第5章 第4話
少女が少年の手を借りて自らの部屋を抜け出そうとしていたその頃、
先日の不幸な事件からはもう数日が過ぎている。
もっと早く訊ねようと思っていたのだが、何かと忙しく、気がつけばかなりの時が過ぎてしまっていた。
忙しく過ごす中でも、村長や町の自警団の者から彼らのその後の様子は聞きだしてはいたが、それでも自分の目で確かめたいと思うくらいには彼らの事が気になっていた。
危険といわれる草原で一人平気で過ごす事の出来る自分と違って彼らは普通の人間だ。
血生臭い、残酷な出来事への耐性はそれ程無いに違いない。
そんな事を考えながら、あの日会った女性の事をまた思い出していた。
綺麗で、強くて、何より優しい人だった。
雷砂のそれより少し淡い金色の髪に縁取られた彼女の姿を思い浮かべ、その名前を改めて思い出す。
「……セイラ」
確かめるように口にしたその名前の響きに目を細めた瞬間、上のほうから声が降ってきた。
「呼んだ?」
華やかな響きの女性の声に、びっくりして声のした方を振り仰ぐ。
宿の2階の窓辺に一人の女性の姿。
その姿はつい今しがた雷砂がその脳裏に浮かべたのと同じもの。彼女は驚く雷砂をみて可笑しそうに笑い、窓から身を乗り出した。
「ね、今、私を呼んだわよね?」
問われてしばし考える。
確かに呼んだと言えば呼んだ。だが、正確に言えば、彼女の名前を口にしただけであって、彼女の存在を呼んだ訳では無いのだが、それを説明するのは何とも面倒くさかった。
だから。
雷砂は彼女を見上げて頷いた。
それに、まるきりの嘘という訳でもない。自分は確かに彼女に会いたいと思っていたのだから。
「奇遇ね。私もそろそろ貴方に会いたいと思っていたのよ、雷砂」
雷砂の肯定を見て、彼女は本当に嬉しそうに笑った。華やかな、花の様な笑顔で。
「私達、結構気が合うのかもね。っと、いつまでもこんなに離れて話をするのもなんだし、今、下に行くわ」
雷砂が思わず彼女の笑顔に見入ったほんの一寸の間、言うが早いか、彼女は雷砂も想像していなかった行動力を示した。
声を掛ける間もなく、その身体は一瞬で窓枠を乗り越え、屋根の上へ。
ひょいひょいと身軽に屋根を渡り、宿屋の庭先に大きく茂った大木の太い枝に飛び移って、するすると伝い下りてあっという間に地面に降り立っていた。
あっけにとられた様に見つめる雷砂の目の前に立ち、
「お待たせ」
と、彼女は再び艶やかに微笑んだ。
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