気にしなければどうということのない話


 休日、私は久しぶりに自分の街を散歩することにしました。まったくの気まぐれで、計画があるでもなく、行き当たりばったりに歩いてみようとただ思ったのです。しばらくあるいていると、近くに小さな飛行場があることを思い出しました。隣接している公園から、離着陸の様子を見ることができるのです。私はそこに向かいました。公園に入ってしばらく歩いて、高くなっている場所に出ると、そこから飛行場が望めました。広い飛行場に小型飛行機がいくつか停まっていました。せっかくだから、離陸か着陸のどちらかが見たい、と思って、その場でぼんやりと眺めていました。

 しばらく待っていましたが、景色に何の変化も起きないので、私は飽きてしまいました。もう一度だけ、と思って飛行場の周辺を眺めました。すると、飛行機は見当たりませんでしたが、私は気になるものを発見したのです。

 飛行場の向こう側に白い塔のようなものが目に留まったのです。それは異様な比率で、街に聳え立っていました。傍にある四階建てのアパートの優に十倍はありそうでした。とはいえ、はやりの超高層マンションではありません。窓は見当たりませんし、給水塔? 形からそんな風にも見えましたが、100メートルを超すような給水塔がある必然性がありません。

「何であんなものがあるんだ…」私は思わずつぶやきました。もっと近寄って確かめようかとも思いましたが、小さいとはいえ飛行場の向こう側に行かねばならず、それは徒歩では無理な距離でした。でも、このときはそれほど衝撃を受けたわけでもなかったのです。そんなこともあるかな? と半ば自分に言い聞かせながら、その日は自宅に戻りました。

 翌日、私は久しぶりに会う友人と約束していました。待ち合わせの場所に彼は昔と変わらない長髪と髭面で現れました。

「いい年して、いい加減剃ってすっきりしたら?」私は笑いながら言いました。彼は笑顔で髭を一撫でしました。

 私たちは酒を嗜まないので、そのままランチをとるために、駅からしばらく歩いたところにある私のお気に入りのレストランに行くことにしました。

 いろいろと互いの近況報告。彼はライターをやっていて不思議な話を採集している、と言っていました。

「確か、民俗学やってたんじゃなかったっけ?」

「そう、卒業後もしばらく籍を置いていたんだけど、最近さすがに居辛くなってね」

 私はすっかり忘れていた昨日の出来事を思い出しました。それを彼に話してみることにしました。

「へえ、給水塔じゃないの?」

「そんなでかい給水塔があるかよ」

「でかいかどうかだって怪しいもんだよ。第一俺だってこの町の出身なんだぜ」

「ほんとだって」

 私たちはとりあえず店を出て、喫茶店に向かうことにしました。方向は覚えているので、どこからかその塔が見えると思いました。

 私は店に着くまでに何とかそれを彼に確認してもらいたくて、建物の隙間などを注視していました。しかし、なかなか見つかりません。結局目的の喫茶店の前まで来てしまいました。私はすでに自分を疑い始めていました。なんだかんだ言って気の迷いだったのか? すると、

「あ…なんだあれは」と彼のつぶやく声が耳に入ったのです。彼は上を見上げていました。

 喫茶店の後方に巨大な建物が頭を出していました。


 それからしばらくして、彼からメールが届きました。そこには、公開情報から、存在を確認してみたが、上手くいかないこと、各自治体に問い合わせても、明確な回答は得られなかったこと、ネットの掲示板や、SNSにもそれらしい情報はなく、あっても、あいまいな表現の断片が見つかる程度だということでした。すなわち、”巨大な建物発見www””××町になぜかそびえる建物を迂回して…”等々。

 私も自分で調べたりしました。知り合いに会うたび、建物を差してその話題をしました。でも、

「ああ、あれね。あるある」

「気にしたことなかったなあ、給水塔じゃね」

「うーん、気にしたことなんてなかったな。確かにでかいけどな」

 などと、あまりあてにならない回答ばかりでしたが、一人が気になることを言いました。

「ああ、あれ、宗教団体の建物じゃなかったっけ? 〇〇の塔」

 宗教団体のモニュメント。その説には引っかかる何かがありました。私には古い、不思議な記憶があるのです。

 私が子供のころの思い出です。母に連れられてぐるりと何かの施設を周回しているのです。幼い私はなぜここを歩かされているのか理解していません。ただ母と手をつないで歩いているのです。きょろきょろと辺りを見回しました。私と同じように大人に連れられている子供のフードが風であおられました。そして、何事もなかったかのようにフードを元に戻して、手を繋いで歩いて行きました。けれど、私は確かに見たのです。その瞬間、人間ではない、異形の姿があらわになったのです。私は不安になって母の手を引きました。母は首を振りながら微笑みました。まるで全てを飲み込むよう、促しているように。


 次の日曜日、私はまたあの友人と待ち合わせました。珍しく彼が先に待っていました。私たちはもっとよく見えるところまで塔に近寄ってみることにしたのです。

「飛行場周辺には建築制限がかかっていて、巨大な建築物は立てられないことになっている。お前が、飛行場越しに塔を見たのなら、実際には飛行場よりずいぶん離れていることになるな」

 ともあれ、全体像を確認するにはいいだろう、というので、私が初めて確認した飛行場を望める公園に向かうことにしたのです。歩きながら、私は〇〇の塔の話をしてみました。すると、あっけなく、

「ああ、あれだろ」と遠くの丘陵地帯を指さしました。「あの塔の下に俺たちが通った幼稚園がある。俺たちの両親も別にあの宗教団体の会員じゃないのにな。結構みんな通ってたぜ」

 そういえばそうだった。私も彼も同じ幼稚園に通っていたんだっけ。ならば私の記憶にある光景は入園式当日のものなのか? ではあの異形の者たちは…

「そうか…でもなんかおかしくなかったか?」

「おかしいって?」

「なんか変な行列に参加させられた記憶がある。周りは変な奴らばかりでさ」

「変な行列ねえ…」

 彼はそれほど興味を示しませんでした。それよりも塔のことが気になるようです。

 その公園に着いて、飛行場が望める場所に出ました。

「それよりこっち来てみろよ!」私が考え込むちょっとの間に、いつの間にか彼はずいぶん先を歩いていました。そして立ち止まり塔を指さすと、私に早く来るよう促しました。私が追いつくと、言いました。

「見ろよ二つあるぜ…」

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伝奇 A TARO @taro2791

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