第38話 2087年11月17日 イングランド連邦 ロンドン市 ヒースローオールターミナルズ駅

早朝 ロンドン市ヒースローオールターミナルズ駅 バーミンガム衛星国際空港にも流れるビジネスマンが合流し、ターミナル7は引きも切らず溢れ返る

一際大きな赤いキャリーバッグを転がすロングヘアに褐色の女性エバも、ご多分に漏れずバーミンガム衛星国際空港行きの電車へと悠然と歩く 



広げた自らの新聞を撥ね除け、レッドが道に立ち塞がる

「やあエバ、その荷物ならバーミンガム衛星国際空港だろ、ヒースロー空港をスルーなんて手が込んでるな」

エバ、頬笑んでは

「レッド、スコットランドヤードがお見送りなんて、感激ね」

レッドの背後より進み出る日本人、貴志

「エバ、長い里帰りは結構だが、ちゃんと国連の出国経路書には正しく書いて欲しいものだね、うちら堅物で通っているんだよ」

エバ、表情も固く

「貴志、査察団もお忙しいのでしょう、ジュネーブにちゃんと詰めないとね」

レッド、くしゃりと

「貴志が苦手な人間、たくさんいるのは何故だ」

貴志も事も無げに

「さあな、冗談がえげつないからだろ」

エバ、苦笑

「その、えげつない冗談を言いに来たの」

貴志、淡々と

「その前に大切な質問だ エバ少佐、まさかお前が真犯人とはな、国連も権限与え過ぎて、どうにかなっちまったな」

エバ、苦笑しては

「師団編成で早期解決、戦乱ってお金が掛かるのよ、堅固なシステムよ」

貴志、溜息混じりに

「答えになってないな、まあ進めて」

レッド、深い溜め息

「やれやれ長くなりそうだな、尋ねたい件は多岐に渡るが、エバ少佐お時間いいかな」

エバ、漫然と

「スコットランドヤードの職務は分かりますが、質問状送って貰えれば後程書面で回答します ねえ貴志、同じ国連でしょう、通しなさい、貴重なバカンスを邪魔するの」

レッド、憮然と

「おい貴志、だから言ったろ、イングランド連邦の権限でもナイジェリアの軍隊に逮捕状請求出来ないって」

貴志、くしゃりと

「そう言うなよ、イングランドもナイジェリアの宗主国に復活したんだろ、諸々込みでスコットランドヤードにお願いなんだよ、別件逮捕でいいから繫げよ」

エバ、とくとくと

「貴志、国連査察団が内部監査も行うなんて、世も末よね 各部署の特定機密事項は遵守されるから、多分満足な答えは言えないわよ」

レッド、毅然と

「いや、やはりナイジェリアには行かせんよ」

エバ、キャリーバッグを立てては

「レッド、捜査令状でもあるの」

レッド、不意に電子たばこを取り出しては口元へ

「いや、任意同行だよ」

エバ、苦笑しては

「私を揶揄ってるの」

レッド、憮然と

「まあ任意同行されたくない事情もよく分かるが 兎に角、例の設計図渡して貰えないか」エバを指差す

エバ、遮るかの様に

「何を言ってるか分からないわ」

貴志、とくとくと

「いいかエバ デン・ハーグ統合軍事裁判所前に突如放り込まれた、溝端の審問をしたが、ローマに挑戦状など送っていないとの事だ 嘘か本当か脊髄リレーションまでしたが、渕上の術の後遺症で記憶さえも真っ黒で何も見えん、よくもやってくれるよ渕上嬢、まあお陰で瞬間転移のイメージさえも出来ず逃げられないで済んでるがね そう、ローマに挑戦状送ったのは誰なんだ、エバ」

エバ、苦笑しては

「あの溝端と、私に何の接点があるの、挑戦状って何の事」

レッド、得心しては

「そう挑戦状だよ、ハウルも事件振っておいて、やっとのやっとで証拠の挑戦状提出だ、まあいいここは長くなるから進める、そこで、うちのベンだ 科研のナノ分析室で、改めて挑戦状に着いていた微量のファンデーション検出したが、ナイジェリア海軍で配給されているファンデーションと一致した 今のナイジェリアで公私共に幅を利かせてるのはお前だけだよ、エバ」

エバ、こことぞばかり

「あら、ナイジェリア海軍のファンデーションは受けが良いのよ 紫外線防止の成分も含まれているから、人づてで貰ってる人が大勢いるのよ そうね、いつもナイジェリア海軍の在庫がぎりぎりなのよ、早く市販化して欲しいものね」

貴志、くしゃりと

「いいね、市販化、ナイジェリア海軍にはよく言っておくよ」

レッド、くすり

「貴志、ここは言う所だろ ナイジェリア海軍のファンデーション、エバの要望多くて、何度も成分を変えては試作しているらしい 分かるかい、エバのファンデーションはすでにオリジナルで、エバしか使っていないのだよ なんでもかんでも要望出しては私物化するのは良く無いな」

エバ、憮然と

「だから、証拠があるの、しつこいのも程々にしないと、本当に女性にもてないわよ」

貴志、苦笑しては

「それは真摯に受け止めよう」そして毅然と「エバ、証拠はあるんだよ かなり怪しい国連の三大女傑エバとジェシーとユリアの提出書類全てをベンに渡した結果、ナノ分析で正解、付着成分が特注のファンデーションの成分と一致 エバ・ラッセン高等事務次官様が、何故ローマに溝端名義の挑戦状を送った 戦いすぎて第三帝国へと思想が偏ったか」

レッド、毅然と

「エバ、嫌われても、聞くぜ」

エバ、漫然と

「何を言うの、私は至って正常よ 誰かが第三帝国の動きを知って、用意周到に人が早く動く様にローマ参画政府に告発したまでじゃないの、当てずっぽうも程々にしなさい」

貴志、尚も

「よくもまあ言葉が湧くものだ 溝端は欧州での31人密殺事件は関与していないとさ、一体どこの勢力が殺したんだ」

エバ、口角が上がり

「全ては事の成り行き、博士が偶然死なれたのも運の付きじゃないの」

レッド、懐からレジュメを取り出しては

「おい、それはお前等が殺したんだろ これはローマ参画政府越境調整部ユーロ班の調書の一部だ チリ州で接収した工図のシリアルと欧州31人密殺事件の証拠物件のフォントがまるで違うんだよ」

エバ、釈然と

「“ドミネーター”も設計図の流出があれば作成出来るんでしょう」


レッドと貴志、顔見合わせてはうんざり


貴志、笑いも隠せず

「おいおい、“ドミネーター”の呼称は高等次官とは言え、まだ知らない筈だよ」

レッド、毅然と

「やはり、任意同行応じて貰おうか、ナイジェリアは拘置所を運良く出てからだ」

エバ、立ち竦んでは

「いやよ、」

レッド、溜息混じりに

「これだから国連は、第三帝国のナノマシーン兵器を無断接収しては思惑有りか まあいい“ドミネーター”の設計図を出せ」

エバ、歯噛みしては

「ふっつ、それで第三帝国の設計図、私達の設計図、どちらが欲しいのかしら」

レッド、薮睨みしては

「やけに話が早いな 決まってるだろ、どちらもだよ」

エバ、果敢にも

「私のは人類の叡智よ、完全な統制社会を目指せるわ そう完全なる統制社会、これこそ皆が望む社会よ、世界の戦場戦乱地域で、この瞬間にも何人が死ぬの、私の部下もご多分に漏れずよ」

貴志、諭す様に

「エバ、部下の恋人の生体脳の摘出すら出来ず死んだのは同情するが、考え方が極端だ」

エバ、激昂しては

「貴志、アンソニーがマラケシュで少女が仕掛けた爆弾で、私を庇って死んだ事実をどう受け入れろと言うの、これは誰の責任なの そう復讐する相手がいないなら、この世界を糾す迄よ、人類に必要なのは卓越した叡智なのよ」

貴志、溜息混じりに

「人類の叡智なら、一先ず、凶暴な第三帝国の設計図貰おうかな、エバの設計図は話を聞いて応相談だ」

レッド、くしゃりと

「おいおい、ここで逮捕持ちかけて駆け引きするか」

エバ、不意にライダージャケットの襟のフックを外す

「貴志、それで手を打ちましょう」

レッド、訝しんでは電子たばこを仕舞い、懐のホルダーからブローニングハイパワーエレクトロを取り出す

「貴志も交渉に乗るな、エバ、残念ながら、全人類はそんなの望んではいない、“ドミネーター”で人間を制御するなんて、第三次世界大戦のオートマシーンかよ、本当懲りないな」

エバ、尚も

「いいえ、諸悪の根源戦争及びあらゆる犯罪を妨げられるわ」

貴志、首を振り

「いやいやレジスタンス狩り出来るとは言え、そんなのやはり無茶だ、対象絞ったとしても“ドミネーター”飲ませるのに何年掛かるんだよ、それに一つ1000万円では大赤字だ」

エバ、毅然と

「格安な量産化は可能よ、サイレントプラン、昔から一部の学者で続いているわ、人類統制管理の宿願は近いわね」

レッド、挑発するかの様に

「それが、はした金目当てで第三帝国に漏れたとあっては、お笑い種だな、国連特殊降下部隊も所詮突撃しか頭がないのかね さて、大事の前に“ドミネーター”の設計図が漏れてはさすがに困ったよな、だがそれも、まんまと第三帝国滅亡したのはラッキーだったかな、エバ達が行動起こすなら今この瞬間か」

貴志、苦笑しては

「あーあ、皆チリ州で大暴れで、調書の仕上げが尋常じゃないんだよ、やっと編纂終って、これからエバと言う訳さ 検察でゆっくり聞こうかエバ、その汚染された思想を」

エバ、微笑

「語りはしないわ貴志、私達の確固たる証拠はどこにも無いの その前に全ての第三帝国の資料を接収してから言いなさい、余白を押し付けるのは止めなさい」

貴志、毅然と

「証拠云々か、まあいい そう第三帝国はローマ参画政府のテコ入れで滅亡した、次はエバ、お前等国連の武闘派だ」

エバ、凝り固まっては

「誰が情報リークしたのかしら、貴志は義理堅い筈よね、国連は恒久的な平和を追求すべき組織なのよ、これはいい機会なのよ」

貴志、尚も

「物騒なのは無しだ、俺は依然として無派閥だよ、国連も一世紀以上も組織体系が固まると、厄介なものだね」

エバ、捲し立てる

「今日迄の事なかれ主義で招いた結果が、世界の分断よ、サンクトペテルブルク公国の台頭は大迷惑なのよ」

貴志、不意に

「だからと言って、全米に延々派兵させるのは限界だ、心が病んでしまう」

レッド、ブローニングハイパワーエレクトロを構えつつ、左手を差し出し

「長い、抽象的な話題は飽きるな、さっさとと設計図全部渡せよ、エバ」

エバ、憮然と

「設計図は持って無いわ」

レッド、激昂

「ふん、スコットランドヤード嘗めるな、どこまでも探しに行くからな、絶対忘れるな」

貴志、くすりと

「そんな予算あるのかよ」

レッド、怒りも激しく

「ここはノリだ、貴志」

エバ、じりりと

「えらい、はったりね、判然としない証拠と推理だけでサイレントプラン崩せると思って」

レッド、捲し立てては

「大体だな、イングランドで事件を起こしたのが大問題なんだよ、態々、鍵十字持たせやがって、何故第三帝国がこの国にだと、噂を聞いてはスコットランドヤードに非難囂々 超党派も皇女にも嘆願さ、誰とも何処とも分からない相手に今直ぐ警察始め軍隊出せってね そう第三帝国が滅亡した今、次はお前等なんだよ」


レッドが不意に指笛を吹くと、駅の発車案内板が一斉に【緊急停止】に変わる


エバ、目を見張り

「第三帝国も滅んだし、それは謝れば済む事よね、私の邪魔をしないで」

レッド、一喝

「全て遅いんだよ、エバ」

エバ、顔が強ばり

「もう、いいわ、」ライダージャケットを投げ捨てると忽ち化学発火、白煙が立ち込める

レッド、咽せながら咆哮

「撃て!」

乗客に紛れこんだ、スコットランドヤードの刑事10人が一斉にブローニングハイパワーエレクトロを連射


電磁弾の閃光、立ち込める白煙の中で、次々エバがスコットランドヤードの刑事を弾き飛ばして行く、不意に

「この気配、」義体のモーター音が最高潮まで唸る

白煙の中に、うっすらと武士、その男播戸

「分かるか、実刀の気配」

エバ、じりりと

「死になさい」不意に影になるも、凄まじい右腕回転エルボーの衣擦れの音

播戸、事も無げに刀を掬い上げ、エバの右腕を叩き斬る 炸裂するエバの右腕の義体が、プラットホームの壁に打つかり爆発

「イングランド連邦でこれ以上不敬は許されん、かれん皇女もご立腹だ」

エバ、怒りの形相で

「チッツ」舌打ちしては、残った四肢の強化バネをしならせ、播戸の背に回り込もうとするも 播戸の力強い鞘の石突きがエバの右足甲を叩き押し、右足甲から電流が突き抜け右足丸ごと損壊 勢いそのままエバが床に転げ回る「グアーー」堪らず絶叫

播戸、怒髪天を衝く

「武士、嘗めるな、」

エバ、咆哮

「ハァ、死ね、」左腕の甲から長いニードルが射出されるも

“バキン”、播戸、事も無げにニードルを叩き斬る、床に激しく落ちるニードルの音がターミナル7に響く


漸く白い煙が雲散霧消しては


エバ、観念しては

「全て見切られた、何故、少女の爆弾で四肢を失っても私は強くなった筈なのに、アンソニーに誓った筈でしょう、ねえアンソニー」不意に涙が伝うも、残った左腕左足でキャリーバッグへと這い回る

レッド、尚もブローニングハイパワーエレクトロを構えたまま

「全く、播戸は最初からいたぞ、気配も感じないとは、国連特殊降下部隊も張り子の虎だな」

播戸、尚も

「止めを差します」

貴志、従容と

「おい、播戸、エバは義体だオートマシーンじゃないからそこまでだ」

播戸、尚も構える

「義体でも心音位分かりますよ、文句なら早乙女さんに言って下さい」

レッド、強ばる

「頼むから、早乙女は止めてくれ、あいつの交渉オプションはとんでもない」

エバ、ただ這いつくばっては

「武士の筈が無い、尾が無いでしょう、ただの鬼よ、」

播戸、憮然と

「イングランドの身だしなみはこれなんだよ」

貴志、エバの一際大きな赤いキャリーバッグに近寄っては

「これで、国連武闘派の解散提案がやっと出来る、やはり義体中隊は物騒この上無いよ」

エバ、欠損した義体の右腕と右足の神経がついにオーバーロード、冷や汗が滴り落ちては動けずも

「痛い、クーデターじゃないわよ、いい、正義よ、真理よ」

貴志、哀れみの目で

「そうだな、国連と公国会議が話し合ったよ、全てエバに背負って貰うってさ」

エバ、不敵な笑み

「ふっつ、恒久和平を実現するには、一定のコントロールは必要なのよ、紛争地域のテロリスト共に“ドミネーター”を接種させて言いなりにさせるのよ、これは私達のAIが弾き出した結論よ、これは絶対よ」

貴志、憐憫の情で

「君達は後生大事に古いAI持ってるからな、時代遅れだよ、所詮AIなどデータの蓄積と分岐に過ぎない まるで生命を愛でる様な、中央演算処理御用派の活動は受け入れ難いよ ふん、機械が正しいなんてミレニアム世代のどの老人達の影響かい」キャリーバッグをポンと叩く

レッド、叫ぶ

「貴志、そのキャリーバッグに触れるな、新型の“ドミネーター”が拡散するかもしれん」

貴志、事も無げに

「心配するな、そんなものじゃないよ」

播戸、溜息も深く

「究極の敵が国連、しかもAIなんて」

貴志、毅然と

「播戸、勢いそのまま、ジュネーブの国連本部に来るなよ 武闘派の大老達は今頃罷免されてる」

エバ、力を振り絞り

「そう言い切れないわ、希望はそう簡単に潰えないものよ」

貴志、ジャケットから万能錠取り出しキャリーバッグの施錠を外す

「ふん、エバの希望とは、これか」開かれたキャリーバッグの中には生体脳と生命維持装置と大きなモニターとAIモジュール

エバ、事切れる間際

「アンソニー、、」

レッド、憐れんでは

「おいおいアンソニーは死んだ筈だろ、その脳ただの標本か」

貴志、従容と

「そう、アンソニーは爆破テロでちゃんと脳死認定されている、この生体脳も無理矢理電極繋いでは無惨だね、浮かばれんよ」

エバ、振り絞り

「違う、リベラルなアンソニーはちゃんと生きてるわ、このAIに大いなる多様性を齎してるもの」

レッド、ただ十字を切り

「貴志、」

貴志、十字を切り

「分かってるレッド、」無情にも全電源スイッチを切る、静まる起動音

エバ、遂に力尽きる

「酷いわ、アンソニーとは、まだ分かり合えるのに、残された人類の希望よ」全身から汗が滴り落ちる

貴志、切実に

「エバ、このAIによる理想の楽園など夢想だ、一人一人の願いがあってこその恒久和平だよ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る