第8章 第4話
朝、目を覚ますと窓辺に
何してるの?、と声をかけると、こちらを振り向いて微笑み、まずはおはようの挨拶。
その綺麗な笑顔に少しだけ見とれながら体を起こしたセイラの方へと戻りながら、
「イルサーダに借りた鳥に手紙を託して飛ばしてたんだ」
そう答えた。
「一緒に行くって、決めたの?」
わざわざこのタイミングで手紙を出すと言う事は、多分そう言う事。
手紙の行き先は、恐らく雷砂の養い親の所だろう。雷砂の養い親は今は部族の集落を離れ、出かけているらしいから。
「うん。昨日イルサーダとも話した。とりあえず、セイラ達と一緒に出発するつもりだよ」
その返事に、ほっと息をつく。これで、雷砂と離れずにすむと思うと嬉しかった。
「それにしても、イルサーダの鳥は優秀だな。手紙を送りたい相手の物を一晩与えておけば、微弱に残った魔力を覚えてその相手を捜し出せるっていうんだから」
「そうね。それは私も同感。まあ、色々助かってるけど」
そう答えながら、座長の可愛がっている5色の鳥を思い浮かべる。
彼らは色事に出来る事が少しずつ違っていて、今日雷砂が使ったのは青色の鳥。
青色の鳥は、人の魔力を関知するのが得意で、その人物が一度でも手にした物があれば、そこに残った魔力残滓を覚え、正確にその人物を探し出せる能力がある。
彼を使いに出したのなら、距離にもよるが、早ければ2、3日で相手に手紙が届くことだろう。
だが、手紙が届いて急いでこちらに向かっても、その頃にはセイラ達と共に雷砂もこの地を出発した後だとは思うが。
雷砂の旅立ちの手紙を受け取った養い親の人は辛いだろうと思う。こんな可愛い子を手放さなきゃならないんだから、と。
(でも、その分私がちゃんと雷砂を大事にしますから!)
誰にともない決意表明を心の中で呟いて、ベッドから離れると、雷砂の手を取り微笑んだ。
そして、本日最初の任務を申しつける。
「さ、雷砂。ご飯の前にお風呂に入るわよ」
「朝からお風呂?」
きょとんと首を傾げる雷砂に、
「そ。それが今日最初のお仕事。今日は本番だから身綺麗にしないとね」
そういって片目をつむる。
「オレには必要ないんじゃない?」
「だめよ。雷砂だって一応女の子なんだから。一座の女は体を清潔に保つのも仕事のうちよ」
と言い切られ、雷砂は仕方ないと言うように苦笑いをし、観念したようだ。
「さ、リインを起こして、一緒にお風呂に行きましょ」
雷砂の手を引き、まだ眠りの世界にいるであろう妹の部屋へと向かう。
リインと2人で雷砂を磨き上げ、飾りたて、この村の人に雷砂がどんなに綺麗なのかを見せつけてやらなきゃと、一人密かに微笑みを浮かべるセイラなのであった。
サライの村の春祭りは2日間続く。
1日目は村の娘達が豊穣の女神への伝統的な舞いを奉納し、招いた神官に祈りを捧げてもらう。
この際、樽酒と生きた家畜数等が神の祭壇のある広場へ持ち込まれ、神への供物とされる。
1日目の儀式は、これで終わり。
後は商人達の出店や、他の広場で催される出し物を楽しんで過ごすだけだ。
それは2日目も同様で、夕暮れ時に行われる祭りの終わりの儀式までは、好きに楽しめばいい。
日が落ちる頃になると、神の祭壇の広場には明かりが灯され、再び神官の出番となる。
神官の祈りが終わると、後は神に捧げられた家畜達は村長をはじめとする村の男達の手によりその命を奪われ、女神へ捧げられる。
死んだ家畜達は、今度は村の女達の手に委ねられ、彼女たちの手によって祭のごちそうへと姿を変える。
後は、もう無礼講だ。
振る舞い酒とごちそうを思う存分楽しみ、夜も更けてきた頃には広場中央に燃える大きな炎を囲んで、みんなで踊るのだ。陽気に、楽しく、女神様に喜んで頂けるように。
その踊りは参加者が力つきるまで続き、大抵は朝まで続く。
炎が燃え尽き、村人が疲れ果て、最後の一人が力つきて、やっと祭は終わりを迎えるのだ。
そんな祭がいよいよ始まる。
1日目の儀式はもう終わっている頃かもしれない。
雷砂達は朝の食事も終え、天幕に集まり最終チェックをしていた。
今日はこれから、衣装に着替えて化粧をし、昼と夕方、2回の公演をこなすのだ。
雷砂は舞台の上から、一人客席を見下ろしていた。
今日の雷砂の仕事は2つ。アジェスと組んでの剣舞いと、セイラの舞いでのリインとの歌の共演。
本当は剣舞いだけという話だったのに、リインがどうしても雷砂と一緒に歌いたいと言い出したのだ。
それにイルサーダやセイラも賛成して、断りきれずに1曲だけと条件を付けて受けたのだった。
1曲歌い終わった後は、セイラの舞いが終わるまで、演奏の女の子達に混じって楽器を弾くふりをしているよう言われているので、覚える曲はリインと一緒に歌う曲だけ良く、準備はそれ程大変ではなかった。
しかし、憂鬱なのはこれからだ。
剣舞いだけだったら化粧も下地を省いて簡単に目元と唇だけと思っていたが、リインと歌うとなるとそうもいかない。
しかも、今日も明日も、公演は2回行うので、ほぼ1日中化粧をしたままでいないといけないのだ。
体力より何よりそれが一番辛い。
雷砂は小さくため息をもらした。
しかし、しばらくの間はこの旅芸人一座と旅をする。
そうやって着飾らせられる事にも少しは慣れなくてはいけないのかもしれない。
それも仕方がない事だろう。自分で、選んだ道なのだから。
自分の名前が呼ばれた気がして顔を巡らせると、控え室の方でセイラが手招きをしているのが見えた。
彼女自身は化粧も終わり、衣装もあらかた身につけているようだ。
とうとう自分の番か、と再び小さな吐息をもらし、うんざりした顔を見せない様に気をつけながら、ゆっくりセイラの元へ向かうのだった。
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