水魔の村編 第32話
ふらふらと身体を揺らしながら、意味を成さないことをぶつぶつとつぶやく村長の様子は明らかにおかしかった。
目は血走り、そこに理性の色はない。あるのは狂気と欲望だけ。
飛びかかってきた村長を剣でいなしながら、
村長の精神は、恐らく濃い魔素の影響を受けて異常をきたしている。
それがいつからかは分からないが、恐らくアスランの両親を陥れる事件が発生した頃から影響は出ていたのでは無いかと思われた。
彼の状態は末期に近い。
何かきっかけがあれば、魔鬼に転じてもおかしくないくらいに。
だが、まだ魔鬼にはなっていない。多分。
狂った色を宿してはいるが、彼の瞳はまだ人のものだった。
(まだ、間に合うかもしれないな)
そんなことを思いながら、雷砂は村長のでたらめな攻撃を紙一重で避けていく。
村長の身体に傷を付けないように気をつけながら、雷砂は以前イルサーダから教えて貰った事を、思い出していた。
「聖属性?オレの力が?」
「そうですよ?よく考えてみて下さい。あなたにその力を与えたのが誰なのか」
イルサーダに言われて、雷砂は脳裏に夢の中でしか会ったことのない青年の顔を思い浮かべる。
イルサーダが探し求め、雷砂が救わねばならない存在、守護聖龍。
彼がそうなのだとは、今だに信じきれないでいるが、イルサーダがわざわざ嘘をついているとも思えない。
雷砂を騙したところで、イルサーダが得することなど何もないだろうから。
それに、薄々感じてもいた。
自分は他の、普通の人とは何か違うものだ、と。幼い頃からずっと。何となく。
この力を与えてくれたのが守護聖龍という神にも等しい存在なのだと言うことは、イルサーダから説明されてはいる。
だが、あまり実感は無いのだ。
自分がそんな尊い存在から守護されているなどと、考えるのはおこがましいと思う。
物心が付き、自分の他人と違う力を自覚してからずっと、自分はどちらかと言えば忌み子の類だと思っていた。
だから、今更与えられた力が祝福なのだと告げられても、いまいちぴんと来ないのだろうと思う。
イルサーダが嘘をついていると思っている訳ではなく、これは自分自身の問題だ。
すばらしい力なのだと、言葉を連ねて説明されても、どうしても納得しきれない。
その思いは、きっと夢の中の青年を助け出し、守護聖龍だという彼の口からきちんと説明されるまで、薄れる事は無いのかもしれない。
納得しきれないといった感じの表情をしている雷砂を見ながら、イルサーダは苦笑する。
良くも悪くも、守護聖龍の愛し子は頑固だった。
だが、そんな一面もイルサーダは雷砂の好ましい所だと思ってはいたが。
「あなたは守護聖龍の力を与えられているのですから。その力の属性は聖なるものに決まってるでしょう?」
言いながら、イルサーダは雷砂の頬をそっと撫でる。
頑固で愛おしい人の子の、納得いかない心を宥めるように。
「私の言葉を信じきれない気持ちも分かります。でも、自分の力が魔を浄化する性質を持っていることは覚えておくと良いでしょう。きっと役に立つ時がきます」
そう言って、イルサーダは魔を滅するのではなく、浄化する方法を教えてくれた。
あなたの力には、並大抵の聖職者では叶わないくらいの浄化力があるんですからねと、そんな風に言いながら。
雷砂は、そんなイルサーダとのやりとりを思い出しながら、村長を見つめる。
彼は確かに悪いことをした。
だが、魔鬼にさえ落ちていなければ、浄化できる可能性は残っている。
罪は償うべきだ。
人として、己のやってしまったことをきちんと見つめた上で。
村長の身体と精神をむしばむ魔素を浄化しようと決めた上で、雷砂はさてどうしようかと考える。
イルサーダから、簡単なやり方は教わっている。
だが、実践するのは初めてだから、勝手がよく分からなかった。
とはいえ、とにかくやってみるしかない。
雷砂は右手に持っていた剣を消して、無造作に正気を失った男へと近づいた。
条件反射の様に襲いかかってきた相手の腕を掴んで投げ飛ばし、仰向けに転がった男の額へ手の平を押し当てた。
手の平に己の力を集めるイメージをする。
触れ合った場所が白く発光し、その光は徐々に村長の身体を覆い尽くしていった。
村長は、最初こそ暴れていたが、光が強くなるにつれ、その動きも弱くなっていく。
雷砂は仕上げとばかりに、イルサーダから言われたままの言葉をつぶやくように口にした。
「浄化の光よ」
それは魔法の呪文ではなく、ただの言葉だ。
だが、その言葉が鍵となり、村長を包む光が強く発光した。
次いで静寂。
光が収まった後には、地面に寝ころんだまま、穏やかに目を閉じる村長の姿があった。
その様子が余りに静かなので、思わず胸の辺りを確認してしまう。
だが、心配する必要もなく、彼の胸は呼吸にあわせてかすかに上下していた。
雷砂はほっと息をつき、村長の額から手を離した。
これで、村長を狂わせていた魔素は取り除けた筈だった。だが、彼が目を覚ますまではやはり何とも言えない。
雷砂は緊張感を保ったまま、村長が目を開けるのを待った。
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