第112話 モラトリアム
突然の死というのは、今そこに座っていた人が退座したまま帰ってこない状態に似ていると思う。丁度、美咲の死がそんな感じだった。
同じ会社のOL同士、大柄でボーイッシュいつも元気いっぱいの美咲と、チビでのんびり屋メガネっ子の私は、なぜかウマが合って仲良しになった。
仕事中はもとより休憩時間やトイレにだっていつも二人でツレあっていた。休日には私のアパートでゲームをしたり、一緒にご飯を作ったり、まるで恋人同士みたいと周りから冷やかされていた。まあ、美咲も私も彼氏がいなかったし、お互い気楽で良かったのかもしれない。
まさか美咲が、あんなにあっけなく死んでしまうなんて……神様の冗談としか思えなかった。
あの日、仕事帰りに美咲と居酒屋に行くことにした。
週末なのでお店の中が混んでいて、私たちは二階の座敷に通された。偶然にも同じ会社の男性社員三人と一緒になり、みんなで一緒に飲むことになった。その中に美咲の憧れの男性社員がいたので彼女のテンションが上がった。
下戸の私はウーロン茶しか飲めないが、付き合いのいい美咲はお酒を勧められると断れない
その内、隣に座っている美咲がモゾモゾし始めた。
「どうしたの?」と訊ねると、「おしっこに行きたいけど足が痺れて立てない」と小声で答えた。和室に座布団、日頃慣れない正座で足が痺れたようだ。トイレは階段を下りて一階にあり、とても一人では行けそうもない。
「肩貸してあげるから一緒に行こう」と言うと「いいよ。恥かしいから一人で行くよ……」と美咲が答えた。憧れの人に酔っ払ってると思われたくなかったかも。足元が危なっかしいし「大丈夫なの?」と訊いたら「もうダメ! もれそう!」と慌てて座敷を飛び出していった。
その直後だった、ガンガラガッシャ―――ン!! けたたましい音と共に美咲の命が消えてしまったのは――。おしっこがもれそう! 階段から足を踏みはずして転落死。しかも死亡現場は血の海ではなく、お小水の海が広がっていく――。
おしっこを垂れ流し死んだ親友の姿を私は茫然と眺めていた。
美咲の初七日法要終えて、あんな死に方をして成仏できるのだろうかと心配になった。さぞ草葉の陰で恥かしがっているだろうなあと思いながら、アパートに帰ってきたら、なんとうちにいた。
「やっほー!」
「み、みさき!?」
死んだはずの友人が私の部屋でゲームをしている。
「そうだよ。オヒサー」
「美咲は死んだんでしょう? 幽霊になったの?」
「幽霊というか、あの世とこの世のあいだって感じかなぁ~」
「まさか成仏できなかったの? 頼むから私の部屋で自縛霊にならないでね」
「ちゃんとあの世に逝ったよ。今はモラトリアムでこっちへ帰ってきた」
「猶予期間? よくもらえたね」
「うん。ここでおしっこするぞって神様脅したから~」
「罰が当たるよ!」
「親友に伝えたいことがあるから、少しだけ時間をもらったの」
そう言うと美咲は私の顔を見てニヤリと笑った。
なんだか悲壮感のない死者で拍子抜けだが、やっぱり美咲に会えたことは嬉しい。顔を見たら急に涙が込み上げてきた。
「美咲がいなくなって寂しいよ」
「ゴメンね。こんな形でお別れするなんて思わなかった」
「やっぱり心残りとかあったでしょう?」
「そう。ゲームがなかなかクリアできなくて心残りだったし、憧れの人にも告れなかったし、もっと長生きしたかったけど……慌て者だから、あんな死に方しちゃった」
あっけらかんと語る美咲に、私のしんみりも吹き飛んだ。
「ずっと美咲といたかったよ」
「おしっこって、ギリギリまで我慢するもんじゃないね。死ぬ時、マジ反省したわ」
その言葉に思わず二人で笑ってしまった。死んでもネタになる美咲はある意味すごい奴だった。
「寂しがらなくていいよ。あたしたち来世で双子になって生まれ変わるから~」
「えっ! マジで?」
「神様があみだくじで適当に選んだら、あたしとあんたの魂が双子になって転生するって分かったの、それを伝えたくて戻ってきたんだ」
「信じられないけど、だったら嬉しいなあ」
ピコーンピコーンと間抜けなアラーム音が聴こえた。
「やばっ! モラトリアム終了の合図だ。じゃあ、あたし帰る」
突然、目の前にいた美咲の姿がスッと煙のように消えた。同時に私のスマホにLINEが届く、さっき消えた美咲からだ。
『あの世って仕事しないでいいし、快適なところだよ。
あんたは人生いろいろ楽しんでからゆっくりおいで。
それまでのんびり待ってから~♪ 』
死者からの伝言を微笑みながら読んでいる私ってヘンな人かも?
だけど美咲とまた会えるかと思うと死ぬのも怖くない。のんびり屋の私のことだから、なが~いなが~いモラトリアムを楽しんでから、あの世にいくつもりなのでまったりと待っていてください。
どうか来世でもよろしく♪
夢想家のショートストーリー集 泡沫恋歌 @utakatarennka
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。夢想家のショートストーリー集の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます