第36話 出発準備

 ロザリィの冒険者ギルドは空いている時間帯だ。

 ほとんどの冒険者は、今はクエストに取り組んでいる真っ最中だろう。

 イートインスペースに数人の者がいるが、ギルドのホールも閑散としている。


 そんな中、ガヤガヤと話をしながらワタル達は2階から降りて来る。

 ギルドが空いているおかげで、あまり注目を集めずに済んだのは幸いだったろう。

 変な冒険者に絡まれたりしたら、また面倒なことになってしまう。


 ワタル達は、ギルマスに呼ばれるまで使っていた1階の部屋で待つように言われている。

 ルレインはギルマスの部屋に残って、まだ打ち合わせをしているようだ。


 ルレインは、ギルド職員としての身分は一時凍結して、単なる一冒険者としてチームハナビに参加することになるらしい。

 その手続きやら何やらで忙しいのだろう。


 部屋でジュースを飲みながら待っていると、ルレインが荷物を抱えて入って来た。


「これは、ギルマスからあなた達によ。支度金代わりに使ってくれって。ギルマスがこんな事するなんて初めて見たわ」


 ルレインが持って来たのは真新しい防具だった。

 つや消しの黒い革で出来ているようだ。

 何かの魔物の革を加工してあるのだろう。

 素人目にも尋常でない雰囲気のある品物だ。


「試着してみて」


 ルレインに促されるままに、防具を装着してみるワタル達。

 魔法で加工してあるらしく、サイズ違いは修正されてフィットする。

 巨乳になったラナリアの胸にもフィットするし、エスエスの小さい身体でも大丈夫であった。

 胸当て、すね当て、籠手、と今まで使っていた物と同じようなデザインだが、品物の質が全く違う。


 フィット感、動きやすさ、軽さが段違いなのだ。


「この防具には魔法が加工されているの。サイズを合わせるだけじゃなくて、物理防御と魔法防御の機能が付いてるわ。私が使っているのと同じグレードの物なのよ。私だってAランクになった時に初めて作ったんだから」


 全く分不相応な高級品である。


「ギルマスのポケットマネーでプレゼントだって」


 ルレインは少し羨ましそうにそう告げるのだが、ワタルは複雑な心境だ。


「こりゃ、絶対逃がさない、って事だろうな」


 今回の仕事は、ワタルがメインで戦うことになるだろう。

 相手が強過ぎるので、他のメンバーでは危険度が高すぎる。

 今までの戦いではサポートに回る事が多かったワタルだが、今回はそうもいかないだろう。


 今までになく緊張を感じるワタルだった。


「ま、そんな顔しないで。私もいるんだから大丈夫よ」


 ワタルの顔が強張って見えたのだろうか、ルレインが優しくワタルの肩に手を乗せる。

 ルレインだって相当に気合いが入っているはずなのだ。

 彼女にとっては、過去の因縁との決着の場になる。

 恋人の復讐でもある。


「あ、あぁ、そうだな」


 ワタルは返事をするのがやっとである。

 日本にいるのなら、ワタルはまだ高校生だ。

 内心の焦りを隠し通せるほど大人ではないのだ。


「アンタねぇ、何1人で意気込んでるのよ。アンタなんか元々唯の弱虫なんだから、背負い込むんじゃないわよ」


 ラナリアがワタルに迫り、ワタルの頬をつねる。

 ラナリアの体臭が甘い香りをワタルの鼻腔に届ける。

 そこにシルコのアッパーカットがワタルの顎に迫り、顎に当たる直前でストップする。

 風圧でワタルの黒い前髪が揺れる。


「ラナの言う通りよ。スケベ小僧のくせに、生意気なのよ」


「そうですよ、仲間なんですから。みんなで頑張りましょう」


 エスエスはそう言いながらワタルに近付き、軽くストレートパンチを繰り出す。

 ただ、エスエスの背が小さ過ぎるので、そのパンチはワタルの股間にクリーンヒットした。


「ぐおぉぉ、エスエス、これは無いわ……」


 ワタルは股間を押さえて悶絶する。

 床に四つん這いになって痙攣している。


「わ、わ、ごめんなさい」


 エスエスは慌てて謝っている。

 美女達に囲まれながら優しく叱られていて、すこぶる居心地が良かったワタルだったが、エスエスの天然パワーがぶち壊した。


 ワタルには後ほど、股間を守るファウルカップのような防具が、急遽支給されることとなったのである。



 さて、防具の試着が終わるとルレインが説明を始める。


「今回のターゲットのドルハンは、現在、このロザリィの街から南に馬車で5日程の所にあるクースミンの町辺りに潜伏しているという情報が入っているわ。ノク領の首都ワンタレスの手前の町ね。私達は明日、馬車でクースミンに向かうのよ。ワンタレスに向かう商隊の護衛任務を兼ねているわ」


「その潜伏場所の情報は確かなのかしら」


 と、ラナリアが尋ねる。


「大丈夫よ。冒険者ギルドの諜報部隊の仕事だから間違いないわ。ドルハンはずっとマークしていたのよ。もし、移動していても直ぐに連絡が来るわ」


「アイテムで転移するんじゃないんですね」


 今度はエスエスが尋ねる。


「ドルハンが部下に持たせた脱出アイテムだからね。あまり信頼性が無いのよね。もし、転移先が敵の真っ只中だったら詰んじゃうでしょ。ギルマスだったら1人で転移しても大丈夫なんでしょうけどね」


 確かに、転移先の状況が分からないのに不用意に転移すれば、何が待っているか分からない。

 何かに失敗した手下が転移してくるのだから、いきなり処罰の対象になっているかも知れない。

 やはり、余程の自信が無ければ無理だろう。


 ルレインは説明を続ける。


「長丁場になるから、準備はしっかりやってね。武器の手入れもしておいてよ。ギルドの隣の武器屋なら、代金はギルドに回して構わないわ」


「気前が良いのね。アタシの杖も魔法屋に出しても良いかしら」


 ラナリアが尋ねる。


「もちろんよ。出来るならバージョンアップしてもらうといいわ」


 魔法使いの杖は、組み込まれた魔法式のバージョンアップが可能である。

 杖を作った時の状態や、職人の腕前などで限界はあるのだが、バージョンアップすると魔力の通りが良くなり魔法の威力が増す事が多い。

 運が良いと、新しい機能が追加されることもある。


「それから、エスエス。矢をもっと良い物にしなさい。よく今までこんな矢でやって来れたわね」


 エスエスの矢を手に取って、ルレインは呆れたように言う。


「これじゃ、ギルドの練習用の矢の方がマシだわ。矢を良い物にするだけで、あなたの弓の威力は格段に上がるわよ」


「え、そうなんですか?使い捨てなのが勿体無くて、矢を良い物にするなんて考えた事も無かったです」


 エスエスは素直に驚いている。


「シルコ、ボクたちの矢を新しくするって。楽しみですね」


「そうね」


 シルコも同意する。

 そこでルレインが


「え、ちょっと待って。シルコ、あなた弓も使えるの?」


 と、かなり驚いた様子だ。

 これにエスエスが答える。


「シルコの弓の腕前は、ボクとそんなに変わらないですよ。よく一緒に練習してますから」


「ちょっと待ってよ。ホントに驚かされるわね。得意なのは剣だけじゃなくて、弓もエスエスと同じレベルなの?一体どうなってるのよ」


「どう、って言われてもねぇ」


 シルコも返答に困っている。


「ワタルほど規格外じゃないしね。私だけ魔法も使えないし……」


「えっ?私だけって、魔法を使うのはラナリアだけじゃないの?」


 ルレインは重ねて尋ねる。

 エスエスがこれに答える。


「ボクが使えるのは結界魔法だけですよ。ワタルは結界魔法も攻撃魔法も使いますけどね」


 ルレインは更に驚いたようだ。


「いや、いや、いや。実戦レベルの魔法使いの冒険者は、ギルドにも数える程しかいないのよ。それが3人もいるパーティーって……まさか、ワタルもラナリアみたいな威力の火魔法を使うんじゃないでしょうね」


「俺にはあんな凄い魔法は無理だよ。俺は今のところ、火魔法と雷魔法かな」


「はぁ?雷魔法って何言ってんの?」


 ワタルの答えをルレインは理解できないようである。


「何って、こう相手に電撃をバリバリバリバリって……」


 と、ワタルは具体的に説明するのだが、ルレインは


「はぁぁ、ちょっと頭が痛くなってきたわ。何だか信じられないけど、ワタルならあり得るのかもね。もう驚くのにも疲れたわ……」


 ルレインは意気消沈しているようである。

 それでも、これから討たなくてはいけない強敵の事を考えると、チームハナビの規格外の力が頼もしく思えるルレインでもあった。


 気をとり直したルレインが皆に告げる。


「明日の夜明けに出発よ。私はまだギルドに用があるから、あなた達は武器屋に行って、それから旅の準備をしてね」


 ワタル達のギルドでの用事はこれで終了である。

 ルレインと別れ、早速、武器屋に向かうことにするワタル達。


 冒険者ギルド御用達の武器屋は、ギルドの隣にあった。

 武器屋に入ると、ゴツい身体をした背の低いおじさんが店をやっている。

 髭がモジャモジャに生えている。


「彼はドワーフですね。土に相性の良い一族です」


 エスエスがワタルにこっそり教えてくれる。


 ルレインから話が通っているようで、すぐに武器を見せるように言われる。

 ワタル達の剣と弓を見て、髭モジャおじさんは


「随分と良い武器を使っているな。ルレインが紹介してくるだけのことはある。俺の名はナライ、ドワーフのハーフだ。よろしくな」


 良い武器には職人魂が疼くのか上機嫌で自己紹介している。


「だいぶ使い込まれてるな。手入れに2刻ほどかかるぞ」


 2刻は約2時間である。

 それなりに時間がかかるようだ。

 ワタル達がそんなに使い込んだ訳ではないが、前の持ち主が悪人ばかりである。

 どんな使い方をしていたか分かったものではない。


「それから、剣の魔法効果を強く出来るがどうする?この【盗賊の魔剣】ってやつと、【風の魔剣】は強くしても大丈夫だろう。でも、この【疾風の双剣】は、魔法効果を高めると速すぎて使いにくくなるかもしれないぞ」


「大丈夫。思いっ切り速くしてちょうだい」


 シルコが景気良く答える。

 ナライは、ちょっと驚いた顔をしたが、シルコを見てニヤッと笑う。


「任せとけ。威勢のいい嬢ちゃんだな。気に入ったぜ」


 シルコは気に入られたようだ。

 毛だらけ同士で気が合うのかも知れない。

 そしてエスエスがナライに告げる。


「それから、その弓に合った矢を見繕ってください」


 ナライは


「そうだなぁ、この弓はどんな矢でもある程度は大丈夫なんだが……最適の矢となると、結構高級な矢になるぞ」


 と、遠慮がちにエスエスに返答する。


「構いません。どうせギルドが払うんですから」


 何だか、エスエスのブラックな面が出ているぞ。


「ハハハハ、そりゃそうだな。ギルドも面白ぇ奴らを雇ったもんだな。よし、分かった。どの武器も目一杯強くしてやる。その代わり時間を倍くれや」


 4時間かかる、ということである。

 それでも目一杯、急いでやってくれるらしい。

 そう言えばワタル達は、朝食もまだである。

 時間はたっぷりある。


 武器が強くなるのは、ハナビにとって非常にありがたいことだ。

 ワタル達は、髭おじさんに宜しくお願いして店を出たのであった。

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