鍵が開かない。正確に言えば鍵穴に差した鍵が回らない。新築のマンションに引っ越して一週間、トラブルは急にやってきた。時刻は午後七時。ショッピングセンターに勤める妻は遅番で、十一時過ぎないと帰ってこない。それまで時間を潰すと言っても、このマンションは郊外にあるのでちょっとした食事をする店と言ってもバスで一時間くらいかかる。面倒くさい。僕はマンションの棟数と部屋番号を確かめる。ここには同じような棟が十もある。皆同じ形だ。一つくらい間違えていてもおかしくない。でも合っている。僕は途方に呉れた。


 長くて辛い五時間が過ぎた。妻は外で食事をしてきて、午前様だった。ようやく鍵が開く。と思ったら、

「あれ?」

 妻も鍵が開かない。もうトイレの限界だ。敷地の緑地でしてしまうか。と思った時、

「ああ」

と妻が言った。扉が開いた。僕はトイレに駆け込んだ。

 やっと人心地ついたら、鍵の謎を知りたくなった。

「ねえ、どうして最初は開かなくて、次は開いたの?」

「これよこれ」

 妻は二本の鍵を取り出した。

「あなたも私も前の家の鍵でドアを開けようとしたのよ。だから開かなかった。それだけの事」

 それだけのことで五時間も待ちぼうけを食らう羽目になったのか。

 これが二人の不幸な結婚生活の始まりだった。

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