第18章 石崎の過去 2

「ここか……」


 俺は校長から教えられた家の前に来ていた。

 普通の一軒家であり、学校からも遠い訳ではないし、近い訳でもない、本当に普通の家だった。


「えっと……インターホンは……」


「あの…うちに何か御用でしょうか?」


 チャイムを鳴らそうとしていた俺に、後ろの方から声がかかる。

 振り向くと、そこには買い物袋を持った少年が一人立っていた。


「あ、すいません。私、晴海高校から来た石崎という者なんですが……」


「あ、話は聞いてます。自分が今村雄介です。どうぞ中へ」


「お邪魔します」


 第一印象で、俺はこの今村雄介と言う少年を見て、歳の割にはしっかりとしている子だと感じていた。

 若干の笑顔と、明るい口調で初対面の俺に不快感を与えないように努めており、家に上がる際は、しっかりスリッパを差し出してくれた。


「すいません、買い物に行っていたもので、そこの椅子でお待ち下さい。今お茶をお出しします」


「あ、いえお構いなく」


 なんだか大人と話している気分だった。

 対応がしっかりしており、気を使って軽い雑談も居れつつ、俺が居やすいように努めていた。


「どうぞ、コーヒーで良かったでしょうか?」


「あ、すいません。いただきます」


 俺は出されたコーヒーを一口飲み、話を始めようとするが、一つ気になった事を尋ねる事にした。


「あの、親御さんは……」


「あぁ、両親は二人とも仕事でして……それに、自分が居れば大丈夫だと思いますし」


 確かに、雄介の言う通りではあるが、こういう話は親御さんも交えてするものではないのだろうか? 

 しかし、居ないのなら仕方が無いので、俺は話を続ける。


「じゃあ、さっそくだけど、君の事を聞きたいんだ。一応春から入学する生徒の事は、知っておきたいからね」


 いつも不愛想だと言われる俺だが、一応愛想よくしたつもりで彼に言う。

 デリケートな話だろうから、俺はいつもより言葉を慎重に選んで話さなければいけない。


「あぁ、良いですよ。自分は……」


 雄介は自分の過去を俺に話し始めた。

 目の前で父と母を殺され、人体実験に利用され、姉を殺され。聞いているだけで、背筋がゾッとした。

 この子はもう一生分の不幸を味わったのではないだろうか?

 そんな事を考えつつも気になる事が一つあった。

 雄介の言葉からは気持ちが感じられなかった。

 ただ話をしているだけ、録音テープを聞いているような、そんな感じがした。


「まぁ……こんな感じです。あまり人に言った事が無いのですが、すべて事実です」


「……そ、そうなのか…」


 話を聞き終えた俺は、どのようなリアクションを取れば良いのか、わからなかった。

 言葉を間違えれば、彼を傷つけてしまうかもしれない、それは避けたかった。

 俺は頭で言葉を考えるが、なんと言って良いか、言葉が思いつかない。


「そんなに考えなくても、素直に言って良いですよ。もう慣れましたから」


 笑顔で話す雄介に、俺は疑問を浮かべる。

 なぜこの子は、こんなにも平然としていられるのか、なぜ普通にしていられるのか。

 いくら時が立っているとはいえ、犯人はいまだに逃亡中だ。

 仇を打ちたいと思ったり、心を閉ざしたりしても不思議ではない。

 なのに、なぜこの子はこんなにも普通でいられるのだろうか……。


「君は……犯人を恨んでいないのかい?」


「恨んでますよ……家族を殺されて、体を弄繰り回されて、俺はもう人間じゃない……化け物ですよ」


「そんな事は……」


「先生!」


 俺は彼の声に、言葉を遮られる。

 彼は台所から包丁を持ってきて、腕首に当てた。 

 当然俺は驚き、咄嗟に声を上げた。


「何を! バカな真似は!」


 俺はとっさに立ち上がり、止めようとしたが、彼は躊躇無く、自分の手首を切った。

 手首から血があふれ出す。

 しかし、不思議な事に血は直ぐに止まった。


「な、なんで……」


「切り口が一瞬で消えたか……ですよね?」


 俺の疑問を彼が代わりに言った。

 彼の言う通り、切り傷はほんの1、2秒で塞がり、切ったところには後すら残っていなかった。


「これが、俺なんです……」


「……」


 俺は驚きで声が出なかった。

 そんな俺を見て、彼は笑みを浮かべながら続けた。


「自分は正直、進学する気がありませんでした……」


「…どうしてだい?」


「こんな化け物と、先生は学校生活を送りたいですか?」


「そ、それは……」


「俺は回復能力だけじゃない、身体能力も高くなっています。おそらく、弾丸を受けても生きているでしょう……そんな生き物を人間とは呼びません……」


「じゃあ、どうして試験を?」


 そこまで気にしていながら、なぜうちの高校を受けたのか、俺はそれを尋ねた。


「俺を拾ってくれた人が言ったんです……あなたは人間、だから年相応に学校に行きなさい! って……」


「だから……受験を?」


「はい、なるべくその人には心配を掛けたくないので……」


 俺は彼の過去の重さと、今の彼の状態を甘く見ていた事に気が付いた。

 そして離しているうちに、俺は校長の言っていた言葉の意味を理解した。


「……確かに、似てるかもな…」


 昔の俺を鏡で映し出して見ているかのように、彼はそっくりだった。

 俺も彼女が死んだ後、周りには大丈夫な風を装い、一人で家で泣いていたあの頃に……。

 俺はそれを思い出し、彼に言葉を掛ける。


「君、無理してるだろ?」


「え……」


 言われた彼はとっさの言葉に目を丸くしていた。

 自分も彼と同じだった、他人には自分がもう気にしていない風を装い、一人になったら自分を責め続ける。そんな過去の自分に……。


「他人にはそうやって、笑って心配を掛けまいとして……本当は一人で自分を責め続けているんじゃないかい?」


「……」


 彼は何も答えなかった。

 彼は俯き気味に何かを考えている様子で、俺の話を聞いていた。


「俺も……そうだった……」


「え……」


「俺には、七年前に結婚間近の恋人がいた。まぁ、事故で死んだんだが……」


 俺は彼に自分の過去を話し始めた。

 話していてもよく分かった。

 彼は昔の自分に似ている。

 何度も自殺を考え、何度も自分を責め続け、それを隠すために、周囲には笑顔でいた自分に……。

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