第14話 黒い長財布
アパートの部屋の前で財布を拾った。
それは黒い
その財布には現金の他は何も入っていない、だから落とし主が分からない。いったい誰がこんな大金を落としたんだろう?
俺の住んでいるアパートは古くて狭いし底辺な奴らばかりが住んでいる。こんな大金を持っている筈ない――。明日、交番に届けるつもりだけど……この財布に入っている現金が、喉から手が出るほど欲しい!
貧乏学生の俺は家賃と学費しか仕送りがない。
生活費をバイトで稼いでいたのだが、働いていた居酒屋の業績が悪くて店じまいすることになった。今日支払われるバイト代も未払いのままで、仕送りまで十日あるというのに、俺の財布の中身は千円もない……。
夕食のカップ麺にお湯を注いでいたら、ノックの音がした。嫌な予感が……このまま無視しようとしたら、さらに激しくドアを叩く。
「部屋に居るんでしょう? 電気点いてるし、居留守だって分かってんのよ!」
アパートの大家の婆さんだ。
今どき振り込みが常識なのに、今だに住人の部屋を回って家賃を徴収している。お節介でガメツイ婆さんなのだ。
俺は渋々ドアを開けた。
「スミマセン。今日入る予定のバイト代が入らなかったので……家賃待ってください」
「そんなことは知らないよ。毎月払うのが家賃だろう? なんで用意しておかないのさ!」
その後、グチグチと嫌味と説教をされて切れそうになった俺は、つい黒い長財布から家賃を払ってしまった。
婆さんは現金を財布にしまうと、家賃通帳に判子を押して帰って行った。
ああ、ついに他人の金に手を付けた……自己嫌悪で
見ると、一ヶ月前にフラれた
『もしもし……』
『お願い助けて!』
『えっ! どうしたの?』
『財布を失くしちゃって、レストランに居るんだけど……お金がなくて出られないの』
里帆の説明によると、予約したレストランで友だちと食事する予定で待っていたら、携帯からドタキャンされた。もう席に着いているし、このまま出られない。おまけに財布がなくて困っているというのだ。
まだ里帆に未練がある俺は教えられた店へタクシーで駆けつけた。
高級そうなフランス料理店だった。
貧乏な俺には場違いだったが、中に入ると奥の方の席で里帆が手を振っている。ツレだと思われた俺は、ボーイに案内されて席に着いた。
「良かった! 来てくれて」
里帆は襟開きの広い黒いドレスにストールをしてセクシーだった。服装から察して、新しい彼氏とデートだったのかも知れない。だが、ドタキャンとは……。
俺が席に着いたのを見計らって料理が次々運ばれてくる。
ソムリエがワインを勧めにきたが、ワインなんて分からない、薦められた銘柄品をボトルで注文。――久しぶりに会った里帆の前で見栄を張った。
「すごくリッチね!」
「うん。ロトで当たったんだ」
ネコババした金を使っているとは言えないし、適当な嘘をつく。
付き合っていた頃、貧乏な俺は里帆にマックか牛丼しか奢ったことがなかった。
一ヶ月前、里帆の誕生日に金がない俺は、百均でコスメを買いラッピングして渡した。プレゼントの中身を見て「これ百均のコスメでしょう? こんな安物使わないわよ!」怒って泣き出した。――それが原因で俺は嫌われてしまった。
美味しいフランス料理はひとり一万円のコースだった、それとワインで結構な金額だったが、黒い長財布から俺は支払った。
帰り道、ご機嫌な里帆は俺に腕を絡めてくる、ヨリが戻りそうだ。宝飾店の前で足を止めた里帆は、物欲し気にショーケース見ている。
「誕生日プレゼントに何か買ってあげるよ」
俺の言葉に里帆の顔がパッと明るくなった。
いろいろ選んでティファニーのネックレスを買った。彼女の首にティファニーを付けてあげると、感激した里帆が俺に抱きついてキスをした。
女の子の気持ちがプレゼントひとつで、こうも変わるとは思わなかった――。
その日から里帆と毎日デートした。
カラオケ、ゲーセン、映画、ショッピングと派手に金を使った。ディズニーランドにも二泊三日で行ったし、お土産もいっぱい豪華な旅行だった。
今までの人生でこんな散財したことない俺には、『薔薇色の日々』だった。ネコババしているという罪悪感すらなくなっていた。
――ついに黒い長財布がカラッポになってしまった。
早朝、激しくドアを叩く音で起こされた。
開けると、屈強な男が二人立っていた。黒い手帳を見せて「警察だ」と名乗った。
「大家さんの通報で、君の使った一万円札が
婆さんが、俺の一万円の『
黒い長財布の一万円札は偽札だったんだ。それとも知らず俺は使ってしまった。
「本署まで、ご同行願おうか」
そう言って男たちが、俺の肩をガシッと掴んだ。
ネコババと偽札犯どっちの罪が重いんだろう?
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