第89話 正当な王位継承者
犬の獣人から半獣人に変身したトーイは、ゆっくりと上半身を起こした。
そして無言で自分の両手を眺めて、脚や身体、顔を触り変化を確かめている。
やがて、自分の身体が元の姿に戻った事を確信したのか、急に破顔して涙を流した。
「僕は……僕は本当に……」
そこにグルトが駆け寄りトーイを抱きしめた。
「良かった、本当に良かった。トーイ様が元の姿に……」
グルトは思いっ切り泣いている。
アレクはトーイの両手を握り
「良かったですね。トーイ様」
と言いながら涙を流している。
むさ苦しいおっさん達にグチャグチャにされながら、トーイも泣きじゃくっている。
こういう時って同じ様な反応なんだなぁ、とワタルはシルコの時の事を思い出していた。
そして、ひとしきり感激を分かち合った後、トーイは立ち上がりワタル達の方に向き直る。
「本当にありがとうございました。この御恩は一生忘れません」
本当に幼い仔犬の様だったトーイは、10歳らしい顔付きの少年に変わっている。
青味がかった灰色の髪から、可愛らしい犬の耳がピンと立っている。
まだ少し潤んでいる青い瞳が綺麗である。
鼻筋の通った美少年である。
フサフサの尻尾を揺らしながら、しっかりと頭を下げるトーイ。
それに合わせてグルトとアレクも頭を下げでいる。
「あんた達は本当に凄いパーティーだな。正直、ワタルの魔法がこれ程の腕とは思っていなかった。今まで見くびっていた事を改めて謝罪する」
と、グルトが謝罪しているが、ワタルは
「それはいつもの事でね。気にして無いよ」
と、軽く流している。
ワタルの本当に凄い所はステルスにあるのだが、わざわざここで発表はしない。
「それで、これで良いのかな。何かややこしい事情がありそうだけど、聞かない方が良いのなら聞かないよ」
ワタルの言葉に顔を見合わせるグルトとアレク。
その2人にトーイが強く頷いて見せる。
そしてグルトが口を開いた。
「いや、是非聞いてくれ。そして出来れば協力をお願いしたい。冒険者ギルドを通せない事情があるのだが、もし望むなら冒険者として正式に雇ってもいい」
「分かった。話を聞くよ。みんな良いよな」
チームハナビの面々に確認を取るワタル。
「良いわよ。ま、聞いてしまえは後戻り出来ない予感がビシビシ来てるけどね」
と、ラナリアが答える。
他のメンバーも頷いている。
ワタルも同じ意見なのだが、乗りかかった船だ、という思いもある。
そして、それ以上にトーイに保護欲を刺激されるのだ。
何とか力になってやりたい、と思わされるのだ。
ワタルでさえそうなのだから、女性陣にとっては相当なものである。
トーイの持つ、ある種のカリスマ性とも言えるだろう。
この考えは、グルトの次の言葉で確信に変わる。
「トーイ様は、このトルキンザ王国の正当な王位継承者だ」
「えっ、直系の王族なの?」
「身分が高そうだとは思ってたけど、貴族じゃなくて王族なのね」
シルコもルレインもびっくりしている。
「そうだ。だから言葉使いを改めて貰えると有り難い」
「いや、良いんだ、グルト。ワタル達は僕の恩人だ。それに僕はまだ王位を継承出来ると決まった訳ではない。普通に接してもらった方が嬉しい」
本当に良く出来た子供である。
シルコはギュッと抱きしめたくなるのを我慢している。
耐えているシルコの鼻がピクピクと動いている。
こういう所は獣人の時と変わらない様だ。
グルトの説明が続く。
「トーイ様は、現王であるギャザレム・アレ・トルキンザ王の直系の孫に当たる。トーイ様の父君であるカサナム様はギャザレム王の一人息子で、トーイ様も一人息子だ。だから正当な王位継承者はカサナム様、トーイ様と続き代わりの者は存在しない。ところが、トーイ様が半獣人だったことで、カサナム様、トーイ様を排斥しようとする一派が台頭してしまったのだ」
「まったく、獣人の何がいけないって言うんだ」
思わず、といった調子で怒りの声を出すアレク。
確かにその通りだが、獣人差別が当たり前のこの国ではあり得そうな話である。
「獣人排斥派のボスはイベ宰相だ。ギャザレム王が御高齢な事を良いことに実質的に政務の実権を握っている男だ。元々獣人が冷遇されがちだった国だが、イベが実権を握ってからは差別や迫害がどんどん酷くなっている。近々、獣人総奴隷化制を公布するという情報もある。これは、是が非でも阻止しなくてはならない」
「で、その話とトーイとはどういう関係があるんだ?」
「ギャザレム王は、獣人に対して差別的な方では無い。トーイ様の父君のカサナム王子も同様だ。カサナム王子は純粋な人族だが、トーイ様の母君のミルティ様には獣人の血が流れていた。トーイ様が生まれた時は、王も王子も大層喜んで直系の王位継承者として認めようとしたのだが、それを良しとせずに策謀を巡らせたのが人族至上主義のイベ宰相だった」
「その策略が上手く行ったという訳か……」
「ああ、母君のミルティ様は暗殺され、カサナム王子は行方不明だが、恐らく王城に幽閉されている。トーイ様は呪いをかけられてしまったが、我々が何とか救出したのだ。ギャザレム王は、何故か急にお年を召され判断力が無くなってしまい、王の権威は形骸化している。薬か魔法かイベが何かしたのだろうが証拠が無いのだ」
「お前達としては、トーイを王族に返り咲かせたい、という事か」
「そうだ。イベ宰相を排斥し、カサナム王子を王位に就ける。そしてトーイ様には王子になって頂く。そうすればこの国の獣人の立場も改善するだろう。このままだと、ギャザレム王の親戚に当たるイベ宰相が王位を継承してしまう。そうなったら、この国は獣人にとっての地獄になってしまうだろう。それだけは許せないのだ」
「そんな事になったら、獣人は皆、国外に出ちゃうんじゃないの?」
そんなシルコの疑問にアレクが答える。
「国外に移住出来る奴は既にしているさ。それに、現在は獣人の出国は禁止されてるんだ。国境で発見されたら難癖をつけられて奴隷行きだよ。宰相は獣人の有益性を分かっているんだ。その上で隷属させたいのさ。全く酷い話さ」
この異世界のランドでは、人権という概念は発達していない。
権力者が弱者を自由に出来て当たり前なのだ。
ワタルは学校の歴史で習った黒人奴隷の話を思い出していた。
地球人だって似た様なことをして来ているのだから異世界人を馬鹿には出来ない、と思っていた。
そして、ここまで話を聞いてしまっては協力しない訳にはいかないだろう、と考えていた。
それに、見て見ぬ振りをしてしまえば、学校でいじめられていたワタルの事を見て見ぬ振りをしていた教員や同級生達と同じになってしまう、という思いもある。
しかし、これはトルキンザ王国では一種のクーデターだろう。
かなりの危険が伴う事が予想される。
ワタルの一存では決められない。
「どうだろう、皆んな。俺は協力しても良いと思うんだけど……」
ワタルがメンバーに相談する。
「アタシも良いわよ。最初からこの国のやり方が気に入らなかったのよ」
意外にも二つ返事で了解したのはラナリアだった。
親友のシルコを無下に扱われてから、相当に腹を立てていたらしい。
「私もやるわよ。真の剣士は正義の元にあるのよ」
ルレインも賛成している。
意外と熱い事を言うんだ……とワタルはルレインの印象をコッソリと修正した。
こうなると話は早い。
シルコとエスエスは賛成に決まっているし、コモドには聞くまでもない。
「よし、その依頼、受けようじゃないか。そのイベとかいう宰相をブッ飛ばせば良いんだな」
ワタルの言葉にグルトは苦笑する。
「はは、まあそうだな。あんた達なら受けてくれると思っていたが、改めて礼を言う。ありがとう、協力を感謝する」
グルト、アレク、トーイが揃って頭を下げている。
「どこまで役に立つか分からないけど、できる限りの事はするよ。で、作戦は立っているのかい」
この後、話は具体的な計画の説明に入っていった。
数時間かけてチームハナビを作戦に組み込もうと話し合ったが、巨大戦力とも言えるワタル達を上手く配置する事が出来ない。
グルト達が集めた獣人の精鋭達で、既に作戦は出来上がっていたからである。
結局、ワタル達は遊撃隊として柔軟に対応する事になった。
いつもの通り出たとこ勝負である。
それでも獣人や半獣人ばかりの組織なので、人族が多いチームハナビには大事な所で役に立つ場面があるかも知れない。
作戦決行は20日後、王都サモンナイトの王城である。
それまでに、反乱軍は各自サモンナイト周辺の獣人の村に行き待機する手筈である。
ワタル達は、トーイ、グルト、アレク達と一緒に移動する事になった。
最大戦力となったワタル達にトーイ様を守らせよう、という事である。
人族であるワタル達に対しては腹に一物ある者もいるだろうが、そこはグルトが押し切った様だ。
トーイの呪いを解除したのがワタル達だ、と言うのも大きかっただろう。
ワタル達が解除に成功しなければ、王城で呪いをかけた者を探し出して解除させなければならなかった。
これはかなり不確定な作戦になるので、トーイの呪いが解けたことは反乱軍にとってかなりのアドバンテージになっているのだ。
トーイを護衛しながら進むワタル達の出発は2日後だ。
その間に準備をしなくてはならない。
つい先日に帰って来たばかりなのに、また同じ道を戻る事になってしまうのは仕方がないだろう。
出発までワタル達は、朝焼け亭のフカフカのベッドで久しぶりにゆっくりと休憩日を過ごす事が出来た。
この異世界のランドに来てから、ワタルは殆んどゆっくりと過ごしていない。
学校にも行けずにダラダラと引き篭もっていた日本での生活が嘘の様である。
目まぐるしく変わって行く日常に神経が太くなったのだろうか。
それとも、この世界で扱える様になった魔力が関係しているのだろうか?
この世界での人族の寿命は短い。
概ね50年位の平均寿命である。
日本でも戦国時代はそれ位だった筈なので、文化のレベルが低いランドでは納得できる数字ではある。
しかし、この世界には魔力というものが存在している。
持っている魔力の量が多い者は、地球では考えられない位長生きをする者がいるのだ。
伝説の大魔法使いは300歳で現役だった、という記録も残っている。
生まれつき魔力の多いエルフなどは、数百年生きる者も珍しくない。
チームハナビのメンバーは、皆、魔力量が多いので疲れにくく、次々とミッションをこなして行けるのかも知れない。
さて、綺麗な部屋と美味しい食事で英気を養ったワタル達にも、王都サモンナイトに出発する日がやって来た。
馬車2台による小規模なキャラバンである。
とても王族の移動とは思えないほど地味ではあるが、今のトーイの立場では仕方ないだろう。
しかし、馬車に乗っている者達の力は、決して一流の騎士団にも劣らない。
前の馬車はワタル達。
御者はコモドがやると言って譲らなかった。
後ろの馬車には、トーイ、グルト、をはじめとして、あと3人の獣人が乗っている。
皆んな腕利きの冒険者で、Bランク相当の腕前だそうである。
御者はアレクが勤めている。
この馬車の中は決死の覚悟で満ちていた。
重苦しい雰囲気とは違う、緊張感と希望で溢れているのだ。
この国の獣人の未来がかかっているのだから気合いが入るのも無理はない。
それに引き換え、チームハナビの馬車の中はいつも通りである。
「また、同じ道を引き返すのなんて馬鹿らしいわよねぇ」
ラナリアが退屈そうに、誰にという事もなく声をかける。
「そうよねぇ。でもゴウライの街に帰って来たからこそトーイ君を助けられたんだから良かったんじゃない」
シルコが返事をする。
「まだ、助けてる途中だけどね。それにしても、ルレインがこんなに乗り気になるとは思わなかったな」
ワタルの言葉にルレインが反応する。
「あら、そうかしら。私は悪だと思った相手には容赦しない主義よ。ドルハンとの一件で、その思いは強くなったわ。悪の芽は気がついた時に摘んでおかないと……様子を見ているうちに成長するのよね」
「それでこそルレインですよ。激しく同意します」
何だかエスエスの聞いたことがある様な言い回しが気になったワタルだがスルーした。
今回の獣人解放の戦いの中核を成すメンバーの馬車は、順調に王都を目指している。
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