ごたごた短編集

青切

過去の作品(2023/09/18以前)

恋人たち(恋愛の話)

僕の彼女のロケットパンチ

 平屋建ての細長い貸家に、彼女とふたりで住んでいる。


 いなかなので、まわりは田畑と山ばかりであった。

 ほかにもよい物件はあったのだが、大家からとなりの倉庫を使っていいと言われたので、いまの家を借りることにした。


 僕は、倉庫の西側に水槽を並べ、ザリガニを飼育していた。

 対して、彼女は、東側に鉢を並べ、睡蓮を育てていた。


 僕と彼女は、異なった環境で生まれ育ち、異なった趣味嗜好を持っている。

 しかし、けんかにはならない。

 なぜなら、たいてい、僕が一方的に不満をぶちまけて終わるからである。

 彼女は目に涙をためながら、嵐が過ぎるのを待つだけだった。


 しかし、彼女も人間である。

 彼女のストレスは、毎回、部屋から見える名もない山に向けられていた。

 仕事から帰ると、いつもはリビングのソファで寝ている彼女がいない日がある。

 そういうときに、彼女の代わりにソファへ坐り、窓から山をながめると、砲撃を受けたような穴が山にあいている。

 その光景を見るたびに僕は、もう少し彼女に優しくしようと思うのだった。

 自分でいれたまずいコーヒーを飲みながら。


 彼女はたいてい、山に穴をあけた数週間後に帰ってくる。

 帰ってきた日は、ソファーで寝ている彼女の左腕を人差し指で小突いてみる。

 皮膚の下から、コンコンと軽い金属音がする。

 続いて、腕に耳をあて、かすかに聞こえるモーター音を聞きながら、僕も眠りにつくのだった。


 ある日、家に帰ると、山の中腹に、いままで見たことのない大穴があいていた。

 そんなにひどいことをしたかなと、最近のやりとりを思い返していると、こういう場合にはめずらしく、彼女から電話がかかってきた。

「いま、家ですか」

「はい。そうですよ」

「聞いて。聞いて。赤ちゃんができたみたいなの。本当よ。しばらくしたら戻るから、一緒にお祝いしましょうね」

 なるほど、とても嬉しいときでも、穴があくのか。

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