第109話 森の小人族の村

 木々が鬱蒼と茂り、昼間でも薄暗い印象を受ける深淵の森の中だが、夏の太陽の日差しの強い日中は気持ちの良い木漏れ日が当たり、見通しが良く歩きやすい環境と言えるだろう。

 ただし、それはある程度以上の探索能力を持つ者に限られた事である。


 深淵の森の奥地は滅多に人も通らず、踏み固められる事が無い為に、下草や灌木が生え放題になっていて、余程森に慣れた者でも無い限りは、まともに歩く事も出来ない。


 従って、ワタルとヒマルによりドリアードを連れ去られたキャベチ軍にとって、大軍を進軍させることは困難を極めていた。

 ドリアードの能力によって、森を歩きやすい様に変化させながら進んでいた時とは比べ物にならない程、ゆっくりとした進軍速度にならざるを得なかった。


 更に、キャベチ軍にとって最悪だったのは、ドリアードがいなくなった事で、今まで通って来た森が元の鬱蒼とした状態に戻ってしまった事だ。

 だから、帰るに帰れないのだ。

 撤退する事も出来ずに、がむしゃらに小人族の村を目指していた。


 そして、深淵の森に住む強い魔物達も、森の守り手のドリアードがいなくなった事で、遠慮無くキャベチ軍を襲う様になっている。

 高ランクの魔物達にとっては、例え軍隊であろうが格好の獲物が迷い込んで来た様に見えるだろう。

 嬉々として、キャベチ軍に襲いかかっているのだ。


 いくら戦いを専門とする軍隊と言えども全員が歴戦の勇士と言う訳では無い。

 高ランクの魔物に森の中で襲われれば、かなりの被害を出す事になる。


 相当な数の兵士達が、無意味に犠牲になっていった。



 それに比べてワタル達の道行は順調であった。

 何しろ、森の小人族のエスエスが道案内をしているのだ。

 安全で最も効率の良い道筋を的確に進んでいた。


 そして、深淵の森の最奥の魔物ならともかく、高ランクと言ってもこの辺りの魔物なら、彼らの足止めにもなっていなかった。


 そして、順調に半日もかからず、日暮れ前に小人族の村に到着したのであった。



 ワタル達の到着を、森の小人族の村は歓迎して迎えてくれた。

 先に着いていたドリアードに話を聞いていたのだ。


 村の入り口では、通常は張ってある結界の魔法が解かれ、長老のミグミグが出迎えに出て来ていた。

 長老と言っても、まだ50歳だそうである。

 平均寿命が60歳程度、と短命な種族である森の小人族では十分に長老なのだろう。


 やはり、背が低く子供の様で、鮮やかな緑色の髪と整った顔付きが目を引く。


「おお、エスエス、無事で何よりだ」


「ミグミグ、お久しぶりです。村のピンチと聞いて、仲間を連れて応援に来ました」


 2人はガッチリと握手をして、ハグし合っている。

 小人族は子供の様な体型なので、何やら微笑ましい光景に思えてしまう。


「エスエス、何だか逞しくなった様だな。ドリアード様から話は聞いている。本当にありがとう」


 ミグミグはペタペタとエスエスの体を触っている。


「ボクの方こそ、無理矢理に村を飛び出して……あ、ボクの頼りになる仲間です」


 エスエスは、ミグミグにワタル達を紹介する。

 そして、紹介を受けたミグミグは、開いた口が塞がらなくなってしまった。


「……高ランクの冒険者に魔法使い、ドラゴノイドに魔物の女王様……エスエス、お前は一体どんな生活をしていたんだ……」


 驚きながらも、エスエスの言う事を嘘だと思わない所が素直な性格の森の小人族なのだろう。


「これは、絶対に守ってあげないとね」


 庇護欲が刺激されたシルコが気合を入れている。


「守るだけかの?そのキャベチとやらを滅ぼさないと駄目じゃろう」


 ヒマルは過激だが


「そうね。一般の街の住民に被害を出さない様に滅ぼさないとね」


 と、ルレインまで乗り気である。

 元ギルドの従業員とは思えない。


「ま、取り敢えず、ここに向かっている軍隊をやっつけてからだな」


「御意」


「森に火をかける訳にはいかないから、アタシの火魔法はキャベチの館を燃やすのにとっておくわ」


 誰も自重しないチームハナビのメンバー達。

 ミグミグは唖然としている。


 こんな話をしている間にエスエスは村の中に入って行って、村人達と楽しそうに話をしている。

 こんな状況でも、自分の村に帰って来た事は嬉しいのだ。

 沢山の小人族がエスエスの周りに集まって来ていて、遠目に見ると子供達の集会の様で微笑ましい。


 エスエスは早くに両親を亡くしていて、長老のミグミグに育てられたらしい。

 しかし、森の小人族の村は、大人が全員で全部の子供達の面倒をみる事が当たり前になっているコミュニティだ。

 村全体が家族の様な関係になっている。


 これは、厳しい環境の森の奥地に暮らす一族が、自然に身に付けた生き残る為の手段でもある。

 森に狩りや採取に出かけた大人達の死亡率が高いのだ。

 だから、自然と孤児が多くなり、村の大人達は誰の子供であっても自分の子供の様に面倒をみるのである。


 従って、村の中での犯罪などは殆ど見られない。

 全く無い訳ではないが、極端に少ないのだ。

 だが、稀に起こる犯罪には、厳しい処罰が待っている。


 しかし、この強固なコミュニティは、村を率いる有能なリーダー無しには有り得ない。

 代々受け継がれる長老職は、当然に世襲制では無く、その時に最も優秀と認められた者が受け継いで行くのである。


 そして、ミグミグはかなり優秀なリーダーだった様である。

 それは、この小人族の村の雰囲気を感じれば、初めて訪れたワタル達でも理解する事が出来た。

 村全体が仲の良い家族の様に見えるのである。


 しかし、それでも単純に武力が足りないのだ。

 これまで、この村が平和に暮らして来られたのは、侵略者がいなかったからに過ぎない。

 キャベチ公爵の様に、狂気とも言える数の軍勢を送り込まれては、村の壊滅は免れなかっただろう。


 更に、天然の要塞の役割をしていた深淵の森も、ドリアードの能力を逆手に取られては危なかった。

 ワタル達がドリアードを奪還した事は、小人族の村にとって、これ以上無いほどのアシストになっていた。


「本当にありがとうございます。貴方達は村の恩人です」


 ミグミグはワタル達に深々と頭を下げる。

 彼の周りにいる他の小人族達も、合わせて頭を下げている。


「いや、まだ終わっていませんよ。まだ、キャベチの軍隊が迫っていますから」


 と、ワタルが応えている。


「大事な仲間のエスエスの村だもん。放って置けないわ」


「それに、キャベチには因縁があるのよ。この際だからコテンパンにしてやるわよ」


 シルコとラナリアも威勢が良い。


「長老にお尋ねしますが、村人が不自然にいなくなったりしていませんか?キャベチ公爵には、森の小人族を誘拐している疑いがあるのです」


 と、ルレインが尋ねる。


「はい、村から出て帰って来ない者が多くなっています。特にこの1年ほどの間に街の方に行った者は殆ど帰って来ません」


 ミグミグは沈痛な面持ちを見せている。


「やっぱりそうですか……」


「そんな中、エスエスが言う事を聞かずに出て行ったので心配していたのです。まさか、こんなにお仲間を連れて助けに戻ってくれるとは……本当に嬉しい限りです」


 エスエスの帰還の話になると、ミグミグの表情は非常に明るいものになる。

 心から喜んでいる様だ。


 しかし、喜んでばかりもいられない。

 キャベチ軍は、進軍速度は落ちたものの確実に村に迫っているのだ。


「ささ、もうすぐ日が暮れます。ワタルさん達はお休み下さい。夜の警戒は我々で行いますから。エスエス、皆さんを集会所にご案内してくれるか?」


 ミグミグは、ワタル達に休む様に勧めている。

 確かに、ワタルの広範囲の索敵にもキャベチ軍が引っかかってはいない。

 敵の攻撃が始まるのは、明日の朝以降になるだろう。


「では、お言葉に甘えて休ませて貰います」


「旅人も滅多に来ない小さな村ですから宿屋はありませんが、寝所は用意してあります。お口に合うか分かりませんが、食べ物も用意してあります。ドリアード様もそこにいらっしゃいます」


 物凄く丁寧な対応である。

 エスエスによると、外部の冒険者をこんなに手厚くもてなすのは初めて見たそうである。


 エスエスに案内された一行は、小人族の村の中心にある集会所と呼ばれる建物に泊まる事になった。

 男女別に大きな部屋が用意されて、寝具も沢山あり、ザコ寝では無くゆっくりと休める様になっていた。


 食事は簡単なものだったが、深淵の森の恵みを十分に活かした料理であった。

 木の実や果物がメインで肉類は少なかったが、タップリと用意されて、味も素晴らしいものだった。


「美味いな」


「美味しいわね」


 自分の村の料理を皆に褒められたエスエスは嬉しそうである。

 そして、懐かしそうに食べているのが印象的であった。


 ここで、一緒に食事をしていたドリアードが口を開いた。


「私の森の魔法で、キャベチ軍の侵攻を妨害していますが、彼らは森に火を放ちながら進んで来ている様です。この調子だと、明日の朝にはこの村に辿り着いてしまいそうです。森を焼かれてしまうと、私の力も十分に発揮できませんので……」


「キャベチ軍もなり振り構ってられないんだろうね。ドリアードさんも、まだ本調子では無いでしょ。あまり無理をしないで欲しいな。俺たちの到着を間に合わせてくれただけで十分だよ」


「あ、ありがとう……ワタルさん……意外と優しいんですね」


 ドリアードは、ワタルの態度に少し驚いている様だ。

 やはり、ラナリアのおっぱいを揉んでいたのを目撃した事がわだかまりになっているのだ。


「ワタルは、あのスケベさえ無ければ良い奴なのよねぇ」


 シルコが微妙なフォローをしている。


「とにかく戦いは、妾達に任せておけば大丈夫じゃ。妖精殿はここにいて小人族を元気付けてたもれ。なあに、人族の兵隊が幾らいようとも妾達の足元にも及ばぬよ」


「貴女がそう仰るなら、そうなんでしょうね。それでは、私は今夜は安心して眠る事に致します。皆様、これから宜しくお願い致します」


 ヒマルの言葉に安心したのか、ドリアードは丁寧に頭を下げると寝所に向かって行った。

 やはり、ワタルが心配した通り、まだ本調子では無いのだろう。


 さて、ワタル達も程なく寝る事になった。

 エスエスは少し緊張している様だが、他のメンバーは明日戦いが始まる割にはリラックスしている。

 これまでの冒険で、大分度胸がついて来たのだろう。

 元々は貧民街のチンピラ相手にも苦労していたヘタレチームとは思えない落ち着きぶりである。

 数千人の侵略を目的とした軍勢が迫っているのにも関わらず臆した所が無いのは、これまで成し遂げて来た冒険の大きさ故であろう。



 その夜、見張りの者を除いて小人族の村人のほとんどが寝静まっている時間、明るい月は出ているものの、その月明かりは鬱蒼とした森の木々に遮られ村の中までは届かない。

 村の彼方此方ではかがり火が焚かれ、その明かりだけが村の中を照らしている。


 深淵の森に住む小人族にとって、森は生きる為の源泉である。

 森から糧を貰い、自身も森の中で朽ちて行く。

 森の小人族にとって、深淵の森は自分自身と一体なのだ。


 そんな森の中で火を使う事は、本当に必要最低限の場合を除いて御法度である。

 この村の人々にとって、森の火事ほど恐ろしい事は無いからである。

 森の小人族の村では、火の恐ろしさが代々伝えられ、火の扱いは厳密に制限されて来た。


 だから、夜中にかがり火を焚く事など、余程の非常事態でなければあり得ない。

 火の明かりに照らされた見張りの村人の顔はどれも緊張感に包まれて、 物々しい雰囲気を醸し出している。



 そんな、村人の苦労も知らずにグッスリと眠っていたワタルが、何かを感じて目を覚ました。

 ワタルが周りを見ると、エスエスも起きている。


 ワタルは、無言のまま手で外を指すジェスチャーをすると、音も無く部屋から出る。

 手には【風の魔剣】を持っている。

 エスエスも後に続いている。


 外に出るとワタルが小声で囁いた。


「感じたか?敵意は無い様だけど……」


「ええ、それにしても大きな気配ですね」


「騒ぎにならないうちに様子を見て来るよ」


「ワタルだけじゃあ村の結界を通れませんよ。強引に破ったら大騒ぎになります。ボクも一緒に行きます」


 この2人の索敵能力はズバ抜けて優秀である。

 ワタルの索敵は規格外の精度を持っているが、森の中ではエスエスの索敵範囲もワタルのそれに匹敵する。


 この2人が、村に近付いてくる大きな気配を察知したのだ。

 まだ他の誰も気が付いてはいない。

 この付近に生息する高ランクの魔物よりも遥かに大きな気配である。


 敵の斥候にしては気配が大き過ぎるし、何より敵意が無い事が不思議であった。


 ワタルはステルスで、この気配の正体を確かめるつもりだったが、エスエスも一緒に行きたそうである。

 エスエスも自分の村を守る為に少しでも多く役に立ちたいのだろう、と考えたワタルはエスエスと共に村の外に出る事にしたのであった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る