第19章 クラスメイトと雄介 7

「なんだか、少し疲れたよ」


「退院してからもあんまり体動かしてなかったんだろ? 明日は筋肉痛だろうな」


「うん、もう既に二の腕が痛いよ」


「まぁ、あれだけ打てばな」


 雄介は今まで動きたくて動けなかった筋肉をフルに使って、向かってくる球を打ちまくった。

 一回200円で24回打てるマシーンに1000円を投入し、100球以上の球を打ち返していた。


「なんであんな打ったんだ? そんなに野球好きなのか?」


「いや、違うよ……何か思い出せるかなって……」


 よく慎と一緒に来ていたというこのバッティングセンターで、雄介は何か思い出せるのではないかと思い、とりあえずひたすらバッティングをしてみた。

 しかし、何も思い出せず、ただ疲れただけという状態だった。


「そうか……あんまり無理はするなよ」


「うん、大丈夫だよ」


「そんな、焦って記憶を戻そうとしなくてもいいんだぞ……」


「わかってるよ、でも僕は知りたいんだ。自分の事を……」


 雄介は優しい顔で慎に言う。

 そんな雄介を横目で見ながら、慎はため息を一つ吐いた。


「……思い出さない方が良いことだってある」


「え………」


「なんでもねーよ、ほら優子が呼んでるぞ」


 慎がいう通り、優子がなぜか今にも泣きそうな顔をで雄介を呼んでいた。


「雄介~、当たらないよぉ~」


「行ってきてやれよ」


「そうするよ」


 雄介は先ほどまでの優子のバッティングを思い出し、慎に言われたように、加山に打ち方の指導に向かう。


「本当に仲が良いのね」


「ん、まぁな……」


「記憶が亡くなったにも関わらず、今村君はこの5人の中で既に貴方に心を開いているわ。それはなんでかしら」


 雄介と入れ替わりで、沙月が慎の元にやってくる。

 慎は沙月の質問に笑みを浮かべながら答えていく。


「俺とあいつはの間には、記憶がなくなっても消えな物があるからな……」


「随分とロマンチックなことを言うのね、大体予想はつくけど、それは一体何かしら?」


「見当ついてんなら聞くなよ」


「一応の確認よ、もしも愛とか言われたら、私は明日からの貴方たちとの接し方を変える準備をしなくちゃいけないし」


「安心しろ、愛ではない」


 慎は呆れた顔で沙月に言う。

 これ以上変な誤解を与えても面倒だと思い、ため息を一つ吐いて、答えを言う。


「あんまりこういう恥ずかしいことは言いたくないんだが……絆ってやつだよ」


「そう……私たちと似てるわね……」


「加山と太刀川か? お前らも仲良いよな?」


「まぁ、貴方たち二人と似たような感じよ。私は絶対に優子を裏切らない……」


「ふーん、美しい友情だな~」


「あなたに言われたくないわ、知ってた? 貴方たち、一部の女子の間ではホモ疑惑が出てたのよ?」


「知ってるよ。そのおかげで告白される回数は減ったし、正直その噂を利用してたからな」


 慎は自販機で買った飲み物を飲みながら沙月に話す。


「優子の一番のライバルは貴方なのかしら?」


「あほか、そんな訳ないだろ」


「そう、なら良いのだけど……」


 沙月はそう言いながら、雄介と優子の方を見る。

 雄介が優子の手を取りながら指導をしている。

 記憶を失う雄介からは、絶対に考えられない行動だったが、記憶のない今なら不思議ではない。

 雄介から手を握られ顔を赤くする優子。そんな様子に一切気が付かず、熱心に指導を続ける雄介。


「妹には悪いが、あぁ言うあいつら見てると、意外とお似合いかもって思えちまうんだよな……」


「そうね……あんまり本人の前では言わないけど、優子は……」


「言うなよ。もし雄介が聞いたら……」


「そうね……」


 そんな二人の会話など雄介はつゆ知らず、優子への指導をしていた。

 少し時間がすぎ、そろそろ暗くなってきたということもあり、その日は解散となった。

 雄介は途中まで慎と共に帰宅し、その後は一人で家に帰宅した。


「ただいま」


「ユウ君! 一体どこに行っていたんですか!!」


 帰宅した雄介を待っていたのは、玄関先で仁王立ちをする里奈だった。


「す、すいません……遅くなりまして……」


「そうだよ! ユウ君はまっすぐ家に帰って、私のおもちゃ……もとい、相手をしなくてはなりません!!」


「は、はぁ……?」


 里奈の無茶苦茶な言い分と、気になる一言に困惑する雄介。

 そんな雄介に里奈は抱き着いてくる。


「まったく、病み上がりなんだから大人しくしてなきゃ駄目よ」


「すいません、心配させたみたいで……」


「全くだよ! という訳で、今日はお姉ちゃんと一緒にお風呂に…ぎゃ!」


 雄介に抱きついて離れない里奈の頭をエプロン姿の紗子がお玉で叩く。

 里奈は頭を押さえながら涙目でその場にかがみこんでしまった。


「お母さん! 何するの!」


「あんたが雄介を困らせるような、ブラコン発言するからよ。少しは自重しなさい!」


「ぶー、仕方ない、今日は一緒に寝るだけで我慢するか……」


「我慢になってないのよ…」


 娘のブラコン加減の激しさに頭を抱える紗子。

 騒がしい玄関先が気になったのか、玄がリビングから顔を出して玄関の様子を見にやってきた。


「どうかしたのかい?」


「貴方……私たちの娘が、度し難い変態になりつつあるわ……」


「? 何があったの?」


 苦笑いを浮かべながら、玄は雄介に事の全貌を聞く。


「ははは、相変わらず、我が家は騒がしいな……こんなところでいつまでも揉めてないで、とりあえずリビングで話そうよ」


「そうね……寒くなってきたし……」


「ユウ君、お姉ちゃんの事、あっためてくれる?」


「あ、あのう……」


「いい加減になさい」


「あう……」


 またしてもお玉で頭を叩かれる里奈。

 そんな里奈をよそに、雄介は思う。


(ここは、本当に俺が帰ってくる場所なんだな……)


 家で帰りを待つ母が居て、少しスキンシップの激しい姉がいて、優しい父親がいる。

 雄介はこの空間の居心地が良いと感じていたが、それを否定するかの用に、またしても胸が痛み始める。

 誰かに気遣われる度に、優しくされる度に、ひどく胸は痛んだ。


(……記憶が戻ったら、どんな気持ちになるんだろうな…)


 諭介はそんなことを考えながら、温かいリビングに入っていく。

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