い疲れが溜まり、学校ではクラスの空気が異常に高くて疲れが溜まっているなんて…。

 恐らく言っても信じてもらえないだろうし、それどころか少し痛い人だと思われてしまうかもしれない。


「じゃあ、次なんだが、拒絶反応についてはどうだい?」


「それはまだ何も試していません。記憶が無い間は女性に触っても大丈夫だったんですが、今考える吐き気が……」


「それはあまり外では言わん方が良いと私は思うよ。っていうか君結構辛辣だね……」


 雄介の反応に、奥澤は苦笑いで答える。


「まぁ、試してみないとわからない事もある、ちょっと待ってなさい」


 奥澤は立ち上が診察室を出てどこかに行ってしまった。

 数分ほどして奥澤は直ぐに戻って来た。

 何をしに行ったのか、不思議に思っていると後から若い看護師が入ってきた。


「実際に試してみないとわからないからね、彼女は今年入った看護師で年も割と近い、彼女には訳も話してあるから、試してみよう」


「すいません、よろしくお願いします」


「いえいえ、仕事ですから。大丈夫ですよ」


 笑顔で答える新人看護師さん。

 とりあえず、まずは手を握ってみようと言う事になり、看護師さんは雄介に手を差し出してくる。


「じゃ、じゃあ……行きます」


 紗子や玄、奥澤までもが注目する中、雄介は自分の手をゆっくりと若い看護師の手に近づけていく。

 そんな緊迫した状況に、若い看護師は何事かと思い、その場でキョロキョロし始める。


「え、なんですか……この空気……」


 そんな空気の中、雄介の手が若い看護師の手に触れる。


「う……」


 少し触れただけで、雄介は吐き気を感じた。

 若い看護師は急に餌付いた雄介を見て「え! 私何かしました?」と焦り始める。

 そこで雄介は手を引っ込め、荒くさせた息を整える。

 若い看護師は、自分が何かしてしまったのではないかと不安になっていた。


「あぁ、大丈夫。君のせいではないから。前よりひどくなっている気がするね……」


「ま、前はこれぐらいでは……ここまで酷くならなかったのに……」


「うーむ、やはり過去のトラウマが原因なのかな?」


「でも、俺はあの女……滝沢には触られても平気でした。一番拒絶反応を起こしてもおかしくない相手なのに……」


「それは本当かい? ……もしかしたら、あの薬と関係があるのかもしれないな……」


 バスで再会した時と屋上で戦った時、雄介は何度も滝沢と接触したが、吐き気もなく、体に異常も感じなかった。

 なぜ滝沢にだけは拒絶反応が出ないのか、雄介が拒絶反応を起こさない女性は、長く付き合いがある女性だけだった。しかも、それでも家族のように毎日一緒にいるような関係でなければ、普通に接することはできない。

 凛とは少し長い付き合いということもあり、多少の事なら拒絶反応を起こさない。

 しかし、長い間密着したり、長時間手を繋いでいると、やはり拒絶反応はじわじわと出てきてしまう。


「しかし、なぜ記憶がない間は拒絶反応が出なかったのだろう、私はてっきり過去のトラウマからきている症状だとばかり思っていたが……」


「私と最初に会った時も、雄介は気分を悪くして倒れたわよね?」


「はい、やはり女性に慣れると、大丈夫なようで……」


「こっちの方は、まだ完治とはいかないようだね、あぁ君ありがとう。仕事に戻ってくれ」


「は、はぁ……」


 若い看護師は複雑そうな表情で診察室を後にしていった。

 初対面で失礼な事をしてしまったと雄介は罪悪感を感じていた。


「でも、とりあえずは雄介に異常がなかったんだ。今はそれで十分ですよ」


「そうですね、お父さんのいう通りです。今は記憶が戻ったことを喜ぶべきです」


「そうね、やっと帰って来たんだものね……」


 記憶がなかった間の数週間、雄介はなんだか第三者の目線で自分の生活を見ている感覚だった。

 そんな経験からか、今まで見えなかったものが見え、自分がどれだけの人間に支えられ、どれだけの人に迷惑をかけてしまったのかを知った。

 慎の泣いているところを見るのは久しぶりで、石崎が自分の事をどれだけ見ていたのかを知り、クラスメイトの温かさを知った。

 巻き込んだ責任を何らかの形で取りたいと、雄介は考えていた。

 しかし、一番考えなくてはいけない問題を雄介はこの時、すっかり忘れていた。

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