第6章 第13話

 鏡を覗き込み、己の顔を美しく飾り立てながら、セイラはこっそり溜息をついた。

 耳聡くそれを聞きつけたリインの眼差しに、セイラは軽く肩をすくめて見せ、再び鏡に向かう。

 今日も雷砂らいさを誘って共に過ごそうと思っていたのに、思いがけず酔いどれ男達のお守りを仰せつかるとは運がない。


 だが、仕事は仕事だ。

 嫌な仕事だからといって、軽々しく断れる訳もない。

 分かってはいる。

 分かってはいても、自然に漏れ出る溜め息はどうしようも無かった。

 本当は雷砂と入ろうと思っていたお風呂にも先ほど大急ぎで入らざるを得なかった。

 昼間に体を動かしたから汗もかいているし、そのまま仕事に出る訳にはいかなかったから仕方ない。


 湯に火照った体に香油をおざなりに擦り付け、衣装を身に着ける。

 今日の衣装はあまり肌が露出しないものを選んである。

 夜の酒宴の余興で扇情的な服を着るとあまりいい事はない。

 その事は、嫌というほど理解していた。


 服が少し地味な代わりに、セイラは少し派手目のアクセサリーと手に取る。

 動くと綺麗な音が出る様な物も選んだ。

 手早くアクセサリーを身に着け、再び紅を唇に乗せる。

 少し姿見から離れて全身を確認。

 衣装が控えめな分、アクセサリーが主張していて中々いいコーディネートだった。


 よし、と一つ頷いて、他の子達の様子をうかがう。

 みんなほぼ準備は出来ているようだ。中には早々と済ませておしゃべりに興じている者もいる。

 最後に、隣で準備を整えていた妹の様子を見て、苦笑い。


 セイラよりもほんの少し不器用なリインは、自分を着飾る事が苦手だ。

 メイクは何とか終わっているようだが、服もアクセサリーもまだ決まりきっていない。

 彼女も周りが着々と準備を進めている事には気づいているのだろう。

 焦りをにじませた表情で、衣装とアクセサリーを合わせている。


 セイラは小首を傾げ、妹の全身をよく見た。

 衣装はセイラと同じく控えめだ。彼女の衣装よりも更に露出は少ない。

 だが、それでいい。

 なにしろ、今日は露出厳禁だ。他の皆にもそう通達している。

 リインも衣装の着替えはほぼ終わっているようだ。

 セイラは手を伸ばし、背中で結ぶ紐や飾り紐を結んでやった。それに気づいたリインが嬉しそうに微笑む。

 それから、彼女が手にしているアクセサリーに視線を向ける。

 小ぶりで少し地味かもしれない。今日の衣装にはもう少し華やかなものがいい。



 「リイン、今日はこれをつけてみない?」



 妹があまり派手な飾りを持っていない事を知っているセイラは、自分の小物入れからいくつかアクセサリーを取り出してあわせて見せる。



 「うん。でも……」


 「リインはこういうの、あんまり好きじゃないかもしれないけど、今日の衣装にはこっちの方がいいと思うの。いや?」



 妹の表情を窺いながら尋ねる。

 リインは少し考えてから、微笑んで頷いた。

 セイラも微笑み、いそいそと妹を飾り付ける。

 耳飾りに首飾り、アンクレットにアミュレット。細い胴にもキラキラ飾りのついた紐を巻き付けて完了。



 「……少し、派手じゃない?」


 「ううん。良く似合ってる。可愛いわよ?」



 不安そうな妹に、そう答えてにっこり笑いかける。

 実際良く似合っていた。清楚なのに華やか。いい感じだと、セイラは大きく頷く。



 「そう?じゃ、これで行く」



 姉の迷いのない言葉を受け、リインもはにかんだ笑みを浮かべた。

 妹の笑顔に笑顔で返し、大きく伸びをしてすっかり準備の整った面々を見回す。

 まだ少し早いが、ゆっくり会場へ行けばちょうどいいだろう。仕事なのだから、遅れるより早く着く方が絶対にいい。

 パンパンと手を叩いてみんなの注目を集めると、



 「さ、そろそろ移動するわよ。場所は分かってるわね?物騒な話も聞くから、明るいところを選んで、何人かで一緒に移動するのよ」



 そう指示をした。

 女達は、その言葉に従ってバラバラと大部屋を出ていく。

 全員が出るのを見守って、それからリインを促してセイラも宿を出た。

 外はすっかり暗くなっていて、宿の玄関に灯された明かりが幻想的だった。

 祭りが近いせいだろう。

 宿から村に向かう通りにも、等間隔に灯された明かりがあり、そこを一座の女達が、いくつかのグループに分けて歩いて行く。

 これくらい明るければ大丈夫そうねーそんな事を考えながら、セイラも妹の手を取り、ゆっくりと彼女達の後を追った。







 「あれ?これから仕事?」



 後ろから掛けられた声に振り向くと、そう遠くないところに雷砂が立っていた。



 「そうなの。ちょっと気乗りしないけど、仕事は仕事だから」


 「遠いの?」


 「ううん。村の中心の方の、集会所みたいなところでやるみたい」


 「ふうん」



 雷砂は軽く頷き、セイラとリインの隣に並ぶ。



 「雷砂?」


 「送るよ、集会所まで」



 少し上にあるセイラの顔を見上げ、ニコリと笑う。



 「え?いいわよ。何か、用事があって来たんでしょう?」


 「うーん、そうなんだけど、まあ、そっちは後でも」


 「そう?」


 「うん」



 だから、行こうーと、雷砂はゆっくり2人の前を歩き出す。

 セイラもそれ以上遠慮する事はせず、大人しく送られる事にした。

 リインと目と目を合わせそっと微笑みあい、雷砂の後ろについて歩きはじめる。


 仄かな明かりと月明かりのした、3人の影がゆっくりと動いて行く。

 さっきまで、薄暗い中を歩くことにほんの少し不安があった。

 だが、今はちっとも怖くない。

 恐らく、一座の男連中と連れ立って歩くよりもずっと。


 目の前をゆったりと歩く背中を見る。

 小さな背中だ。女である自分よりも更に細くてか弱そうに見える背中。

 それなのに、屈強な男のそれよりも余程頼りがいがある。



 「それに、セイラにも用事があるんだ」


 「私にも?」


 「うん。用事というより、お願いかな」


 「お願い?いいわよ」



 にっこり笑い、答える。



 「いいわよって、内容も聞いてないのに?」



 ちらりを後ろを振り返り、苦笑を漏らす。



 「そうよ。雷砂のお願いなら、なんでも聞いてあげる。なんていっても命の恩人だもの」



 その言葉に、少女は軽く肩をすくめる。



 「恩人なんて……そんな大したもんじゃないよ」



 空を仰ぎ、笑う。



 「たまたまなんだ。助けられるタイミングだったから助けた。……ただ、それだけだよ」


 「うん。そうかもしれないけど、それでも恩人には変わりないわ」



 すぐ隣で、リインも微笑み頷く。

 セイラは妹の手を引き、少しだけ足を早めて雷砂に並んだ。

 すでにつないでいる手とは逆の手を伸ばし、雷砂の手を取りぎゅっと握る。

 雷砂は繋がれた手に目を落とし、それから2人を見上げた。

 そのまま、まじまじと2人を見つめ、



 「舞台衣装?すごくキレイだね。似合ってる。2人にピッタリだ」



 そう言って微笑んだ。



 「酔っ払いのおじさん連中にだけ披露するのはもったいないや」



 その言葉に、セイラもリインも目を見張る。

 仕事だとは伝えたが、その内容までは伝えてなかったから。

 そんな2人の様子にクスリと笑い、



 「村長の所で聞いてたんだ。今日は大々的な酒宴があるって。だから、綺麗にしてる2人をみてそうかなぁって」



 そう種明かしをする。



 「酒飲みは何をするか予測できないから、オレも一緒に付き合うよ。村長は気を付けるって言ってたけど、やっぱり心配だから」


 「じゃあ、雷砂も見ていってくれるの?」


 「うん。何かあったらすぐ対処できるように、舞台の近くにいるよ」


 「本当?じゃあ、一生懸命頑張るわね。雷砂に、一番素敵な姿を見てもらえる様に。ね、リイン」


 「うん。雷砂が見てるなら、気合を入れる」



 セイラもリインも、顔を輝かせて熱心にそう言った。

 正直、どうして2人がここまで自分を気に入ってくれているのか分からない。

 でも、素直に向けられる好意は何だか心地よかった。


 ふと思い返してみれば、2人の歌や舞いを見るのは初めてだという事に気づく。

 リインはどんな歌を奏で、セイラはどんな風に舞うのだろうか。

 そんな風に考えながら、ふと笑みを浮かべている自分に気づく。

 2人の演じる舞台を見る、それがとても楽しみだった。


 だから、その思いをそのまま唇に乗せる。

 すると、セイラもリインもとても綺麗な笑顔を返してくれた。

 酒宴の会場である村の集会所まで、ゆっくり、ゆっくり歩く。

 それは何だかとても、暖かくて楽しい時間だった。



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