水魔の村編 第2話

 最初に見えた獣は狼に似ていた。

 だが、首も尾も2つずつ備わり、その獣が世の理から外れたものだと見るものに伝えてくる。

 暗闇の中から、そんな獣達が次から次へとわき出てくる。

 1匹や2匹ではない。少なくみつもっても数十匹。その全てがどこかしらに歪な奇形を持っている。



 「腕に覚えのある者は得物を用意なさい。そうじゃない者は馬車か天幕に入っているように。終わったら声をかけますから、それまで大人しくしていなさい」



 異形に気づいた座員がパニックを起こす前に、イルサーダが指示を出した。

 指示に従い動き始める座員達。

 その慣れた様子に、雷砂らいさは目を丸くした。



 「なんだか、思ったより動揺しないんだな」


 「まあ、旅から旅への生活ですから色々あるんですよ。こういう事態も、初めてじゃありませんしね」



 イルサーダの言葉を聞きながら、雷砂は油断なく周囲を警戒する。

 今のところ結界は有効だ。奴らは結界の内へは入ってこられない。



 「あれ、初めて見るけど、なり損ないだよな?」


 「そうですね。立派ななり損ないですね。この魔素の霧に巻かれた獣が堕ちたのでしょう」



 なり損ないとは、言葉の通り魔鬼になり損なった中途半端な存在を言う。

 魔鬼ほどの圧倒的な力はなく、だがただの獣よりは遙かに強い。

 魔物と呼ばれることもあるが、自然発生のそれと区別する意味もあり、なり損ないと呼ばれることが多い。


 奴らは例外なく、飢えていて凶暴だ。

 理性など、かけらも備えていない。

 知能も低く、落ち着いて対処できればそれ程の驚異は無いだろう。

 だが、今回は数が数だった。下手に相手取れば、死人が出るかもしれない。


 自分が出るのが、一番手っ取り早いだろう。

 雷砂がイルサーダにそう申し出ようとした時、視界の隅に一座の舞姫・セイラの姿が映った。

 彼女はすでに、雷砂の姿に気づいていたようだ。

 ちょうどこちらに向かってくる所だった。後ろには双子の妹、歌姫のリインもいる。



 「雷砂、良かった。無事だったのね?今日も水くみに行ったはずだから心配してたの」



 駆け寄ってきたセイラが、身を屈めて雷砂を抱きしめた。

 すぐ後ろをついてきたリインは、そんな2人の様子をどこか羨ましそうに見ている。

 だが、雷砂が自分を見ていることに気づくと、可愛らしくにこりと笑って、



 「無事で、安心した」



 と言葉少なにそう言った。



 「セイラ、リイン。心配してくれるのは嬉しいけど、さっきのイルサーダの言葉は聞いただろ?隠れてなきゃ」


 「そう、なんだけど、雷砂の顔を見るまで安心できなくて」


 「じゃあもう、安心できたよな?オレは奴らを片づけに行くから、2人はイルサーダの指示に従って?」


 「雷砂が行かなきゃだめなの?ちょっと心配になってきたんだけど」



 心配性なセイラの言葉に、雷砂は微笑み彼女の頬を撫でる。



 「オレが行くのが一番安全なんだよ。セイラだってわかってるだろ?ここにいる誰よりも、オレが一番強いって」


 「……うん」


 「すぐ終わらせてくるから、ね?」



 背伸びして、セイラの唇にキスをする。

 彼女の目がもっととおねだりをするが、それはあえて見なかったふりをして、さて行こうかと踵を返した所へ別の誰かの手が伸びてきた。

 服をぎゅっと捕まれて振り返ると、そこにはほんのり顔を赤くしたリインの顔。

 いつもは無表情なリインの顔が、おねだりするように雷砂を見ている。



 「私も、心配」



 そんな事場に、雷砂はリインが何を望んでいるのかを察して小さく微笑む。

 そして少し背伸びをして、彼女の頬に唇を押し当てた。

 リインはちょっとだけ納得いかない顔だ。

 雷砂の唇が触れた頬を片手で押さえ、拗ねたように唇をとがらせている。



 「なんで?」


 「リインには、お姉さんにするキスだよ。じゃあ、行ってきます」



 もうこれ以上引き留められないようにと、雷砂は言い捨て走り出す。



 「なり損ないには普通の刃物は通りにくいです。ロウをお使いなさい」



 イルサーダの声が後ろから追いかけてくる。雷砂は彼の助言通り、



 「ロウ、おいで」



 と大切な親友の名を呼んだ。

 するとどこから現れたのか、大きな銀色の狼が雷砂の傍らへぴたりと寄り添うように現れた。

 雷砂は微笑み彼の頭を撫でると、



 「剣となって、オレに力を貸してくれ」



 小さな声で、そう命じた。

 次の瞬間、銀の獣の姿が銀色の光となり、雷砂の右手へ収束していく。

 輝きが納まった後に残ったのは、銀色の刀身の一振りの剣。

 雷砂はそれを振りかぶり、結界の向こうで得物を待ちかまえるなり損ない達へと、思い切り振り下ろした。


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