第80話 ルベックの奴隷商館

 襲って来た盗賊団を無事に撃退、殲滅したワタル達一行。

 今回の盗賊は、強盗や人攫いが目的ではない様だ。


 と言うのも、先制攻撃で弓矢を射って来た。

 これは、強盗と言うよりも戦争の時の戦術である。

 ましてや、護衛役の騎馬だけを狙うならともかく、馬車そのものを執拗に狙っていた。

 奴隷商人の一行を盗賊が狙うのなら、目的は奴隷の奪取であり、その奴隷を殺してしまっては元も子もない。


 それから、森の中から襲って来た者達はいかにも盗賊だったが、街道上にいた者達は戦闘集団の様だった。

 全員が馬に乗っていて、技量も高かったようだ。

 1人で盛り上がってしまったトカゲ獣人が蹴散らしてしまったのでハッキリとは言えないのだが……


 何れにしても、敵はこっちの動きを把握している様なので、ルベックのアジトで待ち構えているかも知れない。

 準備を整えられてしまうと、本拠地攻略の危険度が跳ね上がり不利を被る事になるが、ターゲットに逃げられてしまうのも面倒である。

 最低でも闇の奴隷商人は捉えないと、シルコの奴隷紋を外すという目的は叶えられない。


 先程襲って来た盗賊程度の敵ならば問題無さそうだが、以前に戦ったドルハンの様な奴がいるとどうなるか分からない。


 若干の不安を抱えつつも、一行はルベックの町へ急ぐのであった。


 ルベックの町は大きな町である。

 町と言うよりは、小さな「街」と言っても良い位の規模である。


 町を囲む壁は高く、しっかりとしたコンクリートのような物で固められている。

 人口も多く、本来ならもっと町を広げて「街」と言われる規模になっても不思議ではない。


 しかし、トルキンザ王国では町も村も堅牢な壁に囲まれている為、町の大きさを大きくするのは容易では無いのだ。

 一旦壁を壊して、町を広げて、また壁を建てる。

 この作業は、膨大な労力とコストがかかる。

 特にこのルベックの町は、慟哭の森が近い為に魔物の襲来が多く工事に危険も付きまとう。

 従って、なかなか町の拡張が出来ずに、他の町に比べて人口密度が高いのである。


 ワタル達一行がルベックの町に着いた時、入口の門は町に入る人達で行列が長く続いていた。


「うわぁ、こんなに待つのかよ」


 行列を見て、ワタルが悲鳴をあげた。


「これは幾らなんでも異様ですね。何かあったのかも知れません」


 マシュウがワタルに応えた。

 それでも並ぶしかない。

 これでは、街に入るまでに数時間かかってしまう。

 こうしている間に、闇の奴隷商人達に逃げられてしまったら大変なのだ。


 マシュウは並んでいる人の中に入り込んで情報収集している。

 しばらくすると、マシュウが戻って来た。


「どうやら、町に入る際のチェックをかなり厳しくしている様です。特に、ある程度ランクの高い冒険者や兵士などは足止めを食らっている様ですね」


「何でそんな事をしてるのかしら」


 ラナリアが首を傾げる。


「これはあくまでも仮説ですが、闇の奴隷商人の組織が手を回しているのかも知れません。適当な理由をでっち上げて、鼻薬を嗅がせた役人を使えば簡単でしょう」


「そこまでしてこっちの戦力を削りたいのかしらね」


「時間稼ぎの可能性もあります。逃げるつもりなら、ここまで手の込んだ事はしないでしょう。戦力を整えているのかも知れません」


「面倒な事をするわね。まあ、敵が逃げないんならいいわよ」


 ラナリアは、あまり興味が無い様だ。

 しかし、町にとって人の出入りは重要である。

 今回の敵は、これだけ大きな町の管理業務にまで影響を与える力がある、という事である。

 色々な意味で手強そうな敵である。


 それでも数時間並んでいれば順番が回って来る。


 さて、検問である。

 門の所では、町に入ろうとする者をチェックする役人が数多く配置され、テキパキと選り分けている。


 文句を言っている者や、暴れ出しそうな者もいるが、屈強な町の兵士達も目を光らせていて、大きな騒動にはなっていない。


 マシュウの馬車は、マシュウ本人以外は全員止められてしまった。

 別室で調査を行い、その後解放されるらしい。

 少なくとも明日までは町には入れないと告げられた。


 傭兵団は全員アウトである。

 町に入れてすら貰えない。

 ガッソが食い下がっているが、全く話にならなかった。

 いわゆる戦力を町に入れない方針なのだろう。

 ガッソ率いる傭兵団は、近くの村で待機せざるを得なくなってしまった。


 ワタル達の馬車では、止められたのはルレインとトカゲ獣人だけである。

 ワタル、ラナリア、シルコ、エスエスは、ろくに調査も受けずに素通し状態であった。


 調査官も、チラッとワタル達を一瞥して


「はい、どうぞ。ようこそルベックへ」


 などと言っていた。


 これは、気配の強さで判別しているのだろう。

 弱そうな奴は、通して構わないのだ。

 この基準だと当然ルレインは通れない。


 マシュウの用意した奴隷達も、戦闘力の高い者達を採用していたせいで誰も通れなかったのだ。


 結局、町に入れたのは、ワタル達とマシュウだけであった。


「参りましたな」


 マシュウは落ち込んでいる。

 自慢の戦闘部隊が全員使えなくなってしまったのだ。


「別にいいんじゃないの?ルレインがいないのは痛いけどさ」


 ラナリアがマシュウの肩を叩く。


「え?」


 顔を上げるマシュウ。


「大丈夫だよ。今日中に片付けよう。むしろ、守らなくちゃいけない奴が減って動きやすいよ」


 と、ワタルが言い放つ。


「そのうちルレインも来るよ。本人がその気になればね……」


 ワタルは、以前にルレインが気配を小さくして、変な感じの女子になってしまった事を思い出していた。

 あの後ルレインは、余りの自分の変貌ぶりに落ち込んでいたので、本来なら二度とあんな事はしたく無いだろう。

 しかし、町に入る為には、頑張って恥を忍ぶかも知れない。

 まあ、ルレインの気持ち次第だろう。


「まあ、これだけメンバーが揃っていれば大丈夫だよ」


 ワタルはマシュウに軽い感じで声をかける。

 唖然とするマシュウ。


「まあ、あれだけ厳しい検問してるのに、武器の持ち込みは自由なんて間抜けな話ですよね」


 エスエスが毒を吐いている。

 エスエスは、弓を持っているかどうかで戦闘力に随分違いがあるタイプなので、そう考えるのももっともである。

 それに、検問をしていた役人も上から言われてやっているだけで、案外やる気が無いのかも知れなかった。


「さあ、敵のアジトに行きましょうよ。逃げられたら面倒だわ。早く案内してよ」


 マシュウを急かすラナリア。

 マシュウは、たった5人……マシュウは戦えないので実質4人だけで乗り込む気でいるワタル達に唖然とする。

 ガルーダや盗賊を仕留めた腕前を見る限り、頼りになりそうなのは理解している。

 しかし、敵の本拠地をこれだけの戦力で壊滅させるなど、正気とは思えないのだ。


 マシュウは考える。

 シルコとエスエスは、見た目よりも遥かに戦闘力が高い。

 ラナリアの魔法は強力だ。

 ワタルの能力は良く分からないが、きっと強いのだろう。


 それでも考えれば考える程、このまま乗り込むのは自殺行為に思えるのだった。

 戦力が整うまで待つべきだ。

 マシュウはそう結論付けたが、どちらにしても、今のうちに敵の様子は探っておかなければならない。

 とりあえず敵のアジトに行ってみるべき、と判断した。


「分かりました。とにかく様子を見に行きましょう。こちらです」


 マシュウはそう言うと、ワタル達を案内する。

 マシュウを先頭に町中を歩いて行くと、やがて表通りから一本脇に逸れた道沿いに大きな建物が見えて来た。

 表通りでは無いものの、それなりに中心街に近く、人通りも多い場所である。


「ルベック奴隷商館」


 と、堂々と書かれている。


「これって普通の奴隷屋さんなんじゃないの?」


 ワタルがマシュウに尋ねる。


「表向きは正規の奴隷商館なんですよ。でも、ここの商館は協会にも属して無いですし、長期間に渡る調査の結果、裏で非合法の商売をしている事が分かっています」


「なるほどな。とりあえず入ってみるか」


 ワタル達は無造作に商館に入ろうとするが、マシュウがそれを体を張って止める。


「ちょ、ちょっと待って下さい。危険過ぎますよ。援軍を待ちましょう」


「いや、それもいつになるか分からないし、どうせこっちの事はバレてるんでしよ。あんまり大人数で乗り込むと目立つしね。大丈夫だと思うけど、怖いならマシュウさんはここで待ってる?」


 ワタルの問いかけにマシュウは目を丸くする。


「そういう訳にはいきません!私が当事者なんですから」


「だったら、そうだなぁ」


 ワタルはそう言うと、道に落ちていた石ころを拾う。


【攻撃無効化結界】


 ワタルは【エルフの杖】で空中にそう書いて、その石ころにセットした。

 そして、その石をマシュウに渡す。


「その石に魔力を流してみて」


 マシュウが言われた通りに、その石に魔力を込めるとマシュウの周りに結界が展開した。

 驚くマシュウ。


「こんなに簡単に結界魔法を……」


「それをポケットにでも入れといてよ。これで大抵の攻撃は防げるから安全だよ」


 マシュウは、ガルーダとの戦いの時にワタルが結界を張っていたのは知っていたが、こんな風に簡単にやっているとは思ってもいなかった。

 結界は優秀な魔法使いが時間をかけて魔法陣を作り上げて展開するもの、というのがランドでの常識なのだから無理もない。


「この結界は本当に大丈夫なんですか?」


 マシュウは、まだ信用していない様だ。


 シャキィィ、ブォォン


 シルコがマシュウの結界に斬撃を放つ。

 シルコの斬撃は、結界の表面で力を失ってそこに留まってしまう。


 マシュウは、自分の顔に向かって放たれた斬撃を目で捉える事は出来なかったが、顔の前で停止しているシルコの剣を見て、何が起こってのか理解した。

 腰を抜かして尻餅をつくマシュウ。


「シルコ、やり過ぎよ」


 ラナリアが半笑いでたしなめるが、シルコの目は笑っていない。


「グズグズ言ってるからよ……」


 シルコは小声でラナリアに返事をする。

 マシュウにシルコの返事は聞こえなかったが、シルコが強い焦燥感をまとっている事を感じ取っていた。

 マシュウは、このメンバーの目的はシルコの奴隷紋の解除であり、闇組織の壊滅はついでにやろうとしているだけだった事を思い出した。


「さあ、行くぞ」


 ワタルが奴隷商館の玄関に向かって歩き出す。

 ハナビのメンバーも連なっている。


「はあ、仕方ないですね……」


 マシュウは溜息を吐き、肩を落としてついて行く。

 奴隷商館に乗り込むよりも、ここでハナビのメンバーと揉める方が危険だと判断したからである。


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