第23話 冒険者試験開始

 キャベチ領で身の危険を感じたワタル達が、ノク領のロザリィの街に移って来て、初めての朝が来た。

 曇り空ではあるが、雨が落ちる程の天気ではない。


 昨日は、冒険者ギルドで絡まれて決闘までしてしまった。

 昨夜はゆっくりと睡眠はとったものの、全く疲れていないと言ったら嘘になる。

 それでも、ワタル達4人は日の出と共に起き出して、冒険者ギルドに向かっている。


 今日は、冒険者認定のための試験があるのだ。

 早く冒険者になって仕事がしたい、と考えているワタル達にとっては大事な試験である。


「緊張しますね」


 エスエスは既に顔を強張らせている。

 試験は実技試験のみで、試験官と練習試合をして実力を測るらしい。

 筆記試験なら、エスエスもこんなに緊張しないだろう。

 やはり、1人で戦うことに臆してしまうのだ。

 既に弓の腕は相当に高いのだが、ワタル達と出会うまでは、戦いを避けて逃げ隠れすることで生きて来たエスエスのヘタレの虫が騒ぐのだろう。


 それは、程度の差はあるにしても、ほかのメンバーも同じである。

 これまで何度か戦いをくぐり抜けて来たが、それは皆で協力してチームワークで戦って来たのだ。

 1人だけの実力で勝った訳ではない。

 不安なのである。


 それに、今までの敵は、大体ワタル達を舐めてかかって来ていた。

 その隙を突いて、相手が慌てているうちに倒してきたのだ。

 試験ともなれば、そういう訳にはいかないだろう。

 やはり不安なのである。


「大丈夫よね?」


「大丈夫だよ」


「受かるわよね?」


「う、受かりますよ」


 などと、全く無意味な会話をしながらも冒険者ギルドに到着した。


 ギルドの中に入ると、中は人でごった返していた。

 朝のギルドは忙しいのだ。


 ギルドのホールには巨大な掲示板があり、そこに様々な仕事の依頼やクエストが貼られている。

 冒険者達は、この掲示板にある依頼を受けて報酬をもらうのだ。


 依頼者は、依頼料をギルドに支払って報酬を預ける。

 冒険者は依頼を受け、依頼達成の報告をギルドにして、認められれば依頼者がギルドに預けた報酬を受け取ることになる。


 どの依頼を受けるかは早いもの勝ちだ。

 楽で報酬の高い依頼を受けたいのは皆同じで、朝イチは、依頼の取り合いになる。

 掲示板に貼ってある依頼書を早く手にした者に権利がある。

 だから、朝の掲示板の前は、冒険者でごった返しているのだ。


 ちょっとしたいさかいや、揉め事などは毎朝の通例行事となっている。

 依頼書を手に入れた冒険者は、受付けに並び、手続きを済ませてから出発する。

 受付けにも行列が出来ている。


 昨日と違い、カウンターの全ての窓口が開いていて、受付嬢がズラリと並んでいる。


 ワタル達は、朝の冒険者ギルドの雰囲気に圧倒されている。

 冒険者達も生きるために必死なのだ。


「凄い雰囲気ですね。ボク達も冒険者になったらこの中に入るんですね」


 エスエスは不安がっている。


「いや、最初はここまでしなくても大丈夫よ。慣れるまでは、余った依頼をこなしたりしてコツコツやりましょう」


 ラナリアがエスエスを優しく諭す。

 ワタルにはどうしても母子に見えてしまうのだが、そんなことを言ったら両方から反感を買うので黙っている。


 周りを見渡すと、休憩スペースの方に少し雰囲気の違う集団がいる。

 少し遠慮しているような、様子を伺っているような態度だ。

 おそらく受験生だろう。


 依頼書を争っている冒険者とは、やっぱりまとっているオーラが違う。

 その中にも何人かは、強そうな人も混ざっているのが分かる。

 年齢も様々で、服装や装備も色々だ。

 やはり、若い人が多いようだ。


 ワタル達は、その集団に近づき話しかけてみる。


「認定試験を受ける方達ですか?」


 珍しくワタルが、近くにいる男性に話しかけるが、その男はキッとワタルを睨んで返事もしない。


 何か話しかけたらマズかったのだろうか。

 別に受験生同士で戦う訳じゃないだろうに。

 受験生じゃなかったのか?


 コミ障気味のワタルは、少し凹み気味だ。


 ポンポンと後ろから肩を叩かれ、ワタルが

 振り返ると、ラナリアがニヤニヤしている。


 くっそー。どうせ俺はコミ障だよ。


 などと言っている間に、カウンターの端っこの1つが開放され、昨日のルレインが姿を現わす。

 やっぱり美人だ。


「冒険者認定試験を受ける方は、こちらに並んでください。受付けいたします」


 ワタルの周りにいた連中がゾロゾロと、受付けに並びだす。

 さっきワタルを睨んだ男も並んでいる。


 何だよ、やっぱり受験生じゃないか。


 ワタルは悶々とするものの、大人しく列に並ぶ。

 順番が回ってきた。


「ここにお名前と年齢。それから今日使う武器や攻撃方法を書いてください」


 ルレインが説明する。


 ここでワタルは困ったことに気付く。

 字が読めないし、書けないのだ。


 不思議なことに、ワタルはこの異世界に召喚されてから話をするのに困ったことはなかった。

 思ったことは喋れるし、相手の言っていることも分かる。

 でも、字は読めない。


 この時まで、字を書くこともなかったし、本を読むこともなかった。

 字を目にすることもあったが、何か模様のように見えて気にしていなかったのだ。

 街の看板なども、大抵は絵が書いてある。


「字が書けない……」


 ワタルが困っていると


「そうですか……」


 と、ルレインは驚いた様子もない。


 この異世界のランドの識字率は高くない。

 20%くらいだろう。

 日本にいると成人の識字率は100%に近いが、発展途上国では50%くらいのところもある。


 ランドの文化レベルでは、字が書けなくても珍しくはない。

 しかし、冒険者になろうという人は、依頼書を読んだり、サインを書いたり、読み書きは必要になるのだ。


「代筆でも良いですよ。他の方は大丈夫ですか」


 ルレインはワタルに告げる。

 ルレインから見ると、ワタルは昨日戦っていないので、強い男には見えない。

 優秀な連中に雇われている荷物持ちが何かだと思っているのだ。

 字が書けなくても不思議ではない。


「何、アンタ、字が書けなかったの?」


 ラナリアが驚いた声を出す。


「なんかそうみたいだ。代わりに書いてくれる?」


「色んな意味で規格外よね」


 ラナリアはブツブツ言いながら代筆している。


 名前は「ワタル」で、武器は剣にした。

 フルネームにする必要はないだろう。


 この時、ルレインの中では、ワタルは完全に荷物持ち役の男であることが確定したのだった。


 受付けは無事終わり、朝食後に試験開始だと伝えられる。


 ワタル達は、ホール内にあるイートインスペースに移動して、飲み物を注文し、宿屋で持たされた朝食のお弁当を食べることにした。


 サンドイッチなどがギッシリ詰まっていて結構豪華だ。

 さすが評判の宿屋である。


「名前くらい書けるようになりましょうね」


 ワタルはシルコに字を教わっている。

 ワタルは、ミミズの這った跡のような字だと思った。

 地球だと中東の方の国の字のようにも見えるが、よく分からない。

 覚えるのは大変そうだ。


 人間が猫に字を教わっている風景は、中々にシュールではあるが、ランドではそうでもないようだ。


 エスエスは緊張のあまり食欲がないようだ。

 先ほど合格率が10%くらいだと聞かされて、ますますビビっているようだ。

 全くのヘタレである。


 周りの受験生の気配を探ってみても、極端に強そうな者はいない。

 ワタル達のように意図的に気配を殺している者もいるかも知れないのだが、相手は試験官なので関係ない。


 食事をしているのはワタル達くらいで、皆、緊張の面持ちである。


「アンタ達、戦いの前にそんなに食べて大丈夫なの?」


 突然、話しかけてきた者がいる。

 狐の半獣人なのか、耳もしっぽも大きな女性である。

 受験生の中では、比較的大きな気配を持っている。


「アンタ達、今日の受験生の中では割とまともな方に見えるけど試験は初めて?」


 と、気さくに話しかけてくる。


「初めてよ。あなたは?」


 ラナリアが答える。

 ワタルと違って会話がスムーズである。


「アタシは3回目よ。前回はかなりいいとこまでいったから今回は必ず合格するわ」


「へぇ、大変なのね。試験は難しいの?」


「運もあるわね。あんまり強い試験官に当たると、何もする前にズドンってやられて終わり。こっちの力を見せる暇なんてないわよ」


 以前にズドンってやられたことがあったのだろう、その狐の半獣人は悔しそうに言い放つ。


「アンタ、見所があるから、もし合格したらアタシが入ることになってるパーティーに紹介してあげてもいいわよ」


 そして、チラッとワタルの方を見て、声をひそめて続ける


「今のパーティーより、ずっと頼りになるわよ。『刹那の剛拳』って、ちょっとは知られたランクCパーティーよ」


 聞こえてるぞ!

 ワタルは心の中で叫ぶ。

 それに『刹那の剛拳』って何だよ。

 厨二かよ。


 それにしても、ワタルはよほど弱そうに見えるのだろう。

 不憫である。


 さて、そんな狐少女の誘いをラナリアがやんわりと断っていると、時間になったらしくルレインからお呼びがかかった。


 ギルドのロビーも朝のピークが終わり、落ち着きを取り戻している。


 ルレインの先導で、受験生達はゾロゾロと訓練場に向かう。

 受験生は50人くらいはいるだろうか。

 かなりの人数である。


 この人数と一人一人試合をしていたらかなりの時間がかかるだろう、とワタルが心配しながら、ふと隣を見ると、エスエスがガチガチに緊張している。


 左右同じ側の手足を出して歩いてるぞ。

 お前は小学一年生か!

 とワタルが心の中で突っ込んでいると、エスエスの向こう側でさっきの狐少女が、やっぱり同じ側の手足を出して歩いている。

 あいつまた落ちるだろうな。


 さて、訓練湯に着くと、受験生は戦い方によって分けられていく。


 剣を使う者が最も多く、槍や斧などの近接武器を使う者、格闘技の使い手はみな一緒だ。

 ワタルとシルコもこの組だ。

 ちなみに、狐少女もここにいる。


 それから弓などの遠距離武器の組。

 やはりグッと人数は減って7人程。

 もちろんエスエスはこの組だ。


 そしてラナリアがいる魔法使いの組。

 やはり、攻撃に魔法を使う者は少ないのだ。

 ラナリアともう1人だけだ。


 他にも、魔物を使役して戦うテイマーと呼ばれる者や、特殊な武器を使う者の組みもあるらしいが、今回はいないようだ。


 組み分けが終わると、ルレインが試験官を紹介する。

 冒険者と、元冒険者の職員らしき試験官が5人紹介される。

 皆、並々ならぬ雰囲気をまとっているが、昨日戦ったランクCか、洞窟で戦ったランクBくらいの気配だと思われた。


 ルレインが宣言する。


「それでは、冒険者認定試験を始める。まずは、数の少ない魔法使いから始める。戦闘魔法を使う者は数が少なく貴重だ。見学するだけでも今後の勉強になるだろう。しっかりと見ておくように」


 試験が始まるとルレインの口調が変わった。


 これはこれで素敵だなぁ

 などと、不謹慎なことを考えているのはワタルである。

 シルコがワタルを睨んでいる。

 猫パンチを喰らって試験辞退にならないことを祈るのみである。


 ラナリアともう1人の魔法使いが前に出てきた。

 試験官の1人も前に出る。


 試験官が口を開く。


「じゃあ、アタシが結界を張るから、それに向かって魔法を放っておくれ。アタシは結界の中から見さしてもらうよ」


 ベテランの魔女といった感じの試験官だ。


「ちょっと待っとくれよ」


 そのベテラン魔女は、少し離れた所の地面に何か書いている。


 いつの間にかワタルの後ろにエスエスが来て、説明してくれる。


「結界魔法ですね。地面に魔法陣という文字を書いて、発動させるんです。魔法の強さによって強力なバリアが張られます。術者の魔力と魔法陣の書き方によって、術の強さが決まるんですよ」


 流暢な説明である。

 エスエスの緊張も大分解けてきたらしい。


「ボクも出来るんですよ」


 ちょっと得意そうだ。

 ニコニコしている。


「では、トルスティンから始め!」


 トルスティンと呼ばれた男の魔法使いは、ラナリアを一瞥すると


「本物の魔法を見せてやろう」


 と言い残し、前に出て詠唱を開始する。


「我がトルスティンの名に於いて、万物を司る世の理に力を乞う。この力、我が元に集まりし……」


 朗々と続く長い詠唱である。

 そして、徐々に杖の先に光が集まり始めて発動する。


「ヒートアロー!」


 トルスティンが叫ぶと、彼の杖の先から赤い空気の矢のような物が飛び出して、試験官の方へ飛んでいく。

 その矢は、試験官の結界に当たると、粉々に砕け散り霧散した。

 結界の表面が波打っているが、試験官には影響がない。


 魔法を放ったトルスティンは肩で息をしている。


 試験官の魔女が口を開く。


「アタシの結界を動かすとは、中々強力な魔法だね。でも、時間がかかり過ぎだし、一発で弾切れじゃ心許ないねぇ」


 それでもトルスティンは胸を張って下がっていく。


「では次、ラナリア始め!」


 ルレインが宣言する。


「思いっ切りやって良いんですか?」


 ラナリアがルレインに尋ねる。


「当たり前だ!実力を見る試験だぞ。早くやれ!」


 ルレインが怒っている。


 この時、ワタルとシルコ、エスエスは嫌な予感がして後ずさっていく。

 フレンドリーファイアはカンベンなのだ。


「知らないわよ」


 ラナリアは呟くと、手のひらに風を集める。

 その数は10。

 それは静かにラナリアの頭上に展開する。

 ラナリアが呟く。


「カチッ」


 ゴォォォォォォッ


 10個の風の玉が一斉に炎に転化して、辺りに熱風を巻き起こす。


「む、無詠唱だと……ち、ちょっと待って」


 試験官は慌てて、結界に魔力を注ぎ込む。


「ファイアボール」


 ラナリアが小声で呟くと、10個の高温の火球は、試験官の結界へと高速で飛んでいく。

 ラナリアの高等火魔法ファイアボールは、周りの空気を焼き、急激に辺りの酸素を消費しながら結界に衝突する。


 ドン、ドン、ドゴーン、ドゴーン


 結界の中にいる試験官の姿は、炎に包まれて見ることが出来ない。

 結界にぶつかった火球は、そのまま舐めるように結界を包み込み、盛大に火柱をあげる。

 結界の手前の土は焼かれ、赤黒く変色し、溶け出している。


 ドン、ドン、ドゴーン、ゴゴゴゴ


 10の火球が次々に当たるため、炎はなかなか収まらない。


 辺りに焼け焦げた土の匂いと、煤が舞う中、ようやく視界が開けてきた。


 試験官の結界は吹き飛んでいて、焼け焦げた服をまとった試験官が、氷の盾を構えている。

 あちこちに火傷を負っていて痛々しい。

 随分消耗したらしく、肩で息をしている。

 何とか、氷魔法で相殺したようだ。


「なんて無茶苦茶な魔法を使うんだい……」


 試験官がラナリアの方を向いた時、既にラナリアの頭上には、今度は槍の形をした10個の炎がスタンバイしていた。


「ちょっと待て!参った!参った!」


 試験官のギブアップである。


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