Nouvelle vigueur(新しい力)
先頭を切って逃げるリョーマと、それを追う巨大な人波。商店の主人や一般客、風体の悪い者から警備隊まで、その内容は様々だ。
―――キキキ―――ッ!ドンッ!
そしてまた一台、警備車両が別の警備車両と衝突し黒煙を上げ出した。
「い、今のは俺のせいじゃない……よな?」
肩越しに音のした方を見ながら、リョーマは自分にそう言い聞かせる様呟いた。そもそも警備隊員が彼を追いかけるのにはそれ相応の理由があり、その理由とは間違いなくリョーマに在るのだが、彼はそれを認めようとはしていなかった。いや、気付いていなかったのだ。
事故を起こした車からは合計四人の警備隊員が降車し、彼等もまた人波に加わりリョーマを追い出した。先程から彼を追う人波は膨れ上がる一方だった。
「……ぃちゃん……兄ちゃん……リョー兄ちゃん!」
酒が入り、騒動を起こし、大勢の人々から追われていたリョーマは、随分前からマサトに「伝心」を用いた「念話」で呼び掛けられている事に気付いていなかった。
「リョー兄ちゃん!聞こえるか!?」
「お……おおっ!マー坊か!」
漸く彼の声に意識を向けたリョーマが、マサトの問いかけに答えた。
「なんだよ!聞こえてるなら返事ぐらいしてくれよ!」
「ああ、スマンスマン。ちょっと取り込んでてな……」
念話での会話では、当然ながら周囲の音は勿論、リョーマの息遣い等も聞こえない。互いに今現在どういった状況なのかは、周囲の状況で知る事は出来ないのだ。
「……取り込んでるって……何を……っ!?まさか、繁華街の方で大きな爆発音が聞こえたけど、あれってまさかリョー兄ちゃんが……!?」
マサトの声は驚愕している物であったが、同時にある程度の予測が付いていたと言った色も含まれていた。それはマサトの言葉にも含まれており、爆発音にリョーマが関わっているのではと言うニュアンスが含まれている事からも解る事だった。そしてそれはしっかりと的を射ていたのだ。
「……あー……あれか……あれね……あれは警備車両同士が勝手に事故っただけで、俺のせいばかりって訳じゃないんだ」
そう答えたリョーマだったが、言葉は曖昧で自己弁護が含まれ、到底説得力に欠ける物だった。そしてその事から、騒動の発端がリョーマにあると察したマサトは絶句してしまった。
「……リョーマさまー……?ひょっとして元々の原因って、リョーマ様が関わってるって訳じゃ……ないですよねー……?」
「ア、 アーちゃん!?」
会話に割って入って来たアイシュの声に、リョーマは酷く狼狽した。そもそもこの「伝心」による念話は、三人共に開通しており、意図して個人的な話は出来ない。冷静ならばその事に思いつくリョーマである筈だったが、マサトとの会話で既に動揺しており、アイシュの事にまで頭が回らなかったのである。
「い……いや、お……俺は悪くない!悪いのはあいつ等なんだ!」
必死で逃げ回りながらの「伝心」では、自分にとって都合の良い言い訳などスラスラと出て来る事も無く、結局リョーマはポロリと自白してしまった。
「……リョー兄ちゃん……」
「リョーマ様……やっぱり……」
マサトとアイシュの、ガッカリとした、それでいて妙に納得した声音を含んだ念話が零された。しかし彼等の落胆も、今のリョーマには知る由も無い。
「そ、それでなんだけどな……マー坊、アーちゃん、この状況を何とか……」
「撒いて来て下さい」
リョーマの哀願を、アイシュの念話がピシャリと封じ込めた。その
そしてアイシュの言葉には、まるで今のリョーマが置かれた立場を正確に把握している様な節があった。更に恐るべきは、その考えが正鵠を射ていたのだ。
「……いや……だから……二人とも、手を貸して……」
「撒いて来て下さい」
まるで録音再生かと思う程、先程と同じトーンで発せられた彼女の声音には、やはり只ならぬプレッシャーが含まれていた。その圧力をモロに受けているリョーマは勿論、先程からマサトも彼に助け舟を出そうとしない。恐らく出せないでいるのだろう、沈黙に徹している。
「……はい……」
そしてリョーマには、そう答えるしか他に道は無かった。
「私達は今、港湾エリアに居ます。リョーマ様は上手く撒いて、そこで合流しましょう、いいですね?」
そして一方的に用件を告げると、アイシュとマサトの「伝心」は途絶えてしまった。
「……おい?……もしもし?……くっそー……チックショー!逃げてやるー!逃げ切ってやるー!」
そうしてリョーマの叫びが夜の港町に轟いたのであった。
「……何か仕出かす輩じゃとは思っておったが、常に此方の想像を超える男じゃのう……彼は」
大きな溜息に、僅かばかりの感嘆を込めたユファがそう呟いた。
「あははー……昔っから、何かあれば必ずリョーマ様がその中心に居たんですよねー……」
アイシュもまた、大きな溜息でも付きそうなほど肩を落としてそう零した。恐らくは幼少の頃より同じ様な事が起こる度に、アイシュが何かと骨を折っていたのだろう。マサトもそれを知っている様で、苦笑いを浮かべるだけが精一杯の様だ。
「……でもリョー兄ちゃん、本当に大変そうだったぞ?助けに行かなくて良いのかな?」
苦労を買って出るのは何もアイシュだけでは無く、何時も巻き込まれる立場のマサトでさえ、やはり彼の事が気になる様である。
「リョーマ様なら大丈夫よ。昔からいつもそうだったし、なんのかんの言っても、結局は自分でどうにかしちゃうんだから。マー君も知ってるでしょ?」
「……まぁ……な……」
確かに彼の性格と手法を、マサトは良く知っていた。そしてだからこそ、不安を解消する事が出来ないでいるのだ。
リョーマのやり方に、穏便だとか要領良く等の言葉は含まれない。その殆どが「強行突破」なのだ。それでも今までは何とかして来た。後始末の大半がアイシュの役割だったとしても、兎にも角にも彼の力押しで揉め事を治めてきた経緯はある。
勿論、体が大きくなれば、それだけで起こす騒動の規模も大きくなる、等と言う方程式は無い。しかし現に、今彼は港町ピエナ自治領を巻き込まんとする暴動を起こしているのだ。
「……じゃが……そうじゃの。この暴動で何かが変わるやも知れぬ。好転するのか、悪化するのかは不明じゃがの」
現状打つ手を持たないマサト達にとって、事態が何かしら動き出すのは有難い事だった。それを機に、何かの切っ掛けを掴む事が出来れば、好転であれ、悪化であれ、彼等も動く事が出来るからだ。
ユファの言葉に、マサトとアイシュは視線を交わして頷いた。
「その為には……そうじゃな……少なくとも二つ、しておかなければならぬ事がある」
「……二つ?……しておかなければならない事……?」
ユファの言葉にアイシュがそう呟き、先程とは違う視線をマサトと交わす。彼にもユファの真意が解ら無い様で、首を傾げていた。
「うむ。一つ目はアイシュ、お主の『解放の儀』を済ませる事じゃ」
「あー!……そう言えば私の『解放の儀』はまだ済ませてなかったんだー……でもユファ、良くその事が解ったわね?」
マサトの『解放の儀』を済ませた後の行動では、とてもユックリと思案に更ける様な時間は作れなかった。その為アイシュ本人も、その事をすっかりと忘れていたのだ。
「……ふむ……これはお主を見ていて思い至ったのじゃが、これまでお主が魔法を使用する際、何処かその力に余裕の様な物が感じられたのじゃ。意図的に力を抑えているのではなく、何か別の力で制御されている様な感じじゃった。そこで思い出したのがマサト、お主に行われた『解放の儀』じゃったのじゃ」
マサトの「解放の儀」を執り行った場所にはユファもいた。彼女は一目見て、その性質を把握したのだろう。そしてアイシュにもそう言った類の封印が施されていると考えたのだ。
「へぇー……流石ユファ、大した洞察力だなー」
彼女の見解が的を射た物だったので、マサトは素直に感嘆の声を漏らした。そんな彼の言葉に、ユファは耳まで赤くして照れている。
「だ、伊達に長く生きておらぬと言う事じゃ」
そしてその声にも照れから来る動揺が含まれていた。そしてその表情を隠す様に取り繕うと、更に言葉を続けた。
「今後は更に強力な魔法士が現れるやも知れぬ。それに十二聖天は、今のお主では太刀打ち出来ぬ相手であろう?戦うにしても、マサトを守るにしても、じゃ」
アイシュは元々、そして今も彼のガーディアンガードを自負している。しかし今の能力では、強力な魔法士に相対する事は難しいのだ。
「そうね。うん、わかった!」
その事を彼女も良く心得ているのだろう、ユファの提案に熟考する事も無く即答した。
「それからもう一つ。マサト、お主に関してじゃが……」
ユックリと視線をマサトに戻したユファを、彼は真剣な面持ちで喉を鳴らし見つめた。
「お主には『アウトランク』を身に付けて貰う」
「……アウトランク……?」
聞きなれないその言葉にマサトは首を傾げて問い直し、ユファは彼の言葉にユックリと首肯する事で答えた。
「『アウトランク』とは、エクストラ魔法士にレギュラーの特性を植え付ける、千年前に編み出された呪法じゃ」
ユファが腕を組み、目を瞑って説明する姿は理知的である筈なのに、今の彼女がガイスト化していると言う事もあって、その姿がマサトには何処か微笑ましく映った。
表情が緩みつつある彼とは対照的に、難しい顔をしたままのユファは、マサトに鋭い視線を送りつけた。それを受けた彼は、途端に表情を引き締めた。
「そ……そんな便利な呪法があるのか?」
バツが悪そうに問いかけたマサトだったが、確かにそんな便利な魔法の存在を、誰も聞いた事が無かったのだ。アイシュも小首を傾げて考え込んでいた。
「……あー!確か十二聖天の!」
しかしアイシュにはその言葉に思い当たる節があったようで、それを思い出し大きな声を上げた。
「よく覚えていたの。そう、ガルガントス魔導帝国、十二聖天が一天、チェニー=ピクシスは『アウトランク』の魔法士じゃった」
チェニー=ピクシスの名前に、マサトとアイシュは押し黙ってしまった。彼女がイスト自治領壊滅の主犯であり、彼等の
しかしユファは、そう言った彼等の心情に
「きやつもエクストラ魔法の使い手でありながら、レギュラー魔法も行使しておった。マサトにはあやつの様に、レギュラー魔法が使える様になってもらう」
エクストラ魔法士はレギュラー魔法が使えない。そんな不文律をアッサリと覆す技術が、千年前にはあったのだ。俄かに信じられないと共に、当然思いつく疑問が彼等の脳裏に
「……ねぇ、ユファ?千年前にはその『アウトランク』って呪法があったのよね?何でそれが今は廃れちゃってるのかな?アクティブガーディアンだってレギュラー魔法が使えれば、色々と苦労する事も無かったのに」
アイシュの言葉は正しくマサトの考えでもあった。今更レギュラー魔法がなかった事を嘆く事も無いが、実際にあれば不自由しなかった場面は幾度もあったのだ。そう考えればそれ程便利な呪法が、何故廃れたのか理解出来なかったのだ。
「お主達は思い違いをしている様じゃが、例えマサトがアウトランクだったとしても、封印状態では魔法が使えないので意味はない事なのじゃぞ?」
千年の間争いも無く、封印を解かれたアクティブガーディアン等居なかったのだ。今と言う時代だからこそ、マサトは封印を解かれエクストラ魔法限定とはいえ魔法が使える様になっているが、何事も無ければ生涯エクストラ魔法は勿論、レギュラー魔法さえ使えない状態の筈であった。
戦乱に巻き込まれ、様々な問題を魔法により少なからず解決して来た彼等には、「魔法を使って当たり前」との認識が刷り込まれつつあったのだ。
「……あっ!そっかー……」
その事に思い至ったアイシュがそう呟いた。平和だった数週間前に戻り、マサトがアウトランクだったとしても、やはりその世界でマサトは「世にも奇妙な魔法の使えない人間」だったに違いなかった。
その事に思い至ったマサトも、アイシュを見て苦笑いを浮かべた。
「……まずこの呪法は、戦時中に用いられたと言う事が一つ。戦後、極度に戦闘力の高くなる技法や呪法は廃止したからの。そして疑似抑止力とは言え、各自治領に一人ずつ所有を認めたエクストラ魔法士に、戦いの無い世で過剰な『力』を持たせる事は危険じゃと考えたからと言う事が一つ」
マサト達の認識齟齬が改まったのを見計らって、ユファは静かに説明を再開した。
彼女の言う通り、確かにただアクティブガーディアンとなるだけでも、周囲からは奇異の目で見られる事となる。それは単に「魔法が使えない人間」を見る眼だけでは無く、
「そしてどれだけの資質を持っていたとしても、使えるレギュラー魔法は、本来の魔法士ランクよりも劣ると言う事じゃ。ランク10相当の魔法士であっても、使えるレギュラー魔法はその半分、せいぜいランク5程度なのじゃ」
「……ランク5でも十分凄いと思うけどなー……」
アイシュの呟きは現代においてもっともな物だった。ランク3であってもあらゆる現場で重宝されている時代であれば、ランク5の魔法士等それこそ引く手数多に違いないのだ。
「戦時中では意味のない物なのじゃ。エクストラ魔法士は敵エクストラ魔法士を含む拠点破壊、敵軍殲滅、自陣防衛と言った、『対エクストラ魔法』の切り札と言う位置付けじゃった。当然相手の使う魔法はランク8相当以上。例えランク5のレギュラー魔法が使えても、それに意味は無いのじゃ。無駄に魔力を消費して、下手をすればエクストラ魔法の使用に支障をきたすやも知れぬからの」
しかし「戦争」と言う環境においては、ランク差は絶対的な壁となる。ランク5のレギュラー魔法を持つエクストラ魔法士が迂闊に前線へと出ようものなら、高位のレギュラー魔法士に一蹴されてしまう恐れもあるのだ。勿論その前に、エクストラ魔法一撃で全滅させれば問題ないが、そうなればレギュラー魔法を有する意味も無くなってしまう。
「それに身に付ける事の出来るレギュラー魔法は、最大でランク5なのじゃ。適性の低い者はせいぜいランク2や3、適性の無い物に至ってはランク1と言う者も居った。現代でこそランク1でも、使い様によっては社会に活躍出来る機会があるやも知れぬが、事“戦闘”ともなると、その程度では気休めにしかならぬ」
「それならなんで俺が『アウトランク』を身に付ける必要があるんだ?俺もレギュラー魔法が使えれば便利だとは思うが、どうしても必要とは思えないんだが……」
ユファ自身がマサトに「アウトランク」を身に付ける様進めたにも拘らず、先程から彼女の話には、アウトランクに対する否定的な言葉が多い様に思え、マサトは疑問に感じたのだ。
「ふむ。今までの説明は『何故アウトランクが廃れたのか』と言う物に対してじゃ。しかし千年前には不要と思われた技術も、今と言う時代には利点も多いのじゃ。それに“戦争”と言う集団戦を行う環境と“ゲリラ戦”とでは勝手も違う。使える技法は多いに越したことは無いのじゃ」
つまり千年前には用途が多くないと考えられ、この戦乱が勃発する前には不要と考えられていた技術も、今と言う状況では有効と言う事なのだ。それにマサト達は少数での移動で、戦闘は出来るだけ避けるに越した事は無く、万一戦闘となっても、それは局地戦に留める必要がある。つまりゲリラ戦に近いのだ。
「そう言う意味では利点もあるのじゃ。例えばランク2以上の魔法が使える様になれば、飛行魔法の使用も可能じゃ。空を飛べると言う事は移動に際しては元より、相手が空中戦を仕掛けてきた時にも対応出来る。マサト、お主の『三日月流剣術』を以てしても、空中の敵には容易に対応出来まい?」
「……ああ……流石に空中の敵を倒す技法は、未だ確立されていないな……」
三日月流剣術に及ばず、暁流拳術、宵闇流槍術にも魔法無しでは、その様な技術を使用する事は出来ない。
「それだけでは無い。魔法も使用によっては有効な使い道があるのじゃ。例えばチェニー=ピクシス、きやつは撤退を行うに際し、炎の障壁魔法を使用した。あの様に目眩ましや、相手に油断を誘う様な使い方ならば、身に付けておいて損は無いと言う事じゃ」
現在マサト達が置かれている立場は、あくまでも逃避行である。ガルガントス魔導帝国より身を隠し、逃げ
「確かに、あらゆる手段が必要な時だな。解ったよ、ユファ」
そう考えたマサトは、ユファに向かい力強く頷いた。
「解って貰えて嬉しいのじゃがな、マサト。最悪の結果として、お主のレギュラーランクが1になると言う事も考えられるのじゃ。そうなれば目も当てられん、全くの無意味となる事を忘れるでないぞ」
マサトの決意に茶々を入れる様に、半眼を向けてユファは意地悪くそう言った。
確かにランク1相当ともなれば、使える魔法は弱い基本魔法と高速移動魔法のみ。レベル1の魔法等、それこそ戦闘には使い様も無いし、高速移動に至っては既に「三日月流体術 飛影」がある。これでは身に付けるだけ無駄と言っても過言では無かった。
「……マー君なら……なんか、引きそう……だね……」
「……ぐっ……」
アイシュの言葉に、マサトは反論出来ず言葉に詰まった。
マサトの人生が、これまで不運続きであったと言う事は無い。全くに平平凡凡とした物だったと言っても良いだろう。しかし取り立てて華やかな事があったと言う訳でも無かった。そしてクジ運はどちらかと言えば……悪い方だった。
それが解っているマサトであるから、アイシュの指摘に反論のしようが無かったのだ。
「ここで思い留まっても拉致は明かぬ。早速試してみようかの」
そう言ったユファの表情は、何故かとても楽しそうに見えたのだった。
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