第90話 イーサンの村のトーイ軍
反乱軍と呼ぶにはあまりに規模の小さな、しかし士気は非常に高いトーイ率いる獣人軍の馬車が、チームハナビの馬車を先頭にして街道を進んでいる。
たった2台の馬車からなるキャラバンではあるが、途中の町や村で合流する者もいるし、別行動で王都サモンナイトの近くの村に集まっている者もいる。
それらすべての兵を合わせて、総勢百数十人位にはなる予定である。
それでも王都でクーデターを起こすには、あまりにも少ない兵力である。
王都にいる騎士だけでも数百人、兵士は数万人はいると言われているのだ。
いくら獣人の戦闘能力が優れているとしても、とてもでは無いが現実的に成功するとは思えない数字である。
だが、グルトの作戦では十分に勝算があるらしい。
トルキンザ王国の人族も一枚岩ではないのだ。
皆んなが皆んな獣人を嫌っている訳ではない。
人族の見た目をしている者は、純粋な人族の振りをしているだけで実は獣人の血が入っている者も多いのだ。
ギャザレム王が元気な時は、祖先に獣人がいたかどうか、などという事は気にしないでも済んでいたのだが、イベ宰相が実権を握ってからは様子が変わって来た。
イベ宰相は純血主義なのである。
王城の騎士や兵士から使用人に至るまで、純粋な人族が重用されるようになったのだ。
たとえ能力が高くても、獣人の混血だというだけで冷遇されている者が多く存在するのだ。
そこには人族同士の差別やイジメが横行し、険悪な雰囲気になる事も多い、というのである。
これまで国の為に尽くし成果を上げているにもかかわらず、何代か前の世代に獣人がいたというだけで評価されない体制に不満を持っている者も多いのだ。
こうした者の中にはイベ宰相排斥に賛成し、グルトの計画に通じる者も少なくない。
グルトは、こういう内通者からの情報で、カサナム王子の幽閉されている場所まで正確に掴んでいた。
イベ宰相がこれほどまでに人族純血に拘る理由については、様々な噂があるが定かでは無い。
両親を獣人に殺害された、獣人に酷い裏切り方をされた、など個人的な恨みがあるのでは無いか、と言われているが、本人が明らかにしないので本当の所は分からない。
ただ、イベ宰相は王族に連なる家柄の貴族で、昔から獣人を毛嫌いしている家系である事は確かである。
この人族純血主義は、日を追うごとに徹底されて行き、王都だけでなく周辺の町や村、更には辺境に至るまで広がりを見せている。
そして、地方を治めている領主や貴族の中にも気が気では無い者もいる。
必死で情報を隠してはいるが、獣人の先祖を持つ者もいるからである。
こんな事ならイベ宰相を退けてカサナム王子を支持しよう、と考えている貴族もいるのだ。
それでも、王城にはイベ宰相に付くことで良い思いをしている者が多く存在し、これらの戦力が獣人改革派をはるかに上回っているのは事実である。
しかし、何とかイベ宰相を排斥あるいは殺害してカサナム王子を救出すれば、力関係が大きく獣人改革派に傾く可能性は高い。
勝機は十分にあるのであった。
「と、いう訳でな。真正面から戦争をする訳じゃないからな。戦力差はそれ程問題じゃないんだ」
道中の馬車の中でグルトがワタル達に説明をしている。
問題となるのは、本当にグルトの言う様に王城の中の味方が頼りになるのか、という事と、城に潜入して戦いになった場合の相手の戦力だろう。
別働隊が暴れて、そちらに敵戦力を引き付ける必要がありそうだ。
かなり危険な役割になるだろうが……
ワタルがその辺りの疑問をぶつけてみると
「場内の内通者は信用して大丈夫だ。1人や2人じゃ無いんだよ。十数人からの情報を総合的に判断している。王城の中は思ったよりもガタガタなのさ。しかし、逆にこちらの情報も向こうに知られている可能性もある。だから急いでいるんだ。カサナム王子を殺されてしまっては困るからな」
と、自信ありげである。
「それから、敵の兵力を引き付ける役だが、これはほとんどの者にやって貰う事になるだろう。数がいた方が派手で良いのと、潜入組は少数精鋭の方が動きやすいからな。もちろんワタル達は潜入組だぞ。お前達に大魔法でもぶっ放されたら本当に戦争になっちまうだろう」
そんなに物騒な性格じゃ無いんだけどなぁ、とワタルは思っていたが、何故かラナリアは誇らしげに胸を張っている。
「主達の手にかかれば王城など砂塵に帰すも容易い事」
物騒な事を言っているのはコモドである。
コモドを撹乱役にするのも手だろう。
伝説の竜人が暴れていれば、戦闘力の高い騎士が対処に当たらざるを得ないはずだ。
そして、グルトには能力を明かしていないが、イベ宰相を暗殺するならワタルのステルスは非常に相性の良い能力である。
潜入組も何とかなるかも知れない。
これからの戦いに希望を見出しながら馬車は王都サモンナイトに向けて進んで行った。
一行は順調に馬車を進めている。
途中で魔物の襲撃はあったものの被害は生じなかった。
グルト率いる獣人部隊の戦闘力は非常に高く、街道沿いに出てくる魔物程度では歯牙にも掛けない。
以前には被害が頻発していた盗賊も出て来ない。
やはり、まだワタル達が闇の奴隷組織を壊滅させてから日が経って無いからだろう。
新しい盗賊は湧いていない様だ。
途中の町や村でグルトの部隊に合流する獣人もいて、馬車は一台増えている。
宿泊については、半獣人はともかく完全な獣人は苦労している。
やはり、部屋には泊めてもらえないのだ。
馬と一緒に寝ていたり、馬車の中で休んだりしている。
ワタル達は同情してしまっているのだが、彼らはそれ程気にしていないようだ。
むしろ、気を使って食べ物などの差し入れをしたりしていると、人族なのに珍しい、と驚かれてしまう。
特にラナリアやルレインから差し入れを受け取った獣人は、感激と緊張で手が震えていた。
これから人族と戦いに行くのに大丈夫なんだろうか、とワタルは心配になってしまう。
しかし、今回の作戦が成功すれば、こういう種族間の軋轢も徐々に変わって行くきっかけになるだろう。
イーサンの村の様に、獣人差別が無い方がお互いに楽しく暮らせるに決まっている。
馬屋に泊まっている獣人と話しながら、ワタルは作戦の成功を願うのであった。
さて一行は、数日間の移動の後にそのイーサンの村に到着した。
ここでは、密かに寡兵を行うらしい。
もちろん大々的に兵を募集するのは不味い筈なのだが、この村の村長は今回のクーデターを見て見ぬ振りをする方針らしいのだ。
グルトの言う協力者の1人なのだろう。
人族と獣人が良い関係で平和に暮らすこの村は、イベ宰相の人族純血主義に反する存在である。
このまま、トルキンザ王国に人族純血主義が広がれば、この村はタダでは済まない事が予測される。
小さな村なのでまだ放って置かれていて、直接役人が乗り込んで来てはいないが、それも時間の問題だろう。
それに、この村を含むこの辺り一帯を治めている貴族には、獣人の血が入っているという噂もある。
その為、領主を純血人族の貴族にすげ替える可能性もあるのだ。
そうなれば、イーサンの村の獣人達の運命は悪い方向にしか動かないだろう。
イーサンの村がこのまま存続する為に、是非ともクーデターを成功させて欲しい、という村を挙げての願いもあるのだ。
だから、トーイ軍は大歓迎で迎えられたのである。
イーサンの村に入ると、村長が出迎えに来て、馬車は村の広場に通された。
広場には多数の村人が集まっている。
馬車からトーイが出てくると、村人は片膝をついて出迎えている。
馬車の上からトーイが告げる。
「トーイである。皆ご苦労」
「ははっ」
村人達は頭を下げたまま返事をしている。
「トーイ君は可愛いだけじゃなくて、ちゃんと貫禄もあるのね」
シルコが惚けた事を言っている。
それが聞こえたのかアレクがシルコを睨んでいるが、彼女は全く気に留めていない。
気を使ったエスエスがシルコの脇腹を肘で突いている。
それをくすぐったがって、ちょっと喜んでいる風のシルコ。
彼女にとってはトーイもエスエスも余り変わらないのだろう。
「この度は世話になる。皆、過度の気遣いは無用に願う。僕はまだ皆の上に立つ立場に無い者だ。皆の協力を必要としている1人の獣人に過ぎない。どうかよろしくお願いする」
ペコリと頭を下げるトーイ。
「トーイ様、勿体無いお言葉です。我々などに礼を尽くされる必要は御座いません。どうか貴方様の手足と思ってお使い下さいませ」
村長は涙を流して感激している。
村人達も潤んだ目でトーイを見つめている。
トーイは子供だが、苦労して来ただけあって必要以上に偉そうにはしない。
それに、彼は持って生まれた人たらしだろう。
周りの者は、自然と彼に力を貸したくなるのだ。
これが王となる素質なのかも知れない。
トーイに平伏していた村人達だが、中にワタル達に気が付いた者がいた。
「奇蹟の戦姫様のパーティーだ」
「あの竜人のいる冒険者が帰って来た」
色々と馴染み深い村なので、ワタル達の顔も売れているのである。
「あのパーティーが味方ならトーイ様は大丈夫だろう」
村人の言葉に気が付いたトーイが、改めてワタル達を村人に紹介する。
「こちらのワタル殿は、僕の呪いを解いてくれた恩人だ。今回の作戦にも参加してくれる事になった」
「おお、そうでしたか。そちらの竜人様の誕生もこの村で成されたのですよ。私は拝見していて感動したのです。トーイ様は本当に心強いお味方を得られましたな」
感激した村長は涙が止まらない様だ。
このまま、大宴会に突入しそうな雰囲気だったが、作戦前にそんなに浮かれる訳にはいかないだろう。
一息ついたら、この村から作戦に参加する希望者を募らなくてはいけない。
早速グルトはその準備に取り掛かっていた。
明日の朝には、この村を出発しなくてはいけない。
休む暇も無くて可哀想だが仕方ないだろう。
グルトはそういう役回りなのだ。
それに比べてワタル達は、村で用意された宿屋でゆっくりと休む事が出来たのだった。
そして次の朝、グルトがワタルの泊まっている部屋に駆け込んで来た。
相当に慌てている。
まだ出発の時間には早過ぎるのだが、ワタルは起こされて直ぐに、何となくグルトが慌てている原因が分かった様な気がした。
同室のエスエスとコモドと顔を見合わせるワタル。
2人も当然起き出している。
「ワタル、この気配は……」
「主、これ程の気配となると……」
巨大な気配を感じるのだ。
その気配は宿屋の外にいる。
ただ、気配に敵意が無いのでワタルは気が付かずに寝ていたのである。
「兵の募集に集まった者の中に、明らかな強者がいてな……」
グルトは興奮して喋っている。
「で、そいつがワタルに会わせろ、と言うんだよ。鳥の半獣人だと思うんだが、今まで見た事もない種族でな。それが子供の様な姿なんだが気配が桁違いで……もう、何が何だか……」
相当慌てている様だ。
だから背後の気配に気が付いていない。
「お、ここじゃな」
グルトの背後で声がした。
ビックリしたグルトが跳び上がる。
キャィン、と可愛らしい声をあげている。
さすがは犬の半獣人である。
グルトの背後から現れたのは、真っ白な出で立ちの少女だった。
色白と言うのでは足りない、純白に近い顔色に真っ赤な目が光って見える。
長い髪は軽くウエーブがかかっている銀髪、華奢な身体を白いワンピースが包み、異形の者ではあるが上品さが伺える。
そして、首の横から、おそらく背中まで真っ白な羽毛が生えている。
「久しぶりじゃな。妾は会いたかったぞ」
姿形は全く違うものの、以前に戦ったアルビノガルーダに間違いないだろう。
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