第17章 帰宅と登校6

 玄関に向かうと、そこに居たのはなんと織姫だった。

 雄介は織姫の顔を見るなり驚きの表情を浮かべ、頬を赤くする。


「い、いらっしゃ……」


「お、お邪魔します……」


 二人とも挨拶を交わした後は一言も言葉を発さない、気まずい空気だけが玄関先に流れていた。

 そんな空気をぶち壊したのは、あとからやってきた徹だった、何やらウキウキした様子で二人の元にやってくる徹、雄介はそんな徹を見て話がややこしくなりそうだと思い、その場を後にしようとするが、徹に肩を掴まれて逃げ場を失ってしまった。


「おぉ、織姫来たか!」


「お父様が早すぎなのです。朝から張り切って色々成されていたようですが……」


「うむ、一流のシェフをよんだり色々していたからな! 朝は5時から動いていた!」


(朝からやってたのかよ……)


 雄介は徹と織姫の会話を聞きながら内心そう思っていた。

 張り切っていてくれた事はうれしいが、あまり張り切られてもい困ってしまう。


「未来の我が息子の為だ、私は手を抜かん!」


 思いっきり二人が気にしている事を高らかに宣言する徹。

 そんな徹の言葉に、雄介と織姫は顔を真っ赤にして下を向く。

 空気が更に気まずくなったにも関わらず、徹は言葉を止めずに続ける。


「織姫も最近は雄介君の写真をみてため息ばかりついていたではないか」


「わぁぁぁ!! お父様! な、なな何を仰っているんですか!!」


 織姫は更に顔を真っ赤にし徹に向かって叫ぶ。

 雄介もそんな事をされていた事を暴露され、恥ずかしくなり、織姫の顔を見れない。


「何を言っている? 昨日などそのままベッドの上で……」


「わぁぁぁあぁぁ!! お父様! 大事なお話がございます!! 少し外に行きましょう!!」


「お、織姫何をする。私はまだ準備が…」


「良いですから! お早く!」


 そう言って徹と織姫は再び外に出て行った。

 残された雄介は顔を真っ赤にしたまま、その場に立ち尽くしていた。


(ベッドで何をしたんだよ……)


そこまで言われたら、若干何をしていたのか気になる雄介。

 そんな雄介の元に慎がやってきて、雄介に声を掛ける。


「あの子と病院で何かあったろ?」


「え! い、いや…何もないよ」


「嘘つけ、顔真っ赤だぜ」


「あ……」


 雄介は慎に言われ自分の顔が熱くなっている事に気が付く。

 慎はニヤニヤと笑いながら、雄介の肩を叩いてからかい始める。


「で~、なにがあったんだ、雄介君」


「い、いや……ちょっと……」


「ちょっと~?」


 慎は雄介をからかう事を止めない。

 雄介は言うしかないと思い、慎に病室で織姫から言われた事を打ち明けた。


「……おぉ、あの子ってそんな積極的なのか」


「いや、でも俺は記憶も無いし……」


「まぁ、お前の判断は正しいよ。記憶が無い内は答えを出せないしな……」


「うん」


「でも、あの子の気持ちは分かってやれよ。俺は詳しく知らないが、きっとお前を好きな理由があるんだろうし」


 そういう慎の表情はまじめだった。

 ただ単にからかうだけじゃなく、真面目なアドバイスをくれる慎に雄介は感心する。

 親友だったという話だけを聞かされてもいまいちピンとこなかった雄介だったが、病室で見せた慎の涙と、今の様子から、少しだが実感が持て始めていた。

 そんな事をしていると、またしてもチャイムが鳴った。


「また誰か来たな」


「今度は誰だろ」


 雄介は玄関のドアを開け、尋ねて来た人物を確認する。


「来たわよ今村君」


「あ、えっと……沙月さん!」


「忘れかけてたわね」


「すいません」


 鋭い沙月の指摘に、雄介は頭を下げる。

 

「ま、別に良いけど…それより聞きたい事があるのよ」


「聞きたい事ですか?」


「えぇ。ほら、何やってるのこっち来なさい」


 そう言って沙月はドアの陰から誰かを引っ張り出そうとしていた。

 ドアの陰に隠れ、雄介からは見えない。


「や、やめてって~、勘弁してよ~」


「なに言ってるの! ちゃんと姿を見せなさい!」


「あぁ……う……うぅ…」


 ドアの陰から引っ張り出されたのは優子だった。

 雄介は優子の姿を見るなり、ドキッとしてしまい、またしても顔を赤くする。

 病室で雄介は優子にキスをされ、妙に意識してしまっていた。


「い、いらっしゃい……」


「お、お邪魔します……」


 先ほどの織姫のように、顔を真っ赤にして俯く優子。

 雄介も優子の顔を見ることが出来ず、下を向いて俯いている。

 そんな雄介を見て、沙月は無表情のまま、爆弾を投下する。


「で、優子が今村君にキスをした件だけど……」


「イヤァァァァァァァァ!! なんで言葉に出して言うのぉ~」


 優子が真っ赤だった顔を更に真っ赤にして、沙月に抗議する。

 しかし、沙月は表情を変えることなく続ける。

 慎は、驚いた後に直ぐに笑顔をになり、またしても悪戯っぽい笑みを浮かべながら沙月の話に聞き入っていた。


「まぁ、この子が今村君に会えて舞い上がっていた事もあって、思わずチュッとやっちゃった件だけど、貴方は別に嫌では無かったでしょ?」


「えっと……まぁ……」


「良かったわね優子。嫌じゃなかったって」


「沙月! 何これ、罰ゲーム!? 私はもう消えてなくなりたいよ!」


「あんた結構積極的だったくせに、ほっぺにチュウでどんだけ意識してんのよ」


「だって私、結構勇気出して……」


 雄介はそんな二人の会話を聞きながら、ただただ立ち尽くしていた。

 一刻も早くこの場から立ち去りたいと思ったが、慎に肩を掴まれたままなのでそうもいかない。

 慎はニヤニヤとまたしても笑みを浮かべながら雄介に問う。


「おーい、雄介く~ん。今度はキスがなんだって?」


 楽しそうに言う慎に、雄介は苦い表情で事情を説明する。

 その間優子は顔を抑えてかがんでいた。


「ははは! 流石だな加山! やっぱり一番先を行ってるわ」


「そりゃあ、私の子だもの」


「沙月、何時から私の親に……」


とりあえず玄関先では邪魔になるだろうと、全員でリビングに移動する。

 既にリビングはパンパンだった、多くの人間で部屋の中は埋め尽くされ、会話に華を咲かせている。


「いやいや全員集まったかな?」


 雄介達がリビングに入ってきた後、徹が織姫と倉前と共にリビングに戻ってきた。


「良し! それでは今から雄介君の快気祝いを始めようじゃないか!」


 徹が高らかに宣言し、食事は始まる。

 皆、雄介を知っていて、心配をしていたから、この会に参加している。

 しかし、今の雄介はこの会に居る人たちとの思い出を一つも覚えていない。

 雄介は心の中で思う。

 自分はこれだけの人間に愛されている人間だったのか、本当にそんな良い人間だったのかと……。

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