大森林のエルフ編 第10話

 「そうか。そういう事情で君はこの大森林にやってきたんだな」



 ようやく納得できたというようにシェズは頷き、雷砂はそんな彼女を見ながら思わず苦笑した。

 やはり自分のような年齢の子供がここに来るのは、おかしいことらしい。



 「しかし、己を鍛えるために龍の峰の龍神族を訪ねるとは、なんともスケールの大きな話だな」



 感心したような声音に、そんなもんかな?と雷砂は首を傾げる。



 「そうかな?オレはただ、知り合いの龍神族にすすめられたから来てみただけなんだけど……」


 「……龍神族が知り合いにいるという事がまず、ものすごいことだと思うんだが」


 「そう?あんまりそういうすごい一族の人って印象は無いんだけどなぁ」



 イルサーダの整った顔を思い出しながら雷砂は答える。

 そのせいなのかは分からないが、遠い旅空の下で、



 「……くしゅっ」


 「あら、団長。風邪でもひいた?」


 「いえ。別に体調は悪くないんですが……誰かが私の噂話でもしてるんでしょうかねぇ?」



 そんなやりとりがあったのだが、雷砂はもちろん知りようが無いことだ。



 「……まあ、いい。で、雷砂は大森林を抜けて龍の峰を目指すための案内役を探してるんだな?」


 「うん、そう。シェズ、誰かそういうことをしてくれる人、しらない?」


 「知らないか、と言われてもな」


 「あ、知らないならいいんだよ?大雑把な地図はあるし、元々自分一人でどうにかしようと思ってたんだし」


 「大雑把?どんな地図なんだ??」


 「ああ、うん。これ」



 言いながら、雷砂は荷物の中からイルサーダが持たせてくれた地図を取り出してシェズに見せた。



 「……これは、あれだな。もはや地図とはいえないレベルだ」


 「やっぱり?」



 シェズの言葉に、そんな気はしてたんだよね、と雷砂があっさり頷く。

 落胆はない。

 そもそも、嬉々として差し出されたこの地図を受け取った瞬間から、あまり役に立ちそうにないなぁ、とは思っていたのだ。

 が、かといってそれに代わる地図などなく、まあ、なんとかなるだろう、とその地図を片手に大森林に挑んだ訳なのだが。



 「誰がこんな適当な地図を用意したんだ?子供の落書きレベルだろう?これは」


 「これ?さっき話した知り合いの龍神族の人が書いてくれたんだ」


 「……」



 文句を言っていたシェズだが、雷砂の言葉で一瞬固まる。

 龍神族にほのかな憧れがある彼女は、何とも言えな顔で雷砂を見た。



 「えっと、一生懸命書いてくれたみたいなんだけど、その人も龍の峰の出入りは飛んでいくから、正直大森林は上から見下ろした事しかないみたいでさ」


 「そっ、そうか。そ、それなら仕方ないかもしれない。よ、よーく見てみれば、大きな特徴はちゃんと書かれてる……ような……気が、しない……でも……」


 「……いいんだよ?無理に褒めなくても。大雑把な地図なのは確かだしね」



 シェズは地図の良いところ探しをなんとかしようとしたが、その言葉はだんだんと尻すぼみになり。

 しょんぼりした彼女を慰めるように、雷砂はそっとその肩に手を乗せた。

 さて、その頃。



 「……へくちっ」


 「……やっぱり風邪じゃない?馬車の中で寝てたら?」


 「いえ、これはきっと雷砂が一人旅の寂しさに、私の事を考えているせいに違いありません。ああ見えて、雷砂は寂しがり屋さんですからねぇ」


 「ちょっと団長、熱で脳味噌が溶けちゃった?雷砂が寂しがりなのは私もよ~く知ってるけど、そんな時に団長なんかを思い浮かべる訳ないでしょう?雷砂が想うなら、私のことに決まってるもの」


 「……言いますねぇ、セイラ。貴方には優しさってものがないんですか?」


 「優しさ?団長に関してはさっきと今と、風邪の心配をしてあげただけで打ち止めよ。雷砂にだったら、いくらでも優しくしてあげるんだけど、ね」



 遠い遠い空の下、そんなやりとりがあったことなど、やっぱり雷砂には知りようがなく。



 「……まあ、悪い人じゃないんだけどね、イルサーダも」



 そんな風にぽつりと呟きつつ、なんだか落ち込んでしまったシェズを慰める。

 そうしながら、思い出すのは愛しい人の面影だ。



 (セイラ、元気にしてるかなぁ)



 イルサーダを思い出したことから芋づる的に、大切な人の顔を思い出し、彼女が側にいないことを少し寂しく思いながら、口元に優しい笑みを浮かべる。

 その後も、次から次へと自己主張をする大事な人達が頭にぽんぽん浮かんできて、結果、寂しがってる余裕などなくなり。

 ようやく復活したシェズに、



 「雷砂?」


 「ん?」


 「なんだか、妙に楽しそうだな?」



 と、不思議そうに首を傾げられる。

 そんな彼女に、何でもないよ、と返した時には、心に浮かんだ寂しさはもうすっかりどこかへ行ってしまったのだった。

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