第45話 酸っぱい嘘

 みんなはあたしのことをいい子だと思っている。

 うちの両親だって、正直で真面目で優しい子、それが私に対する見方だが、実はいい子のフリをしていただけなの。そう、物心ついてからずーっとね!

 高校でも優等生のフリをしている。

 クラスメイトの相談相手になったり、行事の時にはクラスをまとめたり、教師からも信頼されてるし、みんなの受けも良い、だから学級委員長やってます。

 あたしの顔は十人並みくらい? だけど純心そうに見えるらしい。

 だから人に警戒されたりしない。嘘をついても誰も疑わない。嘘を嘘だと気づかせないことが私に与えられた天賦てんぷかもしれない。

 だけど本当のあたしは、けっこう腹黒キャラなのだ。嘘もつくし、陰険だし、人の足も引っ張るよ。


 友だちの莉帆りほに(友だちのフリをしてる)彼氏ができたらしい。

 それを嬉しそうに私に自慢するので、ほんとウザイ! ムカつく! あんまりはしゃぐのでどんな相手かと気になって、莉帆の彼氏のクラスまで見にいった。

 二年B組の槇原裕貴まきはら ゆうき、第一印象はなかなかイケメンだと思った。勉強もスポーツもできるらしい。知らない名前だと思ったら転校生だった。

 それから、時々、槇原裕貴を観察するようになった。莉帆と仲よく校内を歩いてる姿を見た時、あたしのなかからメラメラと嫉妬の炎が燃え上がった。

 どうやら、あたしは槇原裕貴のことが好きになったらしい。

 莉帆の彼氏だが、ふたりは付き合ってから日も浅いし、今なら横取りできるかもしれないと思った。どうやって莉帆から裕貴を奪うか、『略奪愛』について悪巧みを考える。だってあたしは本当に悪い子だもん。

 うちのクラスの生徒たちは、委員長の私のいうことなら信じてくれる。

 ベタな方法だが莉帆の悪い噂を流してやろうと思った。クラスの女子数人に「これ内緒なんだけど……莉帆がおじさんと援助 交際しているらしい」と嘘の話を聞かせた。

 内緒だといって、本当に内緒にする女子なんていない。私のいた嘘は、ひとりで歩き出し、デマとなって学校中に広まっていった――。

 莉帆は職員室に呼び出されて、その後、不登校になってしまった。

 チャンス到来! 莉帆を心配する友人のフリをして槇原裕貴に近づいた。下校中の彼をつかまえて、莉帆のお見舞いに一緒に行ってくれないかと誘ってみた。

 彼は驚いていたが、そもそも私のことだって知らない様子だった。

「君はだれ?」

「二年A組の学級委員長、日置奈緒子ひおき なおこといいます」

「不登校になったクラスメイトの様子を見に行くのも委員長の仕事なんだ」

 皮肉混じりの言い方だったが、一緒にお見舞いに行くことを承知してくれた。


 翌日、校門前で槇原君と待ち合わせて、学校から二駅先にある莉帆の家に向った。

 電車に乗っている時も、なぜか警戒するようにあまり話をしようとしない。槇原君は陽気でお喋りだと莉帆に聞いていただけに印象が違う。

 あたしは自分のついた嘘のせいで、ちょっと後ろめたい気分だし……なんとなく、重ぐるしい空気だった。

 莉帆の家に向う途中に果物店があった。その店の前で立ち止まって、槇原君が莉帆は果物が好きだからと籠に盛った甘夏を買おうとしている。

 不登校の彼女にお土産を買っていくなんて……莉帆のことが心底羨ましいと思った。槇原君は莉帆の悪い噂を信じていないのかしら?

「夏みかんって食べたことある?」

 槇原君がいきなり質問してきた。

「えっ? 夏みかんは食べたことない」

「田舎のお祖母ちゃんの家で食べたことあるけど、すっげぇー酸っぱいから重曹や塩をかけて食べるんだ。苦味のある酸っぱさで思い出しただけで口の中に唾が溜まる」

 顔をしかめてそう言った。

「甘夏だって酸っぱいけど、それほどでもない」

「そう、甘夏って夏みかんよりも甘いから『甘夏あまなつ』ってついたんだよな? だけど、夏みかんの酸っぱさを知らないくせに『甘夏』って呼ぶのは、オカシイとは思わないか?」

「えっ? そう言われれば、たしかに……」

「夏みかんの酸っぱさを知らずに、なぜ、それより甘いと言える」

「たぶん誰かがそう言ったからでしょう」

 槇原君は何を言いたいのだろう? 私は彼の心をはかれない。

「じゃあ君は、見ず知らずの誰かが言った言葉をそのまま信じるわけ?」

「はぁ?」

「僕は『甘夏』という言葉を信じない。誰かが流した根も葉もない噂なんか信じない。僕は莉帆を信じてるから、そんなデマには動じない」

「そ、そうよね。私も莉帆のことはもちろん信じてるわ」

 あたしがそう答えたら、睨みつけるように槇原君がこちら凝視ぎょうしした。

「二年A組の女子に訊いて回ったんだ。その噂を誰から聞いたのかって、そしたら最終的にひとりの女子に辿たどりつくんだ。……その子の名前を聞きたいか?」

「…………」

 あのデマを流した犯人が、あたしだと槇原君は気づいていたんだ。

「なぜ、そんな嘘をついたのか知らないが、ちゃんと莉帆に謝って欲しい」

 どんな嘘でも信じる心には敵わない。あたしが考えていた以上に、二人の絆は固かった。

 この世の中を嘘で渡っていけるくらいに考えていた、あたしの負けでした。デマの張本人としてあたしは糾弾きゅうだんされようとしている。

「あ、あたしは……ごめんなさい……」

 あたしの目は焦点が定まらず、果物店の黄色い甘夏の上に泳がせる。

 自分がついた酸っぱい嘘で口の中がヒリヒリする。鼻がつんとして涙が零れた……これは後悔の涙じゃない。――それは莉帆りほへの嫉妬の涙でした。

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