第31話 不良貴族登場

 不良冒険者とその取り巻きが粗方片付いて、チームハナビの戦いも最終局面である。


 大きな声で、ワタルを制止した男は、自分の頬をさすりながら近付いてくる。


「もういいだろう、お前達。その男も許してやれ」


 この男、先ほどエスエスの罠に掛かった男のとばっちりで頬に怪我をした男だ。

 すぐにその場で回復薬を飲んでいたので、もう傷は塞がっているようだが、しきりに自分の頬を気にしている。


「はぁ?!」


 全く場違いで偉そうな発言に、呆気にとられるワタル。

 よく見るとこの男、質の良さそうな服を着て、しっかりとした防具を身に付けている。

 そして、腰にはサーベルのような剣を差している。


 嫌な予感がするわ、

 とラナリアが思った時に、今まで観念していた様子だった主犯の冒険者が、男の方を見てから口を開く。


「ご無事でしたか……おい、お前ら。この方は、トルハンベルク子爵家のご子息だぞ。無礼な態度を改めろよ」


「はぁ、嫌な予感が当たったわ」


 と、ラナリアがため息を漏らす。


 貴族の登場である。

 ここで扱いを誤ると、ノク領からも出て行かなければならなくなる。

 実に面倒な存在なのだ。


 この子爵家の息子は、堂々とした態度でラナリアに告げる。


「おい、そこの女。お前の魔法は、まあまあ使えそうだな。私が個人的に取り立ててやっても良いぞ」


 何を言っているんだ、この貴族は、

 とワタル達は思っているのだが、彼は気が付かない。


「まあ、特別の計らいだな。だから、取り立ててやるには条件がある。お前の魔法で、そこの猫獣人と、それからあそこの汚い男2人を焼き払って私に忠誠心を見せてみろ」


 唖然とするラナリア。

 貴族の考え方というのはここまで酷いのか。

 貴族のためなら平民は何でもするのが当たり前だと思っているのだ。


 貴族の地位というのは絶対的で逆らうなど有り得ない、という考えは、ランド全体の民衆の常識というよりも、普遍の事実として意識に染み付いているのだ。


 自由な行動モットーとしているはずの冒険者ですら、そういった考えに縛られている者も多いのだ。

 事実、主謀者の冒険者の男も


「おい、魔法使い。光栄な話じゃないか。トルハンベルク家のご慈悲に感謝しろよ。こんな機会は2度と無いぞ」


 などと言っている。

 ラナリアが喜んで従うと、疑ってもいないのだ。


「確かに2度とないわね」


 ラナリアは手のひらの上に火球を出現させる。


「うむ、燃やし尽くせ」


 貴族は、ワタル達の方を向いて命令する。


「アンタがね!」


 ラナリアは火球を貴族の男に向かって投げる。


 ゴォォォッ


 トルハンベルク家の息子と名乗る貴族は、火柱に包まれて燃え上がる。


「お前、何てことをするんだ!ぐあぁっ!」


 ラナリアに掴みかかろうとした冒険者の男は、ワタルの剣に斬り伏せられる。

 背中に盾を背負っていたので斬撃が浅くなり、命が絶たれるほどの傷ではない。


「ぐおぉぉ、お前らこんなまねをして、大変なことになるぞ」


 冒険者の男は、まだそんなことを言っている。


 貴族の男を燃やしている火柱は数秒で消えた。

 そしてその中から、衣服や防具が黒焦げの貴族の男が現れた。

 バタリとその場で倒れる貴族。


 驚いたことに、全身真っ黒に見えるが生きているようだ。

 何やら、ゴソゴソとうごめいて、ゴニョゴニョと何か喋っている。


「何故だ?何故私に……許さんぞ、お前のこの失態は。お前ら皆、生きたまま八つ裂きにしてくれる」


 結構元気である。

 どうやら身代わりになるアイテムを身に付けていたようだ。


「あら、しぶといのね」


 ラナリアはサラッと言い放つ。


「もう一度燃やしても生きてるかしら」


 ラナリアは再び火球を手のひらの上に出現させている。


「ま、待て。お前、わざとやっているのか?こんなことをしてトルハンベルク家が黙ってないぞ。お前の家族や関係者、すべての者を調べ上げて全員死ぬことになるぞ」


 貴族の男はまだ分かっていないようだ。


「あら、誰がトルハンベルクとか言う間抜けな貴族に知らせに行くのかしら。あなた達、誰もこの草原から出さないわよ」


 ラナリアは冷たく宣言する。

 貴族と冒険者はやっと状況を理解したようだ。

 しかし、この貴族はラナリアに言う。


「よし、分かった。お前ら全員、トルハンベルク家に仕えることを許してやる。どうだ、働き次第では名誉ある騎士になれるかもしれないぞ」


「呆れてものが言えないわね。アンタ今まで、散々この不良冒険者とつるんでここで酷いことをしてたんでしょ。そんな奴が、子爵家でまともな立場なわけないじゃない。どうせ、次男坊が三男坊の跳ねっ返りの邪魔者でしょうよ」


「ぐぬぬ、数々の暴言、許してはおけぬ。私が平民風情を殺そうが生かそうが自由であろうが。おい!あの女を始末しろ!」


 この後に及んで、貴族の男は冒険者の男に命令を下した。


「うぉぉっ」


 それを聞いた冒険者の男は、急に立ち上がりながらラナリアに向かって突進する。

 低い体勢でタックルするつもりらしい。


 しかし、ラナリアはヒラリと身を躱して避ける。

 目標を無くしたタックルは空を切り、冒険者は地面にうつ伏せに倒れた。


 それを見た貴族は


「うぬぬ、使えない奴め」


 と唸り、そしてシルコの方を見て


「おい、猫女。お前で良い。この魔法使いを斬り殺せ」


 と、命令を下した。

 そして


「あ、それからお前、そこの弓の小僧。お前でもよいぞ。先に殺した方を取り立ててやる」


 エスエスにも命令する。

 この世界の貴族とはこういうものらしい。

 どんな状況でも、平民に対する貴族の地位は絶対だと思っているのだろう。


 シルコは、ため息を吐き剣を構える。

 そして剣を振り上げ、貴族の腹を突き刺した。


「アンタ、バカじゃないの?」


「ぐおっ、おのれ獣人め。なぜ私がこんな下賤の者に……」


 貴族の男のセリフが終わらないうちに、エスエスの矢が貴族の頭を貫き、この貴族は絶命した。


 シルコは剣をビュッと振って血を払い、剣を鞘に戻す。


「全く、この世の中が嫌になるわ」


 シルコは憂いを帯びた目をしてそう言ったのだった。


「ははは、やりやがった。お前ら頭がおかしいんだな」


 倒れていた冒険者は、体を起こしながら笑っている。

 その冒険者にラナリアが言う。


「生きている者は助けてあげようかと思っていたけど、このバカ貴族の登場でそうもいかなくなったわ。全員、闇に葬るしかないわね」


「はははは、死体を埋める時は気を付けろよ。この辺りには俺達が殺した奴らがゴマンと埋まっているからな。ははは……うげっ」


 エスエスの矢が冒険者の男のこめかみを貫いた。


「聞くに耐えません」


 エスエスが静かに告げた。


 この冒険者は、大したことのない貴族に強烈に忠誠を誓っていたように見えるが、この冒険者の態度は、ランドでは決して珍しくはない。

 特に、街中で育ち、教育を受けていた者ほどこの傾向が強い。

 生まれた時から当たり前に存在し、周りの人が当然のものとして受け入れている身分制度を、自分の価値観で覆すことなど不可能に近い。


 孤児院で育ち貧民街でこの世界の不条理を目の当たりにしてきたラナリア、幼い頃から奴隷の世界で育ったシルコ、特殊で閉鎖的なコミュニティの一族のエスエス、そして、身分制度の無い日本から召喚されたワタル。

 この世界では特殊とも言える者たちでつくられたパーティーだからこそ、貴族の横暴を悪事として捉えているのだ。


 このランドに住む庶民は、貴族や王族がどんなに酷いことをしても、それは天災や災害と同じように、仕方のないこととして捉えているのだ。

 陰で批判めいたことを言う者もいるのたが、決して表立って主張したりは出来ない。

 貴族に喜んで付き従う者の方が圧倒的多数なのである。


 さて、いよいよ戦闘は終了である。


 仕方の無いこととは言え、向こうから仕掛けてきたこととは言え、やはりこういう戦いの後は良い気分ではない。

 それでも、後始末はしっかりとしなければならない。

 生き残るためである。


 ラナリアは、魔法で大きな穴を掘った。

 土魔法の適性もあるとは言え、火魔法ほど得意ではない。

 かなり苦労している。

 風を動かすほど、土を動かすのは楽ではないらしい。

 ワタルのチョコバーを食べながらの作業だった。


 それでも何とか、20人以上の亡骸を埋めるための大穴が出来た。


 その間、他の3人は、草原のあちこちに倒れている死体を穴の方に運んでいた。


 そして、死体の剥ぎ取りを始める。

 日本人の感覚を持つワタルには、死体の剥ぎ取りをすることにかなりの抵抗がある。

 しかし、異世界のランドでは当たり前なのだ。

 資源となるものは、遠慮なく生きている者が使う。

 それが逆に、日本で言う供養に当たるのかも知れない。

 死者は身一つで旅立つのだ。


 今や異世界で暮らすワタルは、日本人の価値観を持ち込んでも仕方ないと思い、皆に従うことを決める。

 郷にいれば郷に従え、である。


 剥ぎ取りの結果、持ち物や所持金は人によって随分差があることが分かった。

 上は貴族から、下は貧民街のチンピラまで、幅の広い混成軍だったようだ。

 女性もいたが、子供がいなかったのがせめてもの救いである。


 剥ぎ取りが終わった亡骸は、穴の中で火葬した。

 火葬係のラナリアの出番である。

 ラナリアは、今回は大活躍である。

 さすがに疲れが顔に出ている。


「ラナ、大丈夫?」


 シルコが心配している。


「大丈夫か?」


 ワタルも心配そうである。


「また、胸が萎んでないだろうな」


 ワタルがまた、場違いなことを言い出した。

 ラナリアは、ハッとして自分の胸を触って確かめている。

 どうやら、微妙な具合のようだ。


「仕方ないな。ほら、もっとチョコバーを食え。ほら、飴も舐めろよ」


 ラナリアは渡されたチョコバーを食べながら、赤い顔をしている。

 シルコがワタルを睨んでいるぞ。


「ワタルは、ラナのことが心配なの?それともラナのオッパイが心配なの?」


「そんなの決まってるだろう……両方だ」


 シルコはワタルの答えにため息を吐く。


「はぁ、そりゃそうよね。なんか殴る元気が出ないわ」


「そうなのか?まあ、ちょっと疲れたよな。シルコのオッパイも心配だし、休憩しよう。ほら、チョコバー」


 ワタルは、チョコバーをシルコとエスエスに渡して、休憩することにした。


 シルコは、怒らずに素直にチョコバーを食べている。

 自分のオッパイの心配もされて、少し機嫌が治ったのかも知れない。

 女心は複雑である。


「そう言えば、これからファングウルフの討伐に行かなくちゃいけないのよね」


 ラナリアが思い出したように言う。

 正直、もう帰りたいのだろう。


「あいつらの所持金で、討伐報酬を超えちゃってるしね」


 シルコも同意見のようだ。


「今日中のクエストですからね。やるしかないですよ。頑張りましょう」


 エスエスは、まだ元気そうだ。

 森の中のエスエスは一味違う。

 剥ぎ取りも元気にやっていた。

 例の女冒険者を見習っているのだろう。


 休憩を終えたチームハナビは、そのまま森の中を東に向かうことにした。

 ファングウルフの目撃情報があった場所まで、それほど離れていないためだ。


 先ほどの剥ぎ取りで得た、お金や小物は持っているが、武器などのかさばる物は隠してきた。

 地面に埋めてきたのだ。

 魔力をまとった物がなかったので、当分の間は見つからないだろう。

 クエストが終わってから取りに来る予定である。


 エスエスが先導して、森の中を進む。


 しばらく行くと、目標のポイントにはまだ少し遠いのだが


「反応があります」


 エスエスが声をあげた。

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